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(第四部:天正伊賀の乱編)第二話:くみと邂逅(かいこう)

一馬と雀悟たちが、玄武流派の親善試合に出発する前日のことだった。

伊達藩の忍者部隊である『黒脛巾組(くろはばきぐみ)』は、忍者屋敷の隣に青龍派剣術指南研究所の道場も併設していた。くみとは、頭領の座を天翔一馬に譲り渡してから、相談役として数々の任務の補佐をしていた。彼の忍術である【鳥獣入魂(アバター)】は、動物や昆虫に魂を宿らせ、遠隔操作が出来た。しかしその忍術を受け継げる者は現れなかった。

「・・・わしの寿命もそろそろ終わりかけておる・・・口惜しや・・・」道場の裏部屋に設けられた、彼の部屋で、布団の上に座して小さく呟いた。

「伊賀の抜け忍をしてから、何年が経とうか・・・?」暗闇の中で、指折り数えてみるが正確な年月が分からなかった。

「『子は男子に限り一人だけ!』、しかも『必ず二十歳でつくること!』という、時代遅れの家訓を律儀に守り通したがゆえに、相続も覚束(おぼつか)んわ・・・。ついぞ、わしの術を継げるものが現れなかった・・・」来る日も来る日も、悔悟をくり返していた。


「(剣斗(けんと)が生まれた時は、感慨深いものじゃった・・・。わしの術の全てを叩きこんだものだ・・・。恨まれようと、憎まれようと、修行の手を緩めることはなかった・・・。しかし、皮肉なものだ・・・。剣斗は、天賦の才に恵まれておらなかった・・・。商売の才能があるだけだった・・・。忍者の家系に生まれたのに・・・)」すすり泣きに近いうめき声をあげた。

「(四十になり、剣斗の子の光斗(みつと)が生まれた・・・。息子よりも、孫の方が可愛かった・・・。しかし、剣斗以上の厳しい修行をさせた・・・。一時は、息子嫁が光斗を連れ去ったりしたものだ・・・。わしに息子を殺されると思ったらしい・・・。そんなに、厳しかったかのぅ・・・。孫にも、忍者の素質はなかった。財を蓄え、動かす才能が際立っていた・・・)」涙がこぼれていたのだろう。雫が手の甲に滴り落ちた。

「(六十になり、闇斗(やみと)が生まれた。忍者としての素質は申し分なかった・・・。しかし、術を覚えるには至らなかった・・・。聡明な子じゃ・・・。わしの術をものにして欲しかった・・・)」こぼした雫を拭いながら考えた。


「(しかし闇斗はまだ、十歳にも満たぬ。焦る必要はない・・・。跡継ぎ問題では、虻蜂幻燈斎(あぶはちげんとうさい)も苦しんでおる・・・)」苦悶の表情を浮かべ、同期を懐かしんだ。そして思いは、先日入門して来た、天翔兄弟のもとにいった。

「(先日入門した天翔兄弟は、闇斗よりも先に黒脛巾組の次代を担うじゃろう・・・。十五の一馬に、十三の雀悟か・・・。武の才能に溢れておる。わしの術を授けるべきか・・・。術は一子相伝じゃ・・・。迂闊に伝授出来ぬ・・・。それにしても、二人とも出生が気になる・・・。忍者組織に預けられるくらいじゃ・・・。訳ありでない筈がない・・・。父方が伊達の者なのは分かる・・・。母方が問題じゃ・・・。天皇家の血筋ということもありうる・・・。表に知られては、ならんことじゃ)」何度考えても、分かる筈もなかった。憶測が憶測を生み、疑心暗鬼に囚われていた。

「(調べればわかるが、知ってどうする? 事実を変えられるわけでもない。知ったものが苦しむだけだ。まんじりともしない日々が増えるだけだ。やめておこう)」天井を見やり考えを改めることにした。

「(まぁ、誰でも良いわ! これほどの術じゃ! わしの代で葬り去る真似はさせんぞ! 誰かには授けねば! わしの命が燃え尽きる前に! 鳥獣入魂の術を身に付けているのは、最早わしと虻蜂幻燈斎だけじゃ!)」そして、苦しみながら咳をして吐血した。

