(龍の穴編)第六話:雀武帝親衛隊
龍の穴にほど近い洞穴の中で、氷月は一馬の胸元にしなだれかかっていた。うっとりした眼差しで、幸せそうに一馬を見詰めていた。一馬も満更でもなさそうに振舞っていたが、ふと我に返り、氷月の体を静かに遠ざけた。
「ふっ。不器用な奴だ・・・」
氷月は我に返った。
「えっ?」氷月は、一馬が何を言っているのか分からなかった。氷月が落ち着きを取り戻すと、碧竜が入り込んで来た。
「ただ今、戻りました」
「うむ、ご苦労」
「(良く、分かるわねぇ~。この忍びが帰ってくるのが・・・。あたいは、まるで気配を感じないのに・・・。あたいの緊張感が解けた頃に戻って来た・・・。もしかして・・・、全て見透かされている・・・?)」
「これが、調査できた全てです」
「うむ・・・」碧竜の調べてきた図に目と落とした。
「どこもかしこも『草』だらけねぇ」
「世が世だからな。仕方あるまい。草は何処にでも生えるものだ」
「これから、どのように行動されますか?」
「あ奴は己で何とかするだろう。手助けは必要だが、先回りして北へ向かう」
碧竜と氷月は承諾した。
「御意!」
道満家の道場は大邸宅の隣に構えられ、門下生は五十名を抱えていた。三人は、代わる代わる遠眼鏡で道場内を覗き込んでいた。道満吉兆太師範代が積極的に指示を飛ばしていた。
「構えるだ。凌ぎ稽古始めるだ~」
長寿眉、口髭、禿げあがってはいるが、後頭部の髪の毛まで白一色だった。体重が百貫(375kg)近くあろうかと言う巨体を特注の椅子に預け、稽古の指示を出していた。門下生一同、白い着物に茶色い袴姿だった。吉兆太と凶之介は、茶色の羽織を着ていた。
門下生一同「押イ~~~つ忍(おい~っす)!」
【凌ぎ稽古】
四人一組の卓で、サイコロを振り一人が凌ぎ役になり、三面聴、五面聴、変則三面待ち役をそれぞれ決めて、三人聴牌状態から修行開始。親が凌ぎ役になることもあり、凌ぎ役は、自摸和了と出和了が出来る。それ以外は、振り聴牌になれば、即座に手を作り返さなければいけない。「凌ぎ」に特化した稽古だった。
三人のうち、何人かは手牌を開けている場合もあり、見ながら考えながらの稽古が出来た。
誰も手牌を開けない上級者コースもあるらしい。
稽古内容を見て、一馬は感心した。
「あんな、稽古をしているのか。守りに強そうだ」
碧竜が調査結果を報告した。
「【聴牌援助】の稽古もしておりました。味方役を全力で和了に向かわせる修行です」
氷月も感心した。
「徹底した、補佐役ね」
「あの中で手強そうなのは、三人か?」
「はい。一番手であり師範代である道満吉兆太、二番手の道万凶之介、四番手の羽向翔太です。三番手と五番手は、長期遠征に出かけています」
「アイツらだな」
「左様でございます」
「しかし、師範代は、まるで福の神だ」
「あの巨体では、格闘は無理ね」
「体が大きすぎて、椅子や寝具も特注です」
「凶之介は、兄弟なの?」
「紛れもなく、兄弟です。本名は、道満京之介といい、兄に福徳を集めるために、自ら凶を演じているらしいです」
「吉兆太と凶之介は、正反対の体形で、正反対の性格で、考え方も正反対だな。仲が悪そうには見えないな・・・。問題は、凶之介の『覇裟羅思想』にどれだけ共感しているかだが・・・」
「道場内で、完全に信奉している様子はなさそうです」
「今のところ、凶之介の単独行動か」
霜月、「対外試合」に参加する面子が、禿師範代により発表された。
「主将:雀悟、副将:貞丸、海東、天沼、疋田、丸亀の六名を派遣する。遠征には柳田副師範が同行する。隠密行動であることを忘れずに、充分に気をつけるように!」
「御意! ソウロ~ウ」
雀悟が、禿師範代に近づいて尋ねた。
「やはり、清野は不参加ですか?」
「まだ、無理は出来んな」
「征二は、仕方ありませんな」
「馬鹿な男じゃ。欲を出すから、罰が当たったんじゃ。それと、万一の事を考えて密かに闇斗を派遣する。必要ならば合流せよ」
