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和紙の里の秘密  作者: JIN
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第三章 明かされる紋様の秘密

朝の光が障子を通して社務所に差し込んでいた。いちごは普段通りに振る舞おうと、ふんわりと笑顔を作って膳を並べていた。


「おはよう、刹那くん。梅干しおかわりいる?」


「…ああ」


刹那は眉間に皺を寄せたまま箸を取り、いちごの腕をちらりと見た。紋様は肘まで広がっていたが、色は昨夜より幾分か薄くなっているように見えた。


「そんな深刻な顔しないでよ。私は大丈夫だから」


「…わかったよ」


刹那は渋々そう返すと、味噌汁を啜りながら視線を上げた。


「その代わり、わかっていることを全部教えろ。絶対だ」


いちごは箸を止め、深く息をついた。


「…そうね。この現象が始まったのは、今年の正月明けから」


彼女の指先が茶碗の縁を撫でる。湯気がゆらめき、その向こうの表情が一瞬歪んだ。


「最初はみんな、単なる物忘れか記憶違いだと思ってた。でも…」


「でも?」


「必ず、そのときにどこからともなく和紙がそばに置かれているの。赤い文字で、失われた記憶に関連する言葉が記されて」


いちごの目が遠のく。刹那は無言で頷き、話を促した。


「近しい人には、その和紙から声が聞こえるって言うんだ。佐藤さんのように」


「…お前の腕の紋様は?」


刹那の問いに、いちごの手が震えた。湯飲みの緑茶が波紋を描く。


「それは…」


「全部話すって言ったはずだ」


刹那の声に力がこもる。いちごはぎゅっと目を閉じ、それから覚悟を決めたように開いた。


「私…紙神様と繋がってるの。この紋様は、神様の力が流れ込む『道』なのよ」


「どういうことだ?」


「町の人たちが失った記憶を、一時的に預かることができる力。和紙に封じられたままじゃ、いつか完全に消えちゃうから…」


いちごが袖をまくり上げる。肘まで達した紋様の先端が、かすかに脈打っているように見えた。


「でも、代償があるんだろ?」


刹那の鋭い指摘に、いちごは小さくうなずいた。


「私の身体が…少しずつ和紙に変わっていくの。でも大丈夫! まだ全然平気だから!」


その笑顔は明らかに無理をしていた。刹那はぐいと膳を押しのけ、いちごの手を掴んだ。


「バカヤロウ! こんなの、全然平気じゃねえだろ!」


「…でも、他に方法がないの」


いちごの声が震える。


「私しか、記憶を戻せないんだから。それに…」


「それに?」


「これは私が選んだことなの。刹那くんが帰ってくる前に全て終わらせるつもりだった」


刹那は言葉を失った。いちごの瞳には、幼い頃と同じ強い意志が宿っていた。言い出したらきかない時の眼差しだ。


「…バカだな」


刹那はそっと手を離し、茶を一気に飲み干した。


「今日から俺も手伝う。記憶を戻す方法、教えろ」


「でも、刹那くんは…」


「宮司だろう? 神事に関わるなら、俺の仕事だ」


ふいに社務所の戸ががたんと音を立てた。風でもないのに。


二人の視線が同時にそちらに向く。戸の隙間から、一枚の和紙が滑り込んでくる。真っ赤な文字で、こう記されていた。


『思い出せ あの日の約束を』


いちごの顔が一瞬で蒼白になった。


「…来たのね」


「何がだ?」


「紙神様が、直接関与し始めた…」


いちごが立ち上がると、ふらりとよろめいた。刹那が支える腕に、彼女の体温が異常に低いことを感じる。


「いちご!」


「大丈夫…今のはただの警告よ。きっと…」


彼女の言葉は、社殿の奥から響いてきた子供の笑い声にかき消された。昨日と同じ笑い声。しかし今日は、明らかに近づいている。


刹那はぎゅっと拳を握りしめた。


「…思い出す。あの日の約束を、絶対に」


『思い出せ あの日の約束を』


赤い文字が不気味に光る和紙が、床の上で微かに震えていた。刹那はその紙に手を伸ばした。


「待って、刹那くん!触っちゃダメ!」


いちごの制止の声が遅かった。刹那の指が和紙に触れた瞬間──


「ぐあっ……!」


鋭い痛みが脳を貫く。まるで頭蓋骨の中に熱い釘を打ち込まれたような激痛。刹那は膝をつき、床に倒れ込んだ。


「刹那くん!」


いちごの声が遠のいていく。耳の中で血の流れる音がゴーゴーと響く。視界が歪み、社務所の風景が溶けていく──


(あの日……祠の前で……)


