(第四部:天正伊賀の乱編)第三話:第一次天正伊賀の乱
天正六年(1578年)神無月の晴れた日、虻蜂幻燈斎は出陣した。伊賀の三大上忍のうちの二人を引き連れていた。精悍な若者である百地丹波と、脂の乗り切った老練な藤林長門守だった。三大上忍のもう一人である服部半蔵は、後の天下人である徳川家康に早くから才を認められ仕えていた。
「百地、藤林、お前たちは麻雀でケリをつけるのじゃ。妨害は、ワシが忍者衆に指示を出す」幻燈斎は、代表戦では話が纏まらないと想定していた。だから、乱闘戦を想定し、百名に及ぶ武装した忍者衆を引き連れてきた。
「麻雀の結果は、戦闘でどうとでも覆る。好きに打てぃ」
「御意!」
「!」傍らで話を聞いていた小役人が飛び上がって驚いた。仲裁人として、雀武帝親衛隊から派遣された油小路瓜丸だった。瓜丸は、銀杏髷を結った身長の低い小役人だった。小脇に雀武帝親衛隊から使用許可が下りた麻雀牌を抱えていた。
「幻燈斎どの。飽くまで、代表戦で勝負をつけてください。平和的な解決をお願いします」
「それは、心得ておるが、向こうの出方次第じゃ。『詔』の発令後、穏便に話が進んだのは、『長篠の戦』だけだ。欠陥だらけの『詔』じゃ」
「・・・」図星なので、瓜丸は言い返せなかった。
幻燈斎は、丸山城に着くと声高に叫んだ。
「開門を願う!」
「何用じゃ!」軍勢に驚いた門番が訊ねた。
「宣戦布告でござる!」と言う、幻燈斎の声に門番は狼狽えた。
「殿に報告じゃ~!」と言いながら門番は奥に消え、しばし待たされた。
北畠信雄(織田信長の次男)が、狼狽えながら応対した。
「本日は、何ゆえに参られた?」信雄が鎧姿のまま出てきた。
「是非もない。このような丸山城を築城されて、何をお考えか? 伊賀の里を急襲すると言う情報を掴んでいる。それを、本日阻止に来たまでだ。お相手を願おう」
「そのような話は微塵もござらん。お帰り願おう」戦鎧をまとい、出発する戦前の出来事だった。
「それでは、戦の鎧をまとって何処へお出かけかな?」
「ぐぅ。これから、部下を連れて鷹狩りに出かけるところでござる」白々しく嘘をついた。
「そうはいかぬ。『詔』の発令に従い、仲裁人を連れて参ったので、ひと勝負願いたい」そう言って、瓜丸を紹介した。
「伊賀を力づくで攻めるおつもりですか? その前に、平和的な解決を願います。麻雀牌はこちらをお使いください」
「お役人さんを通じて、戦の意志はないとお伝えください」信夫は腰を低くしてお願いした。
「出来ませんな。丸山城は、北畠家が伊賀攻略で築城した城でござる。このような城を再建したのは、伊賀攻略が目的であることに相違ありませぬ。私の役割は、平和的な解決を促すことです。尋常に勝負なさってください」是非もなく、信雄は勝負を受けざるを得なかった。急遽、中庭に麻雀卓が設置され勝負は始まった。
【乱闘戦】・・・観衆による応援・妨害なんでも有効
東:滝川一益 南:藤林長門守 西:柘植保重 北:百地丹波
この中で、まともに麻雀が打てるのは、藤林長門守だけだったので、満貫や跳満を連発して、たいした見所もなく麻雀勝負はケリがついた。二局打っても、三局打っても、勝負は見えていた。一方で、観衆は、麻雀を邪魔するべく場外乱闘が始まっていた。瓜丸はひとり、戦いの及ばないところで見物していた。結果だけを報告すればいいので、無責任に事の成り行きを眺めていた。
城の門塀によじ登り、矢や鉄砲で幻燈斎や藤林や百地を撃とうとする者もいた。麻雀勝負中の藤林や百地に斬りかかろうとする兵もいた。それらの者に、幻燈斎はいちいち幻術をかけ、目くらましをした。困惑した敵は、幻燈斎の指示のもと伊賀忍者衆によって斬り倒されていった。麻雀中の滝川や柘植は、幻燈斎の幻術によって見間違いを乱発し錯和を繰り返した。
「まるで勝負に、なりませなぁ~」瓜丸は、いつも通りの泥仕合の逐一を閻魔帳に記載しながら呟いた。瓜丸は、辟易していた。決まっていつも、このような展開になっていた。麻雀で決着をつけ、不服がある場合のみ剣で解決するという原則は忘れ去られ、麻雀は始まると同時に罵り合い、武闘が始まるのが常だった。