「御意! ソウロ~ウ」
遠征組は、水色の着物に青色の袴、そして青い羽織で身を固めた。青龍派の戦闘服であった。
そこに、葉月に退所したはずの鎌田が差し入れを持って現れた。
「おぃ~っす! お前ら元気か~?」
同期の疋田が歓迎した。
「お~。久しぶりだな~、元気にしてたか?」
「この通り、元気だ」
他の門弟たちもざわついた。露骨に念入りに鎌田を叩きのめした門弟たちは、残っていなかった。
鎌田は、大量の肉と魚と海鮮を差し入れた。
「今度、大陸に行くことになっただ。土産持ってきたど~」
「景気がいいな。どうしたんだ?」
「宝くじか何か分かんねぇけど、当たっただ。そんで、おめぇらに恵んでやるど。俺に足向けて寝んなよ」
「宝くじ? 大陸? 何か話が分かんねえな。何がどうなった?」
「大陸は、西か東か、内緒だ。偶然は一回でいいんだど」
自分の近況を詳しく説明する気もなく、鎌田はそそくさと帰ってしまった。差し入れの中に、牡蠣を見つけた征二は態度が豹変した。
「牡蠣じゃないか! みんな頼む、何でもする。俺にこれを全部くれ!」
風呂掃除を一カ月間一人で行うという約束を門弟全員と交わし、禿師範代と柳田副師範を説得し、全ての牡蠣を手に入れた。この世の幸せを独り占めした征二だったが、その牡蠣にあたった。翌日発症し、二日間下痢、嘔吐、腹痛で苦しんでいたという。
一同が出立した後、征二と別室に寝かされていた清野は、監視がいないことを良いことに、二回ほど病室を抜け出していた。
そして、誰にも気づかれずに、征二も病室を抜け出していた。
北海道の寒空の中で対外試合は行われた。
北海道の大雪山国立公園に連れてこられた一同は、「お鉢平」と呼ばれるカルデラの真ん中に建てられた櫓に驚愕した。屋根も手すりもなく、麻雀卓を置いただけの作りだった。櫓までは、七十尺(約20m)ほどの距離があるので、参加者は歩いて行かなければいけない。観戦者と距離を取っているのは、不正防止対策らしい。
柳田副師範が質問した。
「あそこで対戦するのか? それは構わんが、全員で対決するわけにもいくまい」
道満吉兆太が応えた。
「左様。それならば、四対四対決はどうだ?」
「申し受けた」
道満吉兆太が、合図をした。
「玄武流派、代表前へ!」
「おぅ!」道満吉兆太、羽向翔太が、前へでた。天沼十三郎、丸亀三亀王は、青い羽織を脱いで、茶色の羽織を着て前へ出た!
青龍派一同は驚愕した。
「! 天沼に丸亀、内通しとったな!」
二人は、悪びれもせずに答えた。
「悪いな。そういうことだ。勝たせてもらうぜ」
「道万凶之介は、出ないのか?」雀悟は凶之介に問いかけた。
「俺は、止めておくぜ」凶之介は、雀悟の顔を見て答えた。
吉兆太は怒りながら聞き返した。
「何故だ。お主は、玄武流の二番手だ!」
「見ていて、分からないか? 雀悟は、倒せねぇぜ。十回勝負して、俺が勝てるのは、せいぜい三回だろう。勝てない相手に噛みつく理由もない。それに、こいつは俺と同じだ。だから親友だ!」
「・・・」凶之介は、くるりと背を向け行ってしまった。物陰に隠れると、見覚えのある三人の剣士とすれ違い言われた。
「賢明だな」
「むむっ、お前は! あの時の!」
「久しぶりだな。今度は、西国か?」
「・・・。何故、それを!」
「俺たちも、後から行くぜ」
「ケッ、勝手にしろ」といい、行ってしまった。
吉兆太は、冷静さを取り戻した。
「まぁ、良かろうだ。こちらの対戦者は四人おる。そちらは、誰だ?」
柳田副師範が叫んだ。
「それでは青龍派、前へ!」
「合点承知!」天承雀悟、貞丸時次、疋田一時が前へ出た。
「進之介は、どうした? 臆したか?」
「ビビってんじゃねぇ~よ」疋田にからかわれた。
「寒いよ・・・。へ、へ、へっくし!」大きなくしゃみをした。
進之介のくしゃみを合図に、物陰から青龍派を囲むように、蓬莱鳥丸と、伝宝宗茂が部下を二十人ばかり連れて現れた。
「!!」場の全員に緊張が走った!