「(一馬は、感情を表に出さんが、心の底に黒い何かを抱いておる。本人は気付いていないだろう・・・。しかし、ワシには見える! 時代をかき回す、底知れぬ得体の知れぬ何かじゃ!)」一馬の心の底が、黒くても白くても関係なかった。


初対面の日に、くみとは一馬に尋ねてみた。

「一馬よ」一馬はうやうやしく返事をした。

「何でございましょう?」

「うぬは、この世に憎むものはあるか?」一馬は突然の質問に困り果てた。

「憎むもの・・・。何でしょうか?」答えが出そうにないので、くみとは質問を変えた。

「それでは、質問を変えよう。自分の力では、どうにもならんことは何か?」

「それは、世の流れで御座います」

「ほぉ、それは何故じゃ?」

「戦国の世でなければ、苦しむ人も少ないはずです。私の力では、戦国の世はどうしようもありません」

「くっくっく。簡単じゃ。うぬが、戦国の世を終わらせればいいのじゃ」一馬は、再び困り果てた。

「そのようなことは、私にはできません」

「(うぬの、体には、莫大な力が眠っておる。正か悪か・・・。それは分からん・・・。うぬなら出来るはずじゃ・・・)」くみとは、それを言わなかった。そして、雀悟にもたずねた。

「雀悟よ。この世で憎いこと思うものはあるか?」雀悟は、眉間に皺を寄せながら答えた。

「何もかも、憎いわ!」雀悟は、吐き捨てた。一馬とのやり取りを聞いていたから機嫌が悪くなったらしい。色鮮やかな着物を着ていた。端正な顔つきに、華奢な体つきは見るからに女子(おなご)だった。しかし声色(こわいろ)は男だった。

「父親が誰だか分からぬ! 母上の言いつけでこんな格好をさせられている! 毎日気分の悪いことだらけじゃ! 憎い! 憎い! 憎い! 何もかも憎いわ!」興奮する雀悟を、一馬が窘めた。

「憎いことは、全て兄さんに言いなさい。他の人に言ってはいけない。誰も解決できないのだから・・・」雀悟は、落ち着きを取り戻した。


「(だいたい何故、兄が天翔一馬なのに、何故弟が天承雀悟なのじゃ? 何か意味があるに違いない。わざわざ相手に抱かせなくても良い憶測を生ませるわ・・・。顔立ちの整い方から、始め見た時は女子(おなご)じゃと思った・・・。初めて道場に連れてこられた時も、麻美と呼ばれておった。しかし、後で聞いた話だと顔立ちに比べ感情が激しいらしい・・・。見かねた母が、おなごの格好をさせて、心を鎮める教育をしたのだという・・・。幼児ならばそれでも良かろう。しかし物心ついたときには、自然の成り行きに任せなければいけぬ。当然、一馬を追いかけるようになった・・・不思議な二人じゃ・・・。何かを見せてくれる気がしてならん・・・)」悶々として、眠れぬ夜が続いていた。


次の日、朝から体調は悪かった。青龍派と玄武流派の親善試合で、皆が旅立った日のことだった。目覚めて、小便に行く途中に喀血して意識を失った。一刻(二時間)後、倒れて(うずくま)っていると、黒い影が現れた。

