(長篠の戦編)第四話:武藤三兄弟
武蔵の国(東京都と埼玉)に差し掛かった。
氷月「兄さん、三河へ行くの?」
一馬「あぁ、そうだ。雀武帝に拝謁する。」
「兄さん、すごいんだね。あたいもついて行く。」
「怪我をしても知らんぞ。道中は敵が多いので、隠密に行動しなければいけない。仲間はいらない。」
「私は、平気よ。」
「あたいって、出身は江戸か? なぜ、武田のかまり(忍び)に捕らえられていた?」
「あたいは、江戸の下町の質屋の娘なの。小さい頃、家が忍者に襲撃されて、かまりに連れて行かれたの。連れて行かれた先が、吉原ではなく忍者屋敷だったの。両親は、目の前で斬られたの・・・。」同情すべき身の上話であるが、本人は悲劇的にではなく、ごく普通に喋っていた。
「・・・。」
「三河に行くんなら、こっちよ。方向が違うわよ。」
「三河に行く前に、寄るところがある。小田原だ。」
「! 小田原って、風魔忍者の乱破の本拠地よ。死ぬ気なの?」
「だから、言っただろう。危ないと。今からでも遅くはない。帰りなさい。」
「や~だ~もん。行くところが無いの。」
「・・・(ヤレヤレ、困った娘だ。置いても行けないし・・・)。」
「ドカッ」碧竜の斧は、二人の頭上を掠め大木に突き刺さった。一馬は氷月の肩を掴んで前に倒し地面に伏せさせた。自分も体を前のめりにして、碧竜の斧の一撃を躱した。そのまま碧竜を殴り飛ばし、氷月から遠ざけた。碧竜の斧と一馬の剣での斬り合いが始まった。
氷月「・・・。(何、コイツ。碧竜の攻撃は、タイミングも襲撃方向も距離も完璧だった。一馬が居なければ、あたいは死んでいた・・・)。」
一馬と碧竜の戦いを見て、氷月は愕然とした。
氷月「・・・。(まるで隙がない。一馬は、あたいに攻撃されることすら想定しているみたい。完全に信用し切っていないのね・・・。それにしてもあのかまり、完璧な身のこなしだわ。)」
一馬「よぉ、久しぶりだな。」
碧竜「許さねぇだ。あんな真似しやがって!」
「兄弟は、元気か?」
「兄者には叱られ、弟からは馬鹿にされただ。殺してやる! 許さねぇ!」
「興奮してないで、落ち着け。お前の得意な麻雀でケリをつけるというのは、どうだ?」
「メンツが居ねぇだ。」
「大丈夫だ。今ここで出来る。111223④⑤⑥七八九東 自摸は東。 さぁ、何を切る?」
碧竜「・・・。ん~とぉ・・・。」
一馬は、碧竜が考えている隙に攻撃を頭に集中して、ぶっ飛ばし失神させた。
一馬「さぁ、逃げるぞ!」氷月を促して逃げた。
氷月「殺してしまわないの? あんたの命を狙ってるのよ。」走りながら、訊ねた。
「殺しはせん。その方が遊べるからな。」
「何言ってんの? 意味分かってんの? いつ何時殺されるか分からないのよ!」
「いつ殺されるか分からない。その緊張感が、堪らないのだ。」
「好奇心が強いのかしら?」
「そうかもな。はっはっは。」
一時間後、河原で水を飲んで休憩していた。
一馬「それで、お前は一人前のくノ一に育てられたわけか。何人殺した?」
氷月「誰も殺してないよ。忍術を覚えられるだけ覚えて、逃げようとしたら捕まったの。だって、人を殺すと恨まれるでしょ? あたいも親を殺したかまりを恨んでいるもの。」
「はっはっは。恨まれるか~。そうだな。人殺しは、いかん。当たり前すぎる。」
あまりの当り前さに、一馬は笑った。
「ドカッ」一馬が氷月の肩を突き飛ばし、碧竜の斧の一撃から守った。氷月は体勢を崩しながらも、身を起こした。
再び碧竜を殴り飛ばし、碧竜の斧と一馬の剣での斬り合いが始まった。
氷月「・・・。(まただ。あたいは、碧竜の襲撃で二度死んでいる!)」
一馬「足が速いねぇ。あと一時間はかかると思ったが。」
碧竜「武田のかまりを甘く見るでねぇ。」
ドカッ、どっかっ、どかどか。殴っているのか斬っているのか、分からない戦いになっていた。
碧竜「111223④⑤⑥七八九東 自摸は東。 さぁ、何を切るだ?」
一馬「考えるまでもない(ノータイム)、自摸切りだ。」
「・・・。え・・・、と。」碧竜が考え始めた。その隙に碧竜をぶっ飛ばし、失神させた。
氷月「攻撃を頭に集中させているわね?」
一馬「巨体だから、誰も頭に攻撃できないのだ。攻撃を受け慣れていないから、すぐに脳震盪を起こす。頭部が打たれ弱いのだ。いい機会だから、鍛えておいてあげよう。」
