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(長篠の戦編)第三話:河村氷月

左の目にかかるほど長い青色の前髪が印象的で、後ろ髪は束ねていた。群青色に近い青色の忍びの衣装に身を包んだくノ一が、銀杏の木にぶら下げられている四人の男を解放した。

「まったく、だらしがないねぇ。兄さんったら・・・」

「面目ねぇ。残念ながら、伊達藩のお役人は解雇だ。欲を出し過ぎた」

「また、始めからやればいいさ。あたしは、兄ちゃんに育てられたから、兄ちゃんのやり方には文句言えないけど、悪いことはしない方がいいよ」

「今の状況で他にやり方があるのかよ! よし、一旦地下に潜って作戦を練り直す。落ち着いたら連絡するよ」と言って、佐藤、加藤、伊藤とともに去ってしまった。

「・・・」


その二日後に、松の木で吊るされている次男坊を解放した。

「まったく、だらしがないねぇ。困った兄さんたちだよ・・・」地面に下すと同時にわき腹を蹴った。

「ぐ、ぐわ~っ! いてぇだ~」

「何で私が、兄たちを助けて歩かなければいけないの?」

「あんの野郎~! 許さねぇだ~!」激昂しながら行ってしまった。

「二人揃って、誰にやられたんだか・・・。さてと、任務に戻りますか・・・」

くノ一は不思議な感情がわいた。身内であれば猶更のこと、もっともっと苦労して欲しかった。そのほうが、二人にとっても、自分にとっても、最終的により幸せになれる気がした。


一馬が下毛(しもげ)()(こく)(栃木県)に差し掛かったとき、欅の木に女が吊り下げられていた。着物の下が腰から切られており、チャイナドレスのように太ももをさらけ出していた。何時間も吊り下げられていたためか気を失っているらしいし、どうやら下穿きをはいていないらしい。立札の書き込みによると

『此の者、悪事を働いたため処罰される。この者を姦淫せぬ誰しもの通行を禁ず』


「折檻か? 酷いな・・・」

一馬は女の唇を奪うと、目を覚ました女に唇を噛まれた。血が滴ったが、顔色を変えずに手の縄を切って開放した。

「どんな事情があるか知らぬが、早く逃げるんだな」

「・・・」そこへ、五人の浪人と青髪のくノ一が現れた。

「にぃさん、勝手な真似をしてくれるね。餌に食いつかないで貰えるかい?」

「姦淫はしたし問題なかろう。俺は急ぐのでな」

「そいつは抜け忍だ。見ず知らずの男に大した理由もなく犯されるのが、女の最大の恥だ。しかも、生娘なら猶更だ。邪魔しないでくれるかい?」

「唇を奪えば十分だ。許してやりな」

「とっとと、ヤレばいいんだよ! 木偶(でく)の棒が!」と言って殴りかかって来た浪人を、躱してその体を叢に投げ飛ばした。

「天翔流大車輪」


【天翔流大車輪】

とびかかってきた相手の懐に入り込み、相手の腹に自分の後頭部を付け、頭と膝裏を抱え上げてなるべく遠くへ投げ飛ばす。投げ飛ばされた相手は、大概戦闘不能になる。柔道で言う「肩車」にあたる。


