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(龍の穴編)第五話:道万凶乃介

とある霜月(じゅういちがつ)の夜明け前。

「チチッ。チュン、チュン。おえおっお~。」

門弟が、巨大な銅鑼が鳴り響き、道場の一日が始まった。毎朝毎朝、けたたましい銅鑼の音で村民は叩き起こされていた。銅鑼の音で叩き起こされた村民が外に出てきて文句を言うところから、一日が始まった。

「うるさいの~。今日も始まったか~」

「ご苦労なこったが、静かにして欲しいわ」

「近頃噂になっている、武田家お取り潰しの騒動には、織田家の旗振りで伊達家も加わったという噂は、本当だべか? 龍の穴も関係あるという話だが?」

「ガサッ」村人たちの背後で、茂みがザワついた。

「ギョワッ。ドサッ。」獣の鳴き声と、吹っ飛ばされる音が聞こえ、村人は血の気が引く思いで発言を取り消した。

「滅多なこと言うもんでねぇだ。ここは、健全な剣術指南所だ」

「そうだったの~」村人は、焦りながら口を閉じた。


茂みに隠れていた男は、村人が立ち去るのを見て姿を現した。長身痩躯。顔色が悪く、色白の癖に黒い衣装をまとっている男は、目の下のクマと唇の黒みがかった化粧がひと際異様な雰囲気だった。金属製の胸板と籠手だけ着けている身なりは武術者と言うより、忍びに近い衣装だった。この男の名は、道万凶之介(どうまんきょうのすけ)、北海道玄武流派の門弟だった。

「なるほどね・・・。地元では、有名ですか? それより、あの馬鹿は、うまくやってるんだろうな?」

先ほど、けり倒した野良犬の死骸を見て独り言ちた。

「獣の鳴き声に反応しちまった。まだまだ、忍びとしては未熟だな。俺も・・・。(もっと)も俺は、忍びじゃねぇが・・・」


その日の夕方。『満貫組手』が終わり、剣術と柔術の訓練が終わった後の出来事だった。八名の門弟たちは正座して呼吸を整え、黙想を始めた。昇級戦をくり返し人組は全員退所になった。来たるべき大戦を前に、地組の門弟も次々に昇級試験で脱落し退所させられた。そして門弟たちは、八名まで絞られていた。

天翔雀悟(天組一番手))、

貞丸時次(天組二番手)、

二ツ橋征二(天組三番手)、

青野潤吾(天組四番手)、

海東進之介(地組一番手)、

天沼十三郎(地組二番手)

疋田一時(地組三番手)

丸亀三亀王(地組四番手)、


残念ながら、同期はみな脱落していた。鎌田は、その不躾な態度から門弟たちの集中攻撃に遭い、昇級試験で最速の脱落を記録した。在籍期間が最短にもかかわらず、役満の和了記録は最多だった。雀武帝十二の特別役を和了したのは、カズマと雀悟と彼だけで、他の二人は二つだったが、彼は三つ記録していた。目を見張る引きを随所に見せたが単発が多く、長期的には好位置を持続出来なかった。雀悟と同卓についた時、鎌田が

「ねーちゃん」と思わず口を滑らせ雀悟を不快にした。女性に間違われた直後に、雀悟は自分の男らしさを鎌田に誇示(アピール)したこともあったが、三度は続かなかった。以後、雀悟は肯定も否定もせず、(たしな)めもしなかった。門弟たちには嫌われ、麻雀では火達磨の状態が続いた。にも関わらず、『前世逃避』の回数も減り、腐ることなく彼なりに楽しく生活できていたらしい。その根本的な思考回路が、疋田には理解できないままだった。「天才を殺したのは、その存在を許容できぬ周囲の環境なのではないか?」と考えるようになったのは、かなりあとの事だった。

土方は、黙々と修行を繰り返していた。剣術も体術も麻雀も、卒なくこなしていた。一番不思議だったのが、膠着状態で必ず和了することだった。土方の入った卓の流局をほとんど見たことがない。「何度か和了しているのを見逃して、最良の形を選んでいたのではないか?」と考えるようになったのは、随分日にちが経ってからのことだった。柳田副師範に、

「両親の目を気にするのは止めなさい。自分のために生きなさい」という言葉をかけられて、龍の穴を去って行った。

中泉は、見どころも悪癖もほぼ無かった。いつ脱落したのかすら覚えていない。「最初からいなかったんじゃないか?」とさえ思えてきた。ある日、中泉は副師範にお願いした。

「自分は、褒められると倍の力を発揮するんですよ。そういう修行はないでしょうか?」

「それは、お主が何を成し遂げたいかによるのぅ。自らの歩調で歩み続けるか。世間の歩調に合わせるか。時代の歩調に合わせるしかない。どのような生き方を選択しても、愚痴は出るものじゃ。人には、向上心や欲求があるからのぉ。修行が厳しいと感じるのは、ここが寺子屋ではないからじゃ」

