(長篠の戦編)第五話:北条氏(乱破):風魔夢幻斎〕
上杉家の後継者争いは、上杉景勝に軍配が上がった。北条氏は、武田勝頼に景虎の援軍を要請したが、勝頼は応えなかった。武田家と同盟を組んでいた北条氏は、不信感を露わにした。
北条氏の忍者集団『風魔』の本拠地は、小田原にあった。『忍者屋敷』とはいうものの、『武家屋敷』と造りは変わらず、生活空間と訓練所が同居した造りであった。客室に通された一馬と氷月は、お茶と茶菓子を頂きながら、頭領が現れるのを待った。
氷月「このお菓子、美味しいね。お茶も美味しいわよ。」
一馬「・・・。」
「大丈夫よ、毒は入っていないわ。あたい毒には詳しいのよ。」
「(まぁ、そういうことでも無いんだが・・・。)」客室には多くの覗き窓があり、部屋に通された時から、二人の一挙手一投足をじっくり観察されていた。ほどなく、頭領が現れた。
風魔夢幻斎「これは、これは、遠いところからようこそ」白髪の長髪が肩まで届きそうだった。気品と風格があり、慈しみに溢れた笑顔が印象的だった。脂の乗り切った戦国の四十代の漢がそこにいた。
「(これが、忍びの頭領か・・・。一体幾つの修羅場を潜り抜けて来たのか・・・)」武芸や麻雀にまみれて生きている自分とは、全く異なる生き方をしているのが分かった。一馬は、人を見て感動したのは久し振りだった。
一馬「初めまして」
氷月「初めまして」
「くみと様を通して、伊達藩との同盟の話を預かっております。『蛇の道は蛇』の言葉通り、忍者も同盟を組む時代なのかもしれません。景虎の件で、北条氏は、勝頼公に不信感を抱いております。」
「・・・」
「伊達藩と同盟を組んでも良いでしょう。非常時の指揮権を賭けて、あなたと対戦したいです。」
「私もお願いしたいです。」
「『同盟』とは言っても、お互いの藩の年貢を奪い合う真似はしません。飽くまで非常時の共同作戦での話です。戦時に兵を出すのは、政治的な判断をする殿の仕事です。我々は、諜報中心の活動しか出来ません。好意的に情報をやり取りする程度の内容で間違いありませんか。」
「そのように、伺っております。」
「宜しいでしょう。それでは、もう一つ確認したいことがあります。」
「何でしょう?」
「連れてこい。」連れてこられたのは、拷問を受けた碧竜だった。
「!」一馬と氷月に衝撃が走った。
「ここは、『風魔』の本拠地です。連れのお方ですか? 大変不躾なので、お仕置きをさせて頂きました。」
「私の友人が、大変な失礼を致しました。」庭に転がされた碧竜を見て、一馬は恭しく頭を下げると、夢幻斎は好奇の目を向けた。
「ほぅ・・・。こちらが、あなたの友人ですと?」
「はい、彼とは命のやり取りをしております。彼の目的は、私を殺すことです。その友人が大変ご迷惑をお掛けしました。」一馬は再び頭を下げた。
「どんな返事をするか興味深かったのですが、良いでしょう。許しましょう。」碧竜に水をぶっかけた。
碧竜「あぁ、何も知らねぇ・・・。俺は、武田のかまりではねぇ・・・。」
一馬「・・・。」
夢幻斎「素手のこの男を捕えるため20人を配置しましたが、足りませんでした。50人配置して、やっと捕らえることが出来ました。しかも、こちらは死者が出ておりません。大変優れた戦闘能力を持っております。殺すには惜しいので生かしておきました。」
「ありがとうございます。」
「あなたとは、縁もゆかり無いはずです。命を狙われているのに助けるとは、あなたは好奇なお方です。」
「恐縮です。これもひとつの拘りなのです。」
「・・・?」
しばしの休憩を挟んで、対局室へ案内された。対局室とは言っても、竹林の中に設けられた『竹林青空対局室』だった。竹林の中に16畳ほどの畳が敷かれ、真ん中に洋風の麻雀卓と洋風の椅子が置いてあった。他にも8畳ほどの畳が二箇所に敷かれていた。舞妓用とお囃子用だという。麻雀を打ちながら演芸も楽しめた。碧竜は、縄は解かれたものの、牢屋へ連れていかれ対局終了まで軟禁された。牢屋の中で、碧竜は図々しく三人前の飯を平らげていたという。