「(麻雀をする意味があるのか?)」と毎回思ったが、筋を通さないと揚げ足を取られ足元を救われるのが世の常だった。平和的な解決を見せた『長篠の戦』だけが例外だった。
昼過ぎには、決着がついていた。夕日に照らされながら、北畑信雄、滝川一益、柘植保重の三人は、伊賀忍者衆にひれ伏していた。
「一両日中に丸山城を放棄し、伊賀の里に明け渡してください。私は、一切が終わるまで見届けます」瓜丸は事務的に言った。
城を放り出された北畠信雄は、態勢を立て直し、後日8000の兵を率いて反撃してきた。
「父(信長)に知れたら、一大事じゃ! 我らで、城を取り戻すのじゃ!」
「おお~!」しかし、進軍の途中で鬼瘤越に差し掛かると、山道で百地丹波にゲリラ戦を仕掛けられ、柘植保重は敗走しながら撃退された。こうして「第一次天正伊賀の乱」は、あっけなく終わった。伊賀の里では、来る日も来る日も酒宴が開かれ、里は勝利の喜びに酔いしれた。
しかし、これで済むはずがなかった。腸を煮えくり返した魔王が立ち上がった。織田家は、勢力拡大に明け暮れていた。信長は、単独で、しかも無断で伊賀を攻略しようとした次男を激怒したが、汚名返上の機会を与えることにした。
1576年(天正4年)第一次木津川口の戦い(毛利元就の戦術の前に織田水軍敗退)
1577年(天正5年)手取川の戦い(羽柴秀吉と柴田勝家が不仲になり、羽柴秀吉は兵を撤収し、上杉謙信軍に敗退)
1578年(天正6年)有岡城の戦い(織田信長に帰属していた荒木村重が謀反を起こす。荒木村重は逃亡し、織田軍の勝利)
いずれも調停のために雷獣は招聘されていたが直接赴かず、雀武帝親衛隊一番隊長の紫電海雅信を派遣した。雷獣に比べ雀力の劣る雅信の派遣に、霧笛は不満を抱いていた。
「また、来ぬのか・・・。己の立場を何と心得ているか・・・」霧笛は苦々しく呟いた。
力づくで従わせ、力づくで物事を解決してきた朱雀派だった。その方法を貫く為には、他の三大勢力の吸収合併が手っ取り早かった。計画が頓挫しそうなので霧笛は苛立っていた。
次が、雷獣を追い落とす最後の機会だと思い伝令を飛ばした。
「代わりは、いくらでもいる・・・」霧笛にとって雷獣は、手ゴマの一つでしかなかった。
―雀武帝親衛隊の本部にて―
「朱雀派より、伝令であります」征一郎の言葉を聞いて雷獣は眉間にしわを寄せた。
「またか・・・」
「『二年前に借りを返すため、伊賀を成敗いたす。速やかに招聘に応じること。不破雷獣殿の参加を期待する』とのことです」
「伝令に、招聘か・・・。どこまでも、上から目線だわ。反吐が出るわ。そもそも、雀武帝親衛隊は、中立の存在だ。率先して勝負に参加する必要はない」
「存じ上げております」
「しかるに霧笛の奴は、ワシを卓内に引きずり込み、己に有利なように打たせようと画策していやがる。汚い根性だ!」
「それでは、いかがなさいますか?」
「二年前の馬鹿息子の尻拭いをさせる気か? わしは断る。代わりに雅信を派遣する」
「御意!」伝令を追い返すと、霧笛と闘うための作戦を考えなければいけなかった。雀武帝親衛隊、不破家が共に安泰であるための作戦は何か。朱雀派を弱体化せしめる作戦は何か。いつ戦うか。誰を巻き込むか。考えは容易には纏まらなかった。雷獣は、直接霧笛と直接対峙しなければいけない時期が近いことを直感していた。
「俺一人ではダメだ! もう一枚、もう二枚、強いやつが必要だ! 一馬はどうだ? アイツなら何とか戦えるだろう・・・。 しかし、どうやって引っ張り出す? そして、あと一人は誰だ?」敵となるのは、霧笛だけではない気もしていた。もっと大きな、何か得体の知れないものと闘う予感がしていた。
「何か策は無いか? 朱雀派を殲滅し、不破家が生き残る良い策は!」雷獣は解決策を模索したが、容易に応えは出なかった。
〔第四話:第二次天正伊賀の乱〕に続く