「コイツを鍛え上げるの? 馬鹿じゃない? いずれ殺されるわよ!」
「自分が鍛え上げた男に殺されるなら本望だ。この男には、まだ伸び代がある。自分を殺そうとしている男が強くなっていくのだ。これ以上の楽しみはない。」
「好奇心の強い男は、最後に死んで見るのかしら?」
「そうかもな。」
その晩、川の近くの洞穴で小さな火を焚いて休んでいた。氷月が目をうるうるさせながら、一馬に擦り寄って来た。
氷月「ちょっと、さむいよ。い~い?」
一馬「あぁ・・・。」氷月が、体を摺り寄せてきたが、一馬は反応しなかった。
「・・・。」
「・・・。」
「抱かないの?」
「抱かないよ。」
「・・・。何で?」
「・・・、何で?」
「・・・。男はみんな、すぐに体に触ろうとするよ。」
「立場の違いだな。」
「どういう意味?」
「女の忍び(くノ一)は、男を誘惑するところから、仕事が始まる。男の忍びは、欲望を断ち切るところから、仕事が始まる。」
「誰もそんなこと、律儀に守ってないよ。忍びでも結婚している人はいるでしょう?」
「・・・そうだな。」
「詰まらない拘りが多いと、人生は楽しくないよ。」
「人生は、詰まらない拘りの積み重ねさ。それが、そいつの、そいつらしい人生の歩き方だ。それが無駄だと、無意味だったと気付くまで続くんだ。尤もそれに気付いたところで、それらは一切無駄ではない。むしろそいつの人生の糧になっているだろう・・・。」
「誰に、言ってるの?」
「誰に?」
「何を言ってるの?」
「何を?」一馬は、自分が誰と話していたのか、分からなくなっていた。雀悟を諭しているつもりだった。
「(・・・、奴は、何をしているかな・・・。)」
「くー、くー・・・。」いつの間にか、氷月は眠っていた。
次に碧竜に遭ったのは、一週間後だった。
不意に一本の矢が飛んできて、一馬が躱すと同時に、地面に煙玉が投げつけられた。
一馬「(この角度・・・。この地形・・・。攻め手はここだ。伏兵はここだ。最善手は、これだ!)」
近くの屋敷の軒先と、入口に煙玉を投げつけ、敵の意識を引いた。氷月を胸元に引き寄せ、一足飛びに襲撃された場所から距離を取った。そこに、襲撃犯が一人斬り込んできたので、氷月を放り出し迎え撃った。
一馬「くみと、この娘を頼む!」
近くにいた犬が氷月に駆け寄ってきた。
犬「御意!」犬が氷月を援護に向かうと、状況を説明した。
「注意すべきは、碧竜とこの男だけ! 援軍は、遠巻きに状況を眺めている。戦意はない。」
一馬「了解!」
氷月「? 了解!」氷月は胸元から花びらを数枚だし、敵の目の前に投げ広げた。
氷月「舞眩花」氷月は、目の眩んだ敵を一撃し失神させた。
「よくやった!」犬は、氷月の無事を確認すると走り去った。
「え? 一馬? 今、犬が喋らなかった? ???」
「ドッカッ」
一騎「よぉ! 久しぶりだな!」
碧竜「許さねぇだ‼ お前だけは、許さねえだ!」体重を落とし、更に身軽になった碧竜だった。
「男前が、増したな」
「うるせぇだ。」碧竜には、一人の援軍が居たが、氷月に眠らされていた。
「あいつ、幻術が得意なのか・・・。頼もしいねぇ。」
「こっちは、大丈夫よ! 気にしないで!」
「了~~解!」
一馬と碧竜の打ち合いは、以前より激しさを増していた。
「どっか、どっか、ドッカッ」頭を強打したが、今回は、効き目がなかった。
「い~ねぇ。強くなっているじゃないか。」
「鍛え上げただ。」
一馬「1112233④⑤⑥七八九東 自摸は東。 さぁ、何を切る?」
碧竜「自摸切りだ‼」
「ドッカッ」碧竜の鳩尾に一撃を食らわせると
「駄目だよ。多牌は、錯和だ。」
「・・・。数えてなかっただ・・・。」崩れ落ちた。
氷月「何こいつ、こんなに痩せて、動きがすっごく速くなってるわ。」
一馬「もともと、痩せていたのだろう。兄の権力の影響で、堕落したのかもしれん。修行は、次の段階だ。」
「まだ、続けるの?」
「強くなりかけているからな。」
「ふ~ん。」
「お前は、幻術が得意なのか? 助かったよ。」
「血を見たくないの。戦いはなるべく穏便に済ませたいわ。」
「同感だ。」遠巻きに蒼龍が見ているのに気付いたが、口には出さなかった。小田原は、もう目と鼻の先だった。明日風魔の頭領と面会する予定になっていた。
〔第五話: 北条氏(乱破):風魔夢幻斎〕