一馬とくノ一が対峙すると、一馬の左後方から巨体の男が突っ込んできた。

「くぉんの、やろぉ~~!」巨大な斧で殴りかかってきた。

「くみと!」と合図をすると、昆虫が碧竜の目の前を飛び去った。

「くみとぉ?」視線を昆虫に向けると、死角から一馬の肘打ちが飛んできた。碧竜はそのまま失神した。

「なるほど。武藤臥龍と碧竜を木に吊るしたのは、お前か?」

「ちょっとした、お仕置きだ。殺されるよりはましだろう。俺は、寛大だ!」

「寛大なのは、お~らだ~! ぐひっ」碧竜は、失神し続けた。

「この女は、あんたを釣る餌だ!」

「先を急ぐと、何度言ったら分かるんだ」

「(戦争孤児だった我らを、兄者が恥をかきながら必死に育ててくれた。その兄者が苦労して、折角潜り込んだのに伊達藩の徴税係は解雇だ。)兄たちの仇を打たせて貰うよ!」

「兄? 誰だっけ? 受けて立つとは、言っていないが?」


くノ一と浪人二人が座り雀卓に牌を積んだ。

「雀武帝公式ルールで間違いないな?」

「構わないよ」

「ごちゃごちゃと、うるせぇんだよ!」

浪人は一馬の背後から石を投げてきたが、一馬がよけると石は上家の浪人にあたった。

浪人二人が一馬の背後に立った。壁役(手を見て仲間に伝える役)らしい。

「・・・」

ガチャガチャと牌を掻き混ぜる手つきを見ていると、浪人③と④は、露骨に積み込みをしていた。

上家と下家の浪人二人の山を崩し、積み直させる。

「手前ぇ、何しやがんでぇ!」

「積み込みをするな。やり直せ」

上家の浪人が再び積み直すと、牌の上を一枚おきに捲ってみた。

143596278

「これが、積み込みでは無いとでも? 下手くそな『元禄積み』だな」

「くっ」

「そして、これがお前の山だ」

下家の浪人の積んだ牌の山を一枚おきに捲ってみた。

東北白⑨西①南一發九

「これが、積み込みでは無いとでも? 下手くそな『元禄積み』だな。誰に自摸らせるつもりだったんだ?」

「くっ」浪人二人が懇願するような目で、くノ一を見た。

「積み込みは止めな。他の手で行くよ」

「へいっ」


【1局目】 ドラ:2 十三巡目

上家の浪人の口元がニヤケ、自分の自摸牌と他の牌をすり替え自摸ろうとした。その時、

「ビッシュッ」浪人の手の甲を針が突き刺した。一馬が、臥龍按剣の切っ先を伸ばし鞭のようにしならせて牌を落とさせた。同時に浪人が自摸る筈だった、クズ牌が転がった。

「『抜き』は止めろ。まったく次から次へとお前らは動物園か?」

再び、くノ一を懇願するように見つめると

「普通に片付けるよ!」

浪人「へいっ」

イカサマが通じないとみると、やっと普通の麻雀が始まった。


やっと【1局目】ドラ:9

「自摸! 三色一気通貫!」くノ一が和了した。くノ一の背後で、雉が一羽飛んで行った。

一二三4567899 吃⑦⑧⑨  自摸9

〔三色一気通貫(1)、ドラ(3)〕【合計4翻】


「雉が一羽か、勿体ないな。ドラで溢れているから、鳴かなければ倍満が見えていたな」〔三色一気通貫(1)、面前三色一気通貫(1)、面前自摸(1)、立直(1)、平和(1)、ドラ(3)〕【合計8翻】

「お前ごとき、これで十分だよ」それでもくノ一は、満足気だった。


【2局目】 ドラ:⑤

一馬 【配牌時】     一②西九4南七一⑦三1北南

(【理牌した場合】 一一三七九②⑦14南南西北)

一馬は、見られているので敢えて理牌(並べ替え)せずに手を進めた。

 一②西九4南七一⑦三1北南   伍 → ②

 一西九4南七一⑦三1北南伍   三 → 4

 一西九南七一⑦三1北南伍三   七 → 1

 一西九南七一三北南伍三七伍   伍 → ⑦

一西九南七一三北南伍三七伍   北 → 西

一九南七一三北南伍三七伍北  【聴牌】〔七対子:九待ち〕

(【理牌した場合】 一一三三伍伍七七九南南北北)


後ろで見ていた浪人二人は、何がどうなっているのか理解できていなかった。

「(一向聴? 聴牌?)」

「(コイツ、何作ってんの?)」

「(見られても、問題ないレベルか・・・)」相手のレベルを確認すると、

「勝負とは、一気に決めるものだ!」浪人の打った九で和了ると、辺りが俄かに暗くなり、天が裂け、地が割れる景色が目の前に現れた。くノ一や浪人たちは『天地(てんち)開闢(かいびゃく)』の瞬間を垣間見せられた。

「何よ、これ!」

「ぐわ~~~! 地が割れる~!」

「見ろよ! 天が裂けているぜ!」動揺する浪人たちを尻目に、

「悪事をやめて、やり直せ!」と一馬は吐き捨てた。


南南一一三三伍伍七七九北北  浪人② → 九

常世(とこよ)の始まり」


【常世の始まり】〔面前混一色(3)、七対子(2)、常世の始まり(2)、萬子(+1)〕【合計8翻】

南と北が入った七対子の構成で、同一色の奇数牌を全て使用する。プラス二翻。萬子の混一色が最上級とされる。奇数をすべて使う事で物事の始まりと終わりを意味し、南北で永久不変の国(理想郷)への旅立ちを意味する。邪悪七対子の姉妹役。この手役を和了した者は、運気が総合的に上がるという。一方の対局者は、運気が総合的にリセットされゼロからのやり直しになるという。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。


「勝ち逃げ御免! 勝負ありだな。女、名前を聞いておこうか」くノ一は仕方なさそうに答えた。

武藤蒼(そう)(りゅう)だ」

「武藤? なるほど、最近よく武藤に出会うな。臥龍や碧竜とは、お前の兄弟か?」

「私たちは、武田の忍び(かまり)だ。信玄様がお亡くなりになり、勝頼様に代替わりした。我々は、勝頼様には従えないので、今後の身の振り方を考えている」

「武田勝頼は、破竹の勢いではないか? 織田家や徳川家を叩きまくっているが?」

「我々はそうは思わない。天下統一の手前で致命的な失敗をすると見ている。上杉景虎を裏切ったのが致命的だ。北条は許さないだろう。だから、危機感を抱いている」

「その判断は、尊重しよう。ところで、それとこの娘と何の関係があるのだ」

「その娘は、武田の抜け忍だ。抜け忍した罪で罰を与えている。我々もいずれは脱藩するかもしれないが、今の所属は武田だ」

「一体あんたらは、どこに向かって律儀なのか分からないね。忠義深いことは良く分かった。娘は、逃がされたと伝えるがいい」

「・・・一応そうする・・・」そして、言いたくなさそうに付け加えた。

「兄たちを・・・、ありがとう・・・」

「? (お仕置きしたのに、変な奴だな・・・)」と訝りながら、返事をした。

「(武田は一枚岩ではない。)それならば、行かせて貰うぞ」

「待って、あたしも行く!」吊るされていた娘がついてきた。

「勝手にしな」

浪人「いいんですか?」

「麻雀で勝てなければ、万が一でも、私たちはアイツには勝てないよ。兄たちの礼を言うのが目的だったのだ」

「・・・」蒼龍たちは、一馬と女が遠ざかる様を見やった。


一馬は、南へ向かいながら娘に聞いた。

「ところで、お前の名は何という?」

「河村氷月よ。氷月って呼んで♪ あんたは?」

「俺は、伊達藩の天翔一馬だ。隠密行動中だ。ついてくると来ると怪我をするぞ」

「ここにいるよりましよ。だって、行くところ、ないもん」


こうして、三河(愛知県)への一馬の旅は続いた。


「(長篠の戦編)第四話:武藤三兄弟」に続く

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