夢幻斎「そちらは、娘さんとお二人で宜しいですか?」
一馬「氷月、お前は麻雀を打てるのか?」
氷月「順番に並べればいいんでしょ? 邪魔しないわよ。」
「・・・」
「『女の情に蛇が住む』と言いますから、忍びであれば、ご用心を。」夢幻斎は、気さくに耳打ちしてきた。
「ご忠告、ありがとうございます。」これが、夢幻斎の術の始まりだった。一馬は、夢幻斎に心を許し始めていた。
「こちらも一人、呼びましょう。貞丸、来なさい!」
貞丸「御意!」
「!」選抜試験で見た、貞丸時次に瓜二つだった。
「蛇の道は蛇です。お知り合いですか?」
「えぇ、少し知っています。」
親:氷月
南:風魔夢幻斎
西:一馬
北:貞丸源太郎
【1局目】ドラ:4
夢幻斎「さぁ、始めましょう。」
一馬「それにしても、見物人が多いですなぁ。」一馬は、手牌を伏せると目を閉じて、盲牌だけで打ち出した。
一馬「(【千里眼】+【暗視組手】)」
【千里眼】必要な牌が、どこにあるのか把握する。直観力が必要。
【暗視組手】手牌を覚えた後、目を閉じて麻雀を打つのが基本。
夢幻斎「おやおや、目を閉じて麻雀を打てるのですか、青龍派は?」
10巡目 123四伍六789東東東白 自摸:白
一馬「自摸、東だけです。」
夢幻斎「お見事です・・・。(手牌を伏せられた上に目を閉じられては、こちらの幻術も一切使えません。仕切り直しです。)」夢幻斎が合図をすると、20人は潜んでいたであろう忍びの気配が一斉に消えた。
一馬「・・・。次に行きますか?」
夢幻斎「掟を変えましょう。【交渉戦】です。」
【交渉戦】
・代表者同士の一対一対決、もしくは介添え人(仲間)を交えての二対二対決
・介添え人は、満貫以上の手が入らない場合、降りるのが決まり
・自摸和了でも、放銃和了でも、合計翻数のみが加算され累計翻数が『勝ち星』となる。
・一度勝ち取った勝ち星は、放銃でも減ることはない
・対局終了時に『勝ち星』の多い方が勝ち
・介添え人の翻数を加算する場合もある。
・親の和了は、翻数が1.5倍になる(切り上げ)。
一馬「介添え人の『勝ち星』はどうしますか?」
夢幻斎「貞丸源太郎の『勝ち星』は加算しません。氷月さん(お嬢さん)の『勝ち星』は加算しましょう。手合割です。」
一馬「ありがとうございます。」
氷月「ありがたいけど、あたいは、和了出来ないかもよ。」
一馬「居ればいいんだよ。」
夢幻斎「はっはっは。」
貞丸「はっはっは。」
氷月「ひっどーい!」場が一気に和んだ。
【2局目】 ドラ:⑧
親:風魔夢幻斎 南:一馬 西:貞丸源太郎 北:氷月
夢幻斎「自摸和了。マンガンです。」
【3局目】 ドラ:1
親:風魔夢幻斎 【6】 南:一馬 西:貞丸源太郎 北:氷月
一馬「ロン、跳満です。」(貞丸 → 一馬)
【4局目】 ドラ:九
親:一馬 【6】 南:貞丸源太郎 西:氷月 北:風魔夢幻斎 【6】
夢幻斎「自摸和了。【極楽浄土】です。」
【極楽浄土】二二四四六六八八東東西西白 自摸:白
〔面前混一色(3)、七対子(2)、自摸(1)、極楽浄土(2)、萬子(+1) 合計9翻〕
東と西と白が入った七対子の構成で、同一色の偶数牌を全て使用する。プラス二翻。萬子の混一色が最上級とされる。【常世の始まり】の姉妹役。東西で西方浄土(極楽浄土)への旅立ちを意味する。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
【5局目】 ドラ:⑦
親:貞丸源太郎 南:氷月 西:風魔夢幻斎 【15】 北:一馬 【6】
一馬「自摸、跳満です。」
【6局目】 ドラ:二
親:氷月 南:風魔夢幻斎 【15】 西:一馬 【12】 北:貞丸源太郎
一馬「自摸、満貫です。」
【7局目】 ドラ:四