この会話がいつのことだったか、まるで思い出せなかった。やはりアイツは最初から居なかったのではないだろうか。黙想中にそんなことを考えていると、禿師範代に警策で叩かれた。

「雑念が、過ぎる・・・」ペコリと頭を下げ、黙想を続けた。

「(師範代は、黙想と座禅を間違えてるんじゃないだろうか・・・)」


禿師範代が神棚の置かれている上座へ立ち、話し始めようとすると凶之介が乱入した。

「邪魔するぜ~」

「!」

「副師範から話は聞いておる。しかし、紹介する前に乱入する者があるか。」

「悪い悪い(わりぃわりぃ)」

「実は、対外試合の話が決まっておる。詳細は近々発表する。ここに居る八名全員が参加するので、試合に備えて、ますます精進せよ」

「御意! ソウロ~ウ」剣士一同が深々と頭を下げた。

「堅いんだよ。いちいち。「御意」だけでいいのに、何故いちいち「(ソウロウ)」を付けるかねぇ」堪りかねた雀悟が応えた。

()(きた)りという奴でな」

「そんなもん、破っちまえよ。楽だぜぇ~」

「それは、次の世代が考えることだ」

「お前が、変えればいいんだよ。「龍の(ここ)」の一番手だろ?」

「そういうお前は、誰なんだ?」

「玄武流・道満家の二番手、道万凶乃介様だ」

「道満家は、礼儀知らずか?」

「俺は、道満家とは、関係ないんだ。マンは「万」の字だ」

「面倒臭そうなこだわりだな」

「お前も、身近にいるんじゃないか? 麻美ちゃんだっけ?」

雀悟が凶之介を睨みつけた。師範代を含め、他の者たちは、ただただ成り行きを見守った。

「・・・知らんな。それより何しに来た?」

「色々と上が煩いんでな。偵察だ」

「なるほど正直だ。お前は信用出来そうだな」

「俺には、信用しかないからな」

「剣士には見えんな。忍びか?」

「どちらでもないぜ」

「傾奇者か?」

傾奇者と聞いて、凶乃介は爆笑した。

「冗談言っちゃいけないぜ。あんな個人主義者たちと一緒にするな。俺たちは、覇裟羅(ばさら)だ。世を救う、和平の使者だ」凶之介は、大袈裟に否定した。禿師範代は過度に反応した。動揺を隠しながら言った。

「婆娑羅者たちは、南北朝の動乱でとうに死んだ。お前は何者だ?」

「頭が固い奴には、何を言っても分からないね。覇裟羅と聞いて、想像も出来んのか? 時期がやっと来たのに、時機(チャンス)を逃しかけていることに気付いていない。しばらく経ってから、無くしたものの大きさに、やっと気付くのさ」

「何を言っている?」

「分かるまい。平和? 未来? 希望? それが何だ? 俺にとってはどうでもいいのさ!」

凶之介は、両手と両足を少し広げ、腰を少し落とした態勢で、天井に向かって渾身の限り叫んだ。

今際(いまわ)(きわ)まで贅沢を尽くし、快楽の限りを尽くすのが目的だ。そのためには、何だってやるぜ‼ 織田家でも、道満家でも、伊達家でも構わん! 強い奴について行くぜ~~~‼」凶乃介の魂の叫びだった。

「(いちいち納得できることを言うですた)」傍らで聞いていた丸亀は納得していた。

「来るぜ~、来るぜ~。覇裟羅たちの派手な戦いが! 俺は、ドサクサで活躍し、恩賞をたんまり頂くぜ~! あ~! 楽しみだ~‼」凶之介は、顔が紅潮し血色が良くなった。雀悟に向き直った。

