(長篠の戦編)第七話: 武闘麻雀 in 伊賀・聴牌中
忍者の里『伊賀』は、山岳地帯が多く、長年にわたり独立した政治体系を維持していた。京都に近く、忍者は権力争いの中で重宝された。上忍と下忍の上下関係が厳しく、戦闘技術にも長けており、火遁の術や呪術が得意なのも伊賀忍者の特徴だった。
一歩、村の中に入ったときから、周囲が異様に殺気立っていた。天気も良く、村人が沢山外に出ていそうであるにもかかわらず、誰もいなかった。
氷月「何か、この村雰囲気が怖いわねぇ。誰も見当たらないし・・・」
一馬「忍者の元祖は、『伊賀』と『甲賀』だ。殺気立っているのは仕方あるまい」
「ここに、何の用なの?」
「一応、同盟関係を結ぶ話は通っているはずだ」すると目の前に黒い犬が現れた。白目を剥き出し口から犬歯と涎を垂らしながら唸っている。一馬は身動ぎもせずに犬を睨み返した。
黒い犬「ふっ、抜け忍の使い走りが、何用じゃ? 伊達の草め!」
「伊達藩、黒脛巾組頭領の天翔一馬であります。元頭領のくみとの使いで伺いました。『同盟関係』の件で御座います。上忍様にお取次ぎをお願いしたい」
「ならぬわ、若造め! 抜け忍と何の信頼関係を作れようぞ! 帰れ!」
「くみとが、伊賀の抜け忍だとは知りませんでした。ご迷惑をお掛けしました」
「お前ごときに、何が分かる! 知った口を利くものではない!」
「私は、この度『長篠の戦』の調停役として、三河に行くのが本来の目的です。その後この地に重大な災厄が訪れるとのことです。その時のためにこちらが協力するという内容の同盟関係です」
「災厄は幾度と無く、訪れておるわ。その度に村民が団結して乗り切ってきた。余所者からの、いらぬ心配は無用じゃ」
「・・・。承知しました。全てが全て自分たちに好意的なはずはありません。協力したいという話も余計な気遣いでした。大変お騒がせしました。日を改めます」
「無事、帰れると思うか? お前ら三人が村に入って来た時から既に結界をはっておるわ。見事抜け出してみよ! (手の内を全て曝け出して貰うぞ!)」
「三人?」一馬と氷月の後ろで、碧竜が気を失っていた。
「コイツ、ついてきたのか?」
「何が目的かしら?」そこに、碧竜の背後から、一匹の白い犬が現れた。
白い犬「相変わらず、融通の利かぬ奴じゃ」
黒い犬「現れおったな! 裏切り者め!」犬の吠える声で碧竜が起きた。
「虻蜂幻燈斎よ、そう頑なになるではない。伊賀も考えを改める時代じゃ。戦国の今の世の中で、たかが忍者村一つで何が出来ようぞ!」
「外敵は、今までも一掃して来たわ! これからも、それは変わらぬ。村の方針じゃ!」一馬には、朧気乍ら二匹のやり取りが理解できた。碧竜と氷月には、二匹の犬が吠えあっているようにしか見えなかった。
「ワシの目的は、協力者づくりじゃ。強大な敵を倒すには、団結しなければならん! 伊賀単独では無理じゃ」
「その協力者とは、誰ぞ? 武田かえ? 北条かえ? 織田は嫌いじゃ! まさか伊達ではあるまいな!」
「伊達こそ、伊賀を救う希望の光じゃ! 天才が二人おる! この時代を大きく動かす、希望の光じゃ!」一馬は、「伊達」と「二人」の言葉に反応できたが、その他のやり取りは理解できなかった。
「いらぬ。伊賀を救うのは、服部半蔵、百道丹波、藤林長門守の三人じゃ。次の時代の指導者たちじゃ!」
「意固地な奴め、痛い目に遭わぬと分からぬか?」白犬は、攻撃態勢に入った。
「そのような真似はよせ! お主もこの術の危険さが、分からぬではあるまい!」白犬は、攻撃することを思いとどまって吐き捨てた。
「同期故に、よしなにしておるのに! やめじゃ、やめじゃ! 同盟の話は、無しじゃ! せいぜい苦しむが良いわ!」白犬は行ってしまった。
