ラブコメ編第1話
平穏が戻った楮神社に、新しい日常が訪れた。朝の光が障子を照らす社務所で、刹那は目を覚ました。
「おはよう、刹那くん♪」
枕元に、いちごとそっくりの少女がにっこり微笑んでいた。
「……いちか?」
「正解~! 今日は私がお起こし当番なの」
いちかはふわりと布団の上に乗り、至近距離で刹那の顔を見つめる。その距離に刹那は思わずのけ反った。
「な、なんだよ急に……」
「だって、十年分の朝のおはようを取り戻さなくちゃ♪」
その時、障子が勢いよく開いた。
「お姉ちゃん! また刹那くんの部屋に……!」
本物のいちごが入ってくる。その手には朝食の膳が乗っている。
「あら、いちご。私ただのモーニングコールよ?」
「もう! お姉ちゃんったら、昨日は私そっくりの姿で刹那くんに……」
いちごの頬がぽっと赤くなる。どうやら昨日も何かあったらしい。
今でもいちかは紙神様として本体は祠のところにいるのだが、紙神様の力で式神を使って自由に姿を変えられるようになっていた。
と言っても力が無限にあるわけではないので定期的にお供えをしなければいけないのだが………
そんな式神いちかはいちごと瓜二つの姿になるのがお気に入りのようだ。
「と、とにかく朝飯食おうぜ」
刹那が膳に手を伸ばすと、いちごといちかが同時におかずを箸でつまんだ。
「あっ、私がのせてあげる!」
「いやいや、妹はお膳の準備でお疲れでしょう? 私がやってあげるわ」
二人の箸先が空中でぶつかり合う。刹那はため息をつきながら、自分でおかずを取った。
「……自分でやる」
昼下がり、神社の掃除をしていた刹那の前に、またしてもいちごそっくりの少女が現れた。
「刹那くん、お茶を持ってきたわよ~」
「……今度はどっちだ?」
「ふふん、当ててみて?」
少女はわざとらしくウインクする。刹那はじっと観察した。
「……いちごだな。いちかならもっと露骨に接近してくる」
「ばれた~」
いちごがくすっと笑う。その背後から、本物のいちかが飛び出してきた。
「ずるいよいちご! 私のフリして刹那くんと仲良くしようなんて!」
「だってお姉ちゃんばっかりずるいんだもん!」
二人はまるで鏡を見ているかのように同じ仕草で口を尖らせる。刹那は思わず笑ってしまった。
「まったく……お前たち、本当に双子だな」
夕暮れ時、三人は神社の縁側に並んで座っていた。いちかが突然言った。
「ねえ、刹那くん。私、明日から学校に行こうと思うの」
「え?」いちごが驚いた顔をする。「お姉ちゃん、学校?」
「うん。十年も祠にこもってたから、普通の女の子としての生活がしてみたくて」
いちかは刹那に目配せする。
「それに……刹那くんといちごが仲良くしてるの、ずっと見てたから。私も混ざりたいなって」
いちごの顔が真っ赤になった。
「べ、別に刹那くんとそんなに……」
「あら、昨日私のフリして刹那くんにキスしようとしてたのは誰だっけ?」
「お姉ちゃん! それ卑怯よ!」
二人の姉妹げんかを眺めながら、平和だなぁと感じる。
だが、一つ疑問が思い当たり…
「いちか、いきなり高校に行くつもりか?」