「スッキリしったぜ。ところで、お前も強そうだな?」

「試してみるか?」

「いつだって、いいぜ~。親友!」

「いつからだ?」

「今からだ!」

雀悟と凶乃介が顔を睨み合い、あわや一触即発の緊張が走った。


禿師範代が、二人を制止しようとする前に、丸亀が飛び出した。

「この、不届き者―‼」

普段の丸亀の態度とは違うので、一同は驚いた。

「‼」

飛び掛かる丸亀の腕を掴んで、軽く捻りながら凶乃介は投げ飛ばした。

「道満流・捻り一本投げ」

頭と右肩から地面に落ち、そこに全体重がかかった。巨体の丸亀が頭から床に突き刺さった。

「ボギッ、ベゴー」骨の折れる音と、床の板が割れる音で周囲は騒然とした。


凶乃介は、禿師範代を睨みつけた。

「かかって来たのは、コイツだ。文句あるまいな」

「有無。失礼した・・・」


門下生が一斉に、凶乃介の背後から飛び掛かろうとしたのを、雀悟は見ていた。

「何てことすんだ! 貴様!」天沼が叫んだ。

疋田、進之介に続いて、天沼も凶之介に飛び掛かろうとした。天沼が、進之介と疋田の行動を確認して後ずさりしたのを、雀悟は見逃さなかった。

「!?」

「この野郎‼」進之介が飛び掛かった。

「てめぇ‼」飛び掛かろうとする、二人の前に回り込み、二人を素早く制して、

「対外試合が控えている。ここは、お引き取り願おう」

「(速い‼)ふっ。俺は対外試合の申し込みに来ただけだ。これで俺の用は済んだ。またな」

凶乃介は、足取り軽く「龍の穴」を立ち去った。


雀悟は師範代に確認した。

「師範代、『婆娑羅』とは・・・」

「うむ。南北朝時代の輩のことだ。傍若無人な振る舞いをし、社会規範を破った者たちのことじゃ。下剋上の世では、そのようなものたちが現れるのも無理からぬ話じゃ。傾奇者は、安土桃山時代以降の個人的な放埓さを表し、自己主張の強い輩が多い。しかし『婆娑羅』は、集団で権力者に喰らいつく者達じゃ。徒党を組まれると、とても危険な存在じゃ」

「御意」

「無論、親善試合は口実じゃ。来たるべき時に備えての玄武流派と同盟を組むことが最大の目的じゃ。しかし、『覇裟羅』と言われてすんなりと受け入れることも出来ぬ。道満家は、何を考えておる・・・」

「・・・。」


道場の外には、柳田副師範と面会を終えた凶之介の姿があった。

「予定外だが、まず一匹~。あの馬鹿が。もう少し、うまくやれねぇのか?」

凶乃介の背後から、三人の人影が現れ、凶之介の心の中に話しかけた。

「(『親善試合』をして、同盟を組むことが目的ではなかったのかしら? 対戦相手を減らすことが目的なのかしら?)」心の中の話だと思い、凶之介は口を開いた。

「同盟は組みたいが、主導権は渡せないからね」

「なるほど。そう言うことか」

「だ、誰だ、お前は?」

「一人で来るとは、いい度胸だ」

「(・・・、コイツ出来る! まるで隙が無い・・・)」

長身の男が凶乃介に対峙した。凶之介から攻撃しようとしたが、何も出来なかった。凶之介からの攻撃が来ないと分かると長身の男は、凶之介に擦り寄った。凶之介は抵抗する間もなく一撃を喰らい失神した。

『この者、当道場の者に怪我を負わせた故、罰を与える』

上半身を縄でしばり、フリちんで北海道に送り返した。


数日後、道満吉兆太(どうまんきっちょうた)師範代の凶乃介に対する尋問が始まった。

「それで、お前は三人にやられただか?」

「いやぁ~。三人いたけど、俺を襲撃したのは、真ん中の長身の男で・・・す」

凶乃介は畏まって答えた。

「襲撃されるだけならいざ知らず、フリちんを晒すとは、何事だか! 道満家の恥さらしめ‼」

「面目ねぇ。丸亀のせいで、全ての予定が狂っちまった。他の奴らが挑発されて飛び掛かってくる予定だったのに、あの馬鹿が飛び掛かってきやがった」

「あの馬鹿は、計画を理解しておるだか?」

「どちらにしても、向こうの対戦者(メンツ)は、これで七人だ。あと一人二人、削りたいねぇ」

「抜かりないわ」


翌日の午後、天沼十三郎と青野潤吾は木刀で打ち込み稽古をしていた。

「腹減ったなー」

「もうすぐ飯だ」二人とも、気が抜けた瞬間だった。副師範が稽古を締めくくった。

「止めー」

副師範の声と同時に視線をそらした隙に、十三郎の一撃が潤吾を襲った。右耳を側面から強打した。

「ボギッ」

「ぐわーっ」悶絶する潤吾に対し、天沼が駆け寄った。

「あわっ。すまん‼」

「‼」道場内に緊張が走った。十三郎は土下座して、副師範に謝った。

「済みません。聴こえませんでしたー」すかさず、雀悟が指示を飛ばした。

「まず、怪我人の処置が先だ! 疋田、進之介、医務室に運べ‼」

「合点承知!」指示の素早さ的確さに、副師範は黙ったままだった。

「・・・。うむ」


「潤吾は、線状骨折だとのこと。二週間ほど安静にさせて様子を見よう。対外試合は、欠場じゃ」

「・・・」門下生は押し黙ったままだった。泣き崩れる天沼に雀悟が質問した。

「ひっく、ひぃっっく。やっちまっただ」

「それでは、副師範の止めの合図と十三郎の「もうすぐ飯」という発言は、同時だったのだな?」

「合わせてしまっただ。ひっく、ひひっくぅ・・・」

「(親友の丸亀が投げられたのに、凶之介に飛び掛かるのを躊躇(ためらった)したな)・・・」


「(龍の穴編)第六話:雀武帝親衛隊」に続く

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