「抜け忍め! 無事にここから帰れると思うなよ! 帰りたければ『平楽寺』へ向かえ! 結界を解いて外界へ出る方法は、それしかない!」黒い犬も行ってしまった。
氷月「二匹の犬が、吠えあって、諦めて、行ってしまったわ。喧嘩別れね・・・」
一馬「あぁ、平楽寺へ行くしか方法はなさそうだ」申し訳なさそうに、碧竜が尋ねた。
碧竜「あんのぉ~・・・」一馬と氷月が碧竜を見やると、
「これから、俺も連れてって下さい!」碧竜は土下座をした。
「何故私たちが、あなたを連れていかなければいけないの? あなたは、私たちを何度も殺そうとしたのよ。信じられないわ!」
「どういった風の吹き回しだ?」
「何度も、あんたに挑戦して、あんたに勝てないことは分かった。それは、それでいい。んでも、俺は、もっと強くなりてぇ! だから、あんたについて行きたい!」
「今後もおれの命を狙うか?」
「狙うとも! 勝てなくってもいい。少しでも強くなるのがあんたへの恩返しだ!」
「命を狙うことが恩返しなの? 意味が分からないわ?」
「気に入った! ついてこい。今からお前は、伊達藩黒脛巾組の副頭領だ」
「はは~。有難く引き受けさせて頂きます!」碧竜は恭しく土下座した。
白い犬「よかろう」と言って、また消えた。
碧竜「? 今だれか喋っただたか?」
氷月「? 声が聞こえたわね。まさか、さっきの犬かしら?」
一馬「・・・まず、平楽寺へ向かおう。」
氷月・碧竜「御意!」
【鳥獣入魂】
黒い犬(伊賀村の現頭領である虻蜂幻燈斎)と、くみとが使っていた忍術。この忍術を使える者は限られている。生き物に魂を吹き込み遠隔操作できる。術者は、魂を入れた生き物の動きだけが出来、達人は生き物を通じて意志を伝える事が出来るようになる。術者の意志を理解できるかは、相手次第。術中に怪我をすると生き物から魂を出せなくなるので、術者は短時間しかこの術を使わない。術中も戦闘行為は、ほぼ行わない。
平楽寺へ行くと、机の上に麻雀牌が並んでいた。建物の壁に、伊賀の国の地図が貼られていた。地図には三か所の手掛かりが書かれていた。
一、鬼瘤峠 激戦がそなたを待つ 伝説の戦場
二、比自山城 最大の激戦地 悲劇の城
三、無量寿福寺 伊賀の頭脳がそなたを待つ 快進撃の地
机の上には、聴牌状態の麻雀牌が並んでいた。
【問題】和了牌を当てなさい。
一一二二三三44白白白東東
一馬「和了牌の東か4を持ってこればいいわけか。それぞれ、何処を探すか決めよう」
氷月「東か4だけだからね。楽なもんだわ」
碧竜「戦闘になったら、戦って奪い取るしかないだ」
「『比自山城』はここから近いな。俺が向かおう。見つけ次第、援護へ向かう」
「あたいは、無量寿福寺へ行ってみるわ。危なくなさそうだし」
「それでは俺は、鬼瘤峠へ行くだ。確実に戦闘がありそうだ」一馬はそっと呟いた。
「くみと、氷月を援護してくれ」
「御意!」
三人がそれぞれの持ち場へ移動すると、一陣の風が吹いてきて木の葉を揺らした。葉から垂れた水滴が白の牌に落ちると「北」の字が表れた。黒い犬がほくそ笑んでいた。
幻燈斎「(くっくっく。ハマりおったわ)」
【問題】和了牌を当てなさい。
一一二二三三44白白白東東 → 一一二二三三44北白白東東
≪鬼瘤峠の戦い≫
碧竜は武器を解禁した。野外や開けた場所では6尺(180㎝)の長さで使っていた。狭い場所やゲリラ戦では柄腹の部分を二つ折りにし、3尺(90㎝)で使える二枚刃の巨大戦斧だった。右手で苦無(手裏剣)を投げ敵を牽制し、左手の斧でとどめを刺すのが碧竜の戦い方だった。風魔の屋敷では丸腰で臨んで40人までは対等に渡り合え、致命傷を与えない余裕のある戦い方さえ出来た。鬼瘤峠では、ゲリラ戦を得意とする30人ほどの忍びが待ち構えていた。3人一組で戦うらしく連携が取れていた。しかし、碧竜の前では無力だった。囮が二人で攻撃役が一人であることを見極めると、徹底的に囮を無視して攻撃役を叩きのめした。3~4組も倒せば、敵勢は雪崩を打って崩れていった。