蓬莱は、ご機嫌だった。
「これは、これは、玄武流派と青龍派がお揃いで、藩同士の揉め事ですかな? 雀武帝親衛隊が調停して差し上げましょう」
柳田副師範は狼狽えながら答えた。
「お恐れながら、それには及びませぬ。藩同士の流派を超えての親善交流試合に御座います。親衛隊の皆様におかれましては、ごゆるりとご観覧ください」
「それは、不思議ですな。このような人気のない場所で、観光客もいない時期に、親善試合ですと? 雀武帝への抵抗勢力の結託とみなされても仕方ありませんな」
雀悟が副師範に変わって答えた。
「我々は、雀武帝に対する抵抗勢力などではありません。青龍派の忠義は、先の『長篠の戦い』でも証明済です」
「おぉ、お前は! いや、違うな(えらい、似ているな。女装が似合いそうじゃ・・・)」蓬莱は、助平ったらしいめで雀悟を舐めるように見た。
「我々は、災害時などの非常時に備えて、今後『共同作業訓練』を定期的に行います。その指揮権をかけての親善試合です。試合結果を潔く受け入れて、揉め事を拡大する意思はありません。雀武帝親衛隊の方々を煩わせることは御座いません」
「・・・そう、来たか。」妄想を膨らましていた蓬莱は、我に返った。
傍らで門弟に紛れて見ていた一馬が現れた。
「蓬莱殿、伝宝殿、ご無沙汰しております。」
「! おぉ、お主は! 先日は、世話になったの。お主の関りならば、速やかに済ませようぞ」
場の一同が、驚愕した。天翔一馬は、青龍派にとって今や伝説だった。
凶之介が物陰から、事の成り行きを見ていた。
「ほらな。勝つ奴は、こういう流れになるんだよ。勝ち馬を見極めなければ、戦国の世は、生き延びれないぜ」凶之介は、遠巻きに事の成り行きを眺めていた。そして、西国に飛んだ。
蓬莱と伝宝は、顔を見合わせ、
「(飛んで火にいるとは、良く言ったものだ。全て事故にしてしまえばよい。我々の仕事は、両派を挑発することだ)」結託して、作戦通りに事を運んだ。
蓬莱が親善試合を仕切り始めた。
「それでは、これより雀武帝親衛隊の立会いのもと『玄武流派・青龍派・災害時指揮権争奪親善試合』を行う。異存は、あるまいな?」
「御意!」柳田副師範は仕方なく言うことを聞いた。
「御意だ!」吉兆太も納得はしていなかったが、言うことを聞いた。
「(内通者がいた以上、仕方あるまい)」と、二人は顔を見合わせ条件を飲んだ。
蓬莱は、一方的に条件を提示した。
「試合は、二対二の対抗戦。振り込んだら交代し、交代要員がいなくなった方の負けとする」
「御意!」
「向聴数を下げたら、それぞれの藩の責任とし、門下生及び住民に罰を与える!」
「!!」
連れてこられたのは、後ろ手に縛られ目隠しと猿ぐつわをされた玄武流派の村民二名と、青龍派の旧門弟二名だった。その中には、鎌田や中泉もいたが、土方は居なかった。
「何が、どうなっているだ? ここは、大陸か?」
「俺は、西国で役人をしていたはずだ。なぜこんなところに連れてこられた?」
「蓬莱も、伝宝も、とんだ狸だわ!」一馬は、長篠の戦で散々愚弄されたことを思い出した。
「(龍の穴編)第七話:道満吉兆太」に続く