「くっくっく、死ぬか? 死ぬのか? この日を待っていたのだ・・・」

「誰だ?」

「わしが誰でもいいわい。ぬしは誰かに術を授けたがっておるだろう。願いを叶えてやろう」

「大きなお世話だ! お前が誰かも分からんのに、大事な術を授けるものか!」

「わしに授けるのではない。もう少し生き長らえさせてやろう。ぬしが認める者に術を授けるがよい。しばらく体を借りるぞ!」と言って、影はくみとの体に潜り込んだ。

「ぬしは、今から年を取らぬ。好きなものを探し出せ、そして術を授けるが良い」

「お前の、望みは何だ? なぜ、こんなことをする? もう少し、若いやつに取りつけば良かろう!」

「わしの目的は、ぬしが目利きだからだ! ぬしが認めた者に、今度は取りつくのだ! さぁ、教えろ! 才能の塊を!」

「その者の成長には、まだ時間がかかるわ!」

「一向に、構わん! 己の術とその者の体を使って、積年の恨みを晴らしてくれるわ! 権力狂いの虫どもを、一網打尽にしてくれるわ!」黒い影がくみとの体に入り込んで、半日は息苦しかった。呼吸が荒くなり、頭痛に襲われ、吐き気が止まらなかった。夕方になり、ようやく症状が落ち着いてきた。体こそ若返りはしなかったものの、けだるさや倦怠感から解放された。

「さぁ、すっかり馴染んだであろう」

「ふぅふぅ・・・」不思議な感覚だった。その場に居ながら、北海道で奮闘する門弟たちの活躍が把握できた。視野が広がり、見ている者たち一人一人の考えまで読めるようになった。同時に、今まで一匹の生きものに取りつくのが精一杯だったが、連続で一度に二匹まで操れるようになっていた。そして理解できた。これは、柳田副師範が置いて行った「崇徳上皇の霊」だった。

「! 柳田副師範は、死ぬのか? 『覇沙羅』思想の根源はこれだ! 権力を矢鱈に憎む原因は、崇徳上皇の非業の運命(さだめ)にある!」くみとは、この時全てを理解できた。

それ以来、くみとは、一馬か雀悟に取りつく時を待っていた。闇斗が成長しきるまでにはまだ時間がかかりそうだったからだ。完成形を欲するならば、この二人が手っ取り早かった。生きるか死ぬかの瀬戸際で、本人が生に対して凄まじい執念を見せた時がその機会(チャンス)だと思った。自分と同じように「やり残しを悔いて、いかなる代償を払ってでも生命の存続を切望した時」に憑りつける確率が高いと思っていた。

「(もしくは・・・。かつてない恨みを抱いた時か?)」かつてない怒りは自制心を失わせる。その時が機会(チャンス)だ!


そして、話は現在に戻る。

一馬たちは、結界の張り巡らされた伊賀の地にいた。

虻蜂幻燈斎の化身の犬に促されるままに、館に招待された。犬が消え、幻燈斎が現れた。

「何用じゃ?」一馬、氷月、碧竜を座敷に上げ、対面しながら幻燈斎は問うた。庭先では、木陰で犬が休んでいた。くみとが操っている犬だった。

神無月(じゅうがつ)頃に、この地で戦が始まります。確かな情報です」一馬が言った。

「だから? どうすると? 我々を手助けするつもりか? 自分たちの身は、自分たちで守れるわ!」

「私たちは、四大勢力と呼ばれています」

「知っとるわ! おぬしらは、お互いに陣取り(いくさ)が好きじゃの~。わしらが先祖代々受け継いできた土地まで奪う気かぇ?」

「そうではございません。朱雀派の暴走を止めるため、他の流派は同盟を組みました。非常時にお互いに協力し合えるならば、伊賀の危機も未然に防げるかもしれません」くみとは「ふわぁ~っ」と欠伸(あくび)をしながら聞いていた。この話はまとまらないと思っている様子だった。

「戦に乗じて、戦に参加して、協力して、寝返って、裏切って。何千年も繰り返されたことだ。外部の者は信用できん。我々は、ずっとこの地で自治を保ってきた。これからの戦も乗り切って見せるわ」言い終わると、使いの者が入って来た。

「お館様。丸山城の建設が始まりました・・・」

「早速じゃ! 出向いて、出鼻を挫くのじゃ!」召集をかけ、立ち去ってしまった。


「お引き取りを願います」使いの者に促された。くみとは、とっとと何処かへ行ってしまった。

「ねぇカズマ、どうするの?」氷月は心配そうに言った。

「取り付く島がありませんな」碧竜も黙って聞いたままだった。

「警告はした。協力を求めるのも拒むのも、先方の自由だ。一端、引き下がろう」一馬は速やかに決断した。

「御意!」


〔第三話:第一次天正伊賀の乱〕に続く


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