ラブコメ編第4話
いちかといちごが教室に入ると、ざわめいていたクラスが一瞬で静まり返った。30人近い生徒の視線が一斉に二人に向けられる。
「えっと…」担任の山田先生が咳払いをした。「今日から千石いちかさんが転入してきました。いちごさんの双子のお姉さんです」
教室中から「えーっ!?」という驚きの声が上がった。いちごはクラスの人気者だったため、その反響は大きかった。
「まあ、席は…」先生が周りを見回すと、男子生徒たちが我先にと隣の席を空けようと動き始めた。
「こっち空いてますよ!」「いや、こっちの方が!」「先生、僕が面倒見ます!」
いちかはにっこり笑って「いちごの隣がいいな」と言い、すっと妹の横に座った。クラス中からため息が漏れた。
ホームルームが終わると、早速生徒たちが二人を取り囲んだ。
「本当に双子なの?」「今までどこにいたの?」「趣味は?」「好きなタイプは?」「いちごさんとどっちが年上?」
質問が雨あられのように降り注ぐ。いちごは冷や汗をかきながら、事前に決めておいた答えを繰り返していた。
「ずっと遠くの親戚の家で…」「見た通り瓜二つの双子よ」
一方のいちかはというと―
「ふふ、私の趣味? そうねぇ…」悪戯っぽい笑みを浮かべながら、「いちごの観察かな?」と意味深な発言をした。
「お姉ちゃん!」いちごが慌てて遮る。
「あ、好きなタイプは…」いちかはわざとらしく考え込むふりをして、「神社に住んでる人…とか?」
「え?神社?」「もしかしていちごさんたち、神社の娘なの?」
いちごは顔を真っ赤に染めた。神社の娘というのは事実だが、学校ではあまり話していなかった。
「あ、そういえば…」いちかが突然立ち上がり、カバンから何かを取り出した。「お土産持ってきたよ!」
それは美しい和紙で作られた小さな折り鶴だった。
「これは私が…いや、私たちが住んでる神社で作ってる特別な和紙なの。みんなにプレゼント!」
クラス中から歓声が上がった。いちごは目を丸くして姉を見つめた。こんなもの持ってきてたなんて…
「これ、実はね…」
いちかが鶴をそっと広げると、紙面に「合格」の文字が浮かび上がった。
「願い事が叶うんだよ。しかも100%!」
「えーっ!?」
さらに騒ぎが大きくなる。いちごは思わず姉の袖を引っ張った。
「お姉ちゃん、そんなこと言っちゃダメでしょ…!」
「大丈夫、大丈夫」いちかは小声で返した。「本当に叶うように調整してあるから」
「それが問題なのよ!」いちごも小声で叫んだ。
昼休み、二人は中庭で弁当を食べていた。いちごは疲れたようにため息をついた。
「お姉ちゃん、もう少し普通に振る舞ってくれないと…」
「え~? 私、すごく普通にしてるよ?」いちかが無邪気に首を傾げる。「それより、あの子気になるなぁ」
いちかの視線の先には、一人で弁当を食べている女子生徒がいた。
「あれ、クラスでいちばん静かな子じゃない。お姉ちゃん、変なことしないでよ」
「心配しないで」いちかはにっこり笑って立ち上がった。「ちょっとだけお友達になってあげる」
いちごが止めようとする間もなく、いちかはその子のもとに歩み寄っていった。そして何か話しかけると、あっという間に打ち解けた様子で笑い合っている。
「…どうやったの?」教室に戻る途中、いちごが不思議そうに聞いた。
「簡単よ」いちかは楽しそうに答えた。「あの子、実は神社が大好きなの。だから私が神社の話をしたら…」
「お姉ちゃん、能力使ったでしょ!」
「ちがうちがう、ただの観察力だよ」
いちかはいたずらっぽくウィンクした。
「それにしても、学校って楽しいね。明日はもっと面白いことできそうだね!」
「お願い、やめて…」
いちごはもうぐったりしていた。
放課後、校門で待っていた刹那は、疲れ切ったいちごとは対照的に、はしゃいでいるいちかの姿を見て、すぐに事態を察した。
「…大変だったな」
いちごがため息をつく。
「もう……一日でクラスの人気者になっちゃったし、願いが叶う和紙の鶴まで配って…」
「え?神社で売ってるやつのことか?本当に願いが叶うの?」
刹那が真顔で聞いた。
「調整してあるって言ってたけど…」
「ふふ、大丈夫よ」いちかが笑った。「ちゃんと『紙神様の力は使わない』って約束守ってるもん。ただのきれいな折り紙だよ」
刹那といちごは同時に安堵のため息をついた。
「あ、でも今日は教科書とかなかったからしょうがなかったけど、あしたからはちゃんとした授業だよねー体育とか楽しみだなぁ」
そのいちかの発言に頬を引き攣らせるいちごに思わず同情せざるをえない刹那だった。