碧竜「こんなものか? (俺って強い!)」司令塔から「東」の牌を奪うと、あっさりと平楽寺へ戻れた。
≪比自山城の戦い≫
一馬は、城外と城内で戦い方を変えた。城外では、刀で斬りあい20人ほどを倒した。城内では、10人ほどを体術でねじ伏せた。臥龍按剣は出番がなかった。こちらの敵は、二人一組で連携を取っており城の内外で煙玉を多用していた。それが一馬には戦いやすかった。司令塔から「4」を奪い、無量寿福寺へ向かった。
≪無量寿福寺にて≫
氷月が、寺につくと誰もいなかった。くみとは、氷月に気付かれないように猫に取りついていた。庭には机があり、三本の紐に麻雀牌が付いていた。「4」と「7」と「北」だった。紐の先は天井に吊り下げられたくす玉だった。氷月は気付かなかったが、境内(敷地内)には、建物の裏、茂みの中、木の上に合計30ばかりの忍びが気配を殺して忍んでいた。
【問題】何を切りますか?
四伍伍六六七4567⑤⑥⑦ 自摸:北
氷月「? どれでもいいんじゃない? 4を切って、三色確定がいいんじゃないかしら? 平楽寺の和了牌だし・・・」4を切ろうとすると、ネコが騒いだ。
猫「二゛ャー!!」氷月は驚いた。
氷月「何なの? 猫さん・・・?」
「(4でも悪くはない。しかし、もう少し素直に考えなさい・・・)」氷月が気にせずに「4」の紐を引くと、くす玉が割れ頭のてっぺんから水をかけられた。
「バッシャー!」
「何なの、これ~」そこに一馬が現れ、
「状況にもよるが、北切り一点だ」そう言われて、氷月が北の紐を引くと、くす玉から飴玉と「北」が出てきた。
「4は比自山城で俺が手に入れた。被らないし、この問題の正解は「北」だ。これを持っていこう。」
「う・・ん。もごもご」氷月は、飴玉を舐めながら応えた。
平楽寺で碧竜と合流し、経緯を説明しあった。
一馬「戦闘に、戦闘に、三択か・・・。遊ばれたな・・・」
碧竜「こちらの手の内を全て見られただけの気がしました。こちらの三人の行動を見て、向こうは対応を変えたのでしょう」
氷月「この飴、美味しいよ。蜜柑の味がする」
一馬「・・・(平和な娘だ・・・)」気を取り直して、
「同盟の話は、悪くないはずだ。何がしかの理由があるのだろう。・・・さて、肝心の正解だが・・・」一同は驚いた。問題が変わっている!
一馬「戦闘だけなら正解ではなかったのか・・・。敵はまるで手応えが無かった」
碧竜「捌けない数でもありませんでした」
一馬「手の内は、全て見せたか?」
碧竜「飛び道具は使いませんでした。使うまででもありませんでした」
一馬「俺も臥龍按剣は、使わずにすんだよ。手の内を全て晒す必要もない」
氷月「素直に、同盟を組めばいいのに・・・もごもご・・・」
碧竜「同盟の話は、間が悪いだけかも知れません」
一馬「くみとの件があるからな・・・」結界が解かれ、一同は北を目指した。当たり牌の「北」だった。もう一つ済ませなければいけない用事があった。
〔第八話: 武闘麻雀 in 甲賀・幻惑中〕
≪参考≫
・鬼瘤峠 第一次天正伊賀の乱での激戦地。百地丹波守(伊賀三大上忍の一人)は、織田(北畠)信雄(信長次男)を撃破。
・平楽寺(伊賀上野城) 天正伊賀の乱での、伊賀の拠点
・無量寿福寺 第一次天正伊賀の乱で、丸山城を急襲した伊賀の拠点
・比自山城 第二次天正伊賀の乱の激戦地。織田信長により落城後廃城となる。