親:風魔夢幻斎 【15】 南:一馬 【16】 西:貞丸源太郎 北:氷月
一馬「自摸、満貫です。」
【8局目】 ドラ:發
親:一馬 【20】 南:貞丸源太郎 西:氷月 北:風魔夢幻斎 【15】
夢幻斎「自摸。満貫です。」
【9局目】 ドラ:②
親:貞丸源太郎 南:氷月 西:風魔夢幻斎 【19】 北:一馬 【20】
一馬「自摸、跳満です。」
【10局目】 ドラ:東
親:氷月 南:風魔夢幻斎 【19】 西:一馬 【26】 北:貞丸源太郎
氷月以外の三人は、氷月からの和了を避けていた。それぞれが、それぞれの誇り(プライド)を賭けて戦っていた。彼らには、雑魚を倒して悦に浸る趣味はなかった。
貞丸「お役に立てずにすみません。まるで、手が入りません。」
夢幻斎「私と、一馬君の勝負です。気になさらなくても大丈夫です。」氷月の配牌を見て、一馬は仰天した。(【千里眼】で、相手の手を概ね把握できる。傷牌ではない。)
一馬「(すごい手が入ったな!)」自摸っては不要牌が切られる。自摸っては不要牌が切られる。その繰り返しに一馬も興奮を覚えた。
氷月「わー。きれい・・・。」
夢幻斎「?」
貞丸「?」
一馬「・・・」
氷月「揃った~! すっご~い!」
一馬「和了ったのか? (出来てしまった!)」
「わかんな~い。でも多分和了ってるわよ。」
「錯和でもいい、明けて見なさい。」
夢幻斎「氷月さん(お嬢さん)、どのような手ですか?」
氷月「これ、な~に~?」
224488②②④④⑧白白 自摸:⑧
【双子の天使】
七対子の場合: 248と②④⑧と白の対子が必ずペアで入っていることが条件。
対々和の場合: 2と②、4と④、8と⑧の暗刻(矻可)が二組入っていることが条件、頭になる対子は、白でも使っていない偶数でも可。
偶数の柔らかさと、索子・筒子の248の穢れなさで構成された役。構成条件が厳しいので役満扱い。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
夢幻斎「『双子の天使』です。あなたの勝ちですよ。」
氷月「やった~!」
一馬「たいした、やつだよ。」多少の緊張感はあったものの、場が再び和んだ。
夢幻斎「一馬君、『同盟』は成立です。一族を預かる身として、戦闘への協力と情報の提供は致します。ですが、身勝手な私利私欲のための戦いには協力出来ません。以上のことを弁えてください。協力出来るのも、忍びを貸すこと情報を提供することだけです。兵の扱いは、政治判断になりますので貸し出せません。」
一馬「御意! 協力して頂けるかもしれないというだけで十分です。」
「それと、始まりましたよ。」
「いよいよ、ですか・・・。」
「織田家が、武田家とぶつかりました。すぐに藩同士の大きな戦いに発展するでしょう。もう少し情勢を調べたければ急ぎなさい。伊賀と甲賀も見ておくことをお勧めします。」
一馬「ありがとうございます。」
その後、忍者屋敷を出ると全身傷だらけの碧竜が門の前に座り込んでいた。
一馬「よぉ、元気そうだな。今日は、襲ってこないのか?」
碧竜「・・・。」チラと、一馬の顔を見たが何も口に出さなかった。
「なぁんだ、元気がないな。お前らしくないぞ。俺の命を狙っているんだろ? 元気出せよ!」
「・・・」プイと、顔を背けた。
「いくら俺の首を取るためとはいえ、忍者屋敷に襲撃をかけるのはやり過ぎだ。北条氏は、武田家に不信感を抱いている。堂々と武田を名乗れば拷問されるのも当然だ。」いくら話しかけても、碧竜は返事をしなかった。
氷月「どうするの?」
「しばらく、考えさせてやるか。」二人は、西へ歩き出した。
「美濃に寄ってみるか?」
「すてーきー、あたい欲しい物がいっぱいあるの。買ってくれるの?」
「役満のご祝儀と行きますかー」
「やった~!」目指すは、『楽市楽座』で賑わう、美濃(岐阜県)だった。
〔第六話: 楽市楽座『天使の友達』〕