断片的な記憶が浮かぶ。どこか見覚えのある洞窟の奥…誰かに手を引かれながら必死についていく刹那。たどり着いた祠の前で…


『約束だよ、刹那くん。絶対に……』


だれかの声。でも続きが思い出せない。頭が割れそうだ。


「はぁ……はぁ……」


汗だくになって喘ぐ刹那を、いちごが必死に抱き起こす。彼女の腕の紋様が、触れた部分から急速に広がっていく。


「大丈夫?目を開けて!刹那くん!」


いちごの声がようやく聞こえた。視界が少しずつ戻ってくる。天井が見える。いちごの涙が自分の頬に落ちる。


「……すまねえ」


「何で勝手に触るのよ!危なかったじゃない!」


いちごの声は怒りに震えていたが、その手は優しく刹那の額を撫でていた。


「……声が聞こえた」


「え?」


「紙から……子供の声が。約束をした日の記憶だ」


いちごの手が止まった。表情が硬くなる。


「……何を聞いたの?」


「『約束だよ』って……でも続きが」


刹那が起き上がろうとするといちごが強く押しとどめた。


「もう触らないで!次はもっと危ないの!」


「でもヒントがあるかもしれねえだろ!」


「それでもダメ!」


いちごの目に涙が浮かんでいた。刹那は初めて、彼女が本気で怖がっているのを見た。


「……わかった。触らないよ」


刹那がそう言うと、いちごの肩の力が抜けた。


「ごめんね……でも、本当に危ないの。紙神様が本気で関わってきたら、私でも止められないから」


ふと、刹那は気付いた。いちごの腕の紋様が、さっきよりさらに広がっている。肩まで達しそうな勢いだ。


「お前の腕……!」


「……大丈夫。すぐに戻るから」


いちごはさっきと同じことを言ったが、その声には確信がなかった。刹那は歯を食いしばった。


「何か方法はないのか?このままじゃお前が……」


「あるわ」


いちごは深く息を吸った。


「刹那くんが、あの日の約束を全部思い出せば。それが一番確実な方法」


「でもどうすれば……」


刹那の言葉は、突然玄関の方から響いた大きな音で遮られた。何かが倒れる音。そして──


『おかえり、刹那』


半透明の少女が開かれた玄関の前で刹那を見つめていた。少女は刹那の姿を見て


『あの場所で待ってる』


と言い残して社殿の方へ去っていく…それを見たいちごは辛そうにしながらも少女を追おうとする


「待て!そんな状態でどこへ──」


「行かなきゃ。あの子を放置したら、もっと事態が悪化するとしか思えない!」


いちごは振り返り、刹那を見た。その目は決意に満ちていた。


「刹那くんはここにいて。私が何とかするから」


「バカ言うな!一緒に行く!」


「でも──」


「約束だろ?俺も手伝うって。それに、あの場所ってわかるのかお前に」


刹那は不適な笑みを浮かべながらいちごを見返す。その言葉と視線にいちごは頷いて刹那の同行を認める。

二人は社殿へと急いだ。

半透明の少女の姿が、ふらふらと歩き回っていた。刹那の過去に関係のある存在が形を持って現れたのだ。

2人で少女の方へ向かおうとした瞬間、少女の姿が突然吹いた風と吹き荒れる細かな和紙と共に掻き消える


「え?………消えた⁈いったいどこへ…」


あっけにとられるいちご。

それとは対照的に刹那はどこに消えたのか確信を持つ。あの場所に少女は向かったのだと…

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