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(龍の穴編)第一話:満貫組手

力ある者は戦力知略で駆け上がり、力なき者は強者の餌食に過ぎぬ「夢幻泡影(むげんほうよう)」の戦国時代。

東アジアの片隅の「大和(やまと)」の地では、忠誠と裏切りが錯綜し大きな戦乱が続いていた。


 東北のとある山中に、仙台藩直属の訓練施設があった。表向きは、「青龍派剣術指南研究所」と名乗っていたが、地元の民には『(どら)の穴』と呼ばれていた。東北各地より選りすぐりの剣士を集め、日々剣術の訓練にばかり明け暮れていたが、「勝ち逃げ御免令」の施行により、麻雀の訓練も行うようになった。


とある皐月(ごがつ)の夜明け前。道場内で三十余人の剣士が、正座で黙想をしていた。

「チチッ。チュン、チュン。おえおっお~」鶏の鳴き声と同時に朝日が昇った。

「ごわわ~んん・・・・。ごわごわわ~~ん・・・」

門弟の一人が、巨大な銅鑼を鳴らし道場の一日が始まった。田んぼの水の様子を見に来た農民たちが、道場をふり返った。

「龍の穴の修行が始まっただ」

「銅鑼ではなく、鐘にしてくれんかの~。五月の風情が台無しじゃ」

「師範代の考えることは分からんの~」

「肩まで伸びる長髪にしておるくらいじゃ。よっぽど名字が嫌いなんじゃろぅ」

「門弟の挨拶も奇妙じゃ。「御意」と「押忍」に統一出来んものか・・・・」

「こだわりが過ぎるだ」

風体(ふうてい)は、立派なんだが・・・」

西国(さいごく)生まれかね? ときどき行動が突飛じゃ」


禿(かむろ)師範代は神棚の置かれている上座へ立ち、朝日を背にして話し始めた。肩まで伸びた、白髪の長髪が朝日に輝いていた。門弟たちは、眩しそうに、迷惑そうに師範代を見上げた。

「昨年、雀武帝の発せられた『勝ち逃げ御免令』は、各藩にとって危険な法である。発令直後の武田家の悲劇は、皆も記憶に新しかろう。しかし我々「雀豪剣士」にとっては、世の中に己の存在を示す絶好の機会でもある。主君、政宗公はまだ七つに過ぎぬが、聡明な御方で将来を嘱望されておる。お主たちは有能な剣士として殿の側近としてお仕えし、天下を取る手助けをするのじゃ。東北各地より、この道場内に集められたお主たちは、剣術に覚えのある精鋭達じゃ。この道場で、剣と麻雀の腕を存分に磨き、有難く召し抱えられる身となることを期待する。また、先月の昇級試験で昇段出来なかった者が入れ替わった。本日より新たに修行に参加するのは、鎌田軟骨、土方重蔵、中泉六雲、疋田(ひきた)一時の四名じゃ。志半ばで退所した六名の者たちへの気遣いは無用じゃ。いずれ何処かで会うこともあるだろう。これで門弟は、天組四名、地組八名、人組二十二名となった。各々方、精進いたせ」

門弟一同が大きな声で返事をした。

「御意! ソウロ~ウ」

そして、門弟一同は深々と頭を下げた。禿師範代は、4人の新入りを促し挨拶をさせた。

「新入りよ。各々の意気込みを語ってみよ」新入りの門弟は、それぞれに挨拶をした。

「鎌田軟骨だでよ。麻雀と剣の腕を鍛えるだ。よろしく頼むだでよ」不躾な態度が門弟たちを不快にした。

「土方重蔵です。父上に、積極性がないと、よく叱られます。母上のためにも頑張ります」

「(コイツもしかして・・・、土方財閥のおぼっちゃまか?)」門弟たちがざわついた。

「中泉六雲です。一番強く、なります。それだけです」

「(なんだあの、カッコつけ)」少々顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、それなりの拍手と歓声が上がった。四人の中で一番存在感のある疋田が、門弟たちの正面に立つと、その一身に注目を浴びた。

「はい! 疋田一時です! 剣と麻雀で世界を救います!」言い終わるなり、道場内は大爆笑の渦となり野次が飛んだ。

「ばっかじゃねぇの!」

「田舎者は、いきがいいねぇ!」

「素敵ぃ~。是非世界を救って~」仕方なく禿師範代が野次を制した。

「志が、高くてよろしい」そして、みなに向かって言い渡した。

「伊達藩の政宗公は、まだ10歳に満たぬ。我々が、殿を盛り立てていかなければならぬ。麻雀で勝ちさえすれば、兵を失うことはない世の中じゃ。各々方、心して精進せよ!」

「御意! ソウロ~ウ」


 疋田は、昨年九月の「新人募集・一期生」の選抜試験で同じ組だった天承雀悟を見て驚いた。僅か半年で、主将級雀豪剣士に昇格していたからだ。この時、疋田は三次試験で不合格だった。雀悟は疋田の視線にすら気づかなかった。何か考え事をしていたらしい。


禿師範代が、門弟の前に立ち宣言した。

「それでは、これより月に一度の特別朝稽古『満貫組手』及び『撃破戦』を行う。他の組の者と手を合わせられる、月に一度の貴重な機会である。存分に励め!」

「御意! ソウロ~ウ」

「天組四名、人組十二名、席に着け。入れ替え戦で交代した四名から優先的に卓に入れ!」

「合点承知!」

屈強な男たちが、道場の中央に設置された四つの卓に、それぞれ散らばった。

四つの卓では、天組の四人がそれぞれに親をつとめた。

甲卓(親:天承雀悟(天組一番手・主将級雀士))、

乙卓(親:貞丸時次(天組二番手・副将級雀士)、

丙卓(親:二ツ橋征二(天組三番手))、

丁卓(親:青野潤吾(天組四番手))で、それぞれの対局者を待った。


疋田は躊躇なく、甲卓に座った。

「入るぜ!」疋田の顔を見て、雀悟は驚いた。

「! 久しぶりだな。半年振りか?」

「入れ替え戦で、今日から参加だ。ヨロシクな! カズマは元気か?」

「!!」道場内に緊張が走った。

「・・・。奴は、怪我で退所したよ」雀悟は静かに答えた。

「・・・そうか。悪いことを聞いたな」

「知らなかったんだ。気にするな」疋田の無礼な言葉遣いに南家が嚙みついた。

「きさま! 主将に向かって、無礼な口をきくな!」

「何だ、お前?」

「今にわかるさ、好きにさせておけ」雀悟は静かに制した。

「御意!」


「始め!」

師範の掛け声とともに、それぞれの卓で麻雀が始まった。


疋田は、雀悟が目を閉じているのに気づいた。

「お前、目をつぶっていて打てるのか?」

「いつものことさ。天組は全員が『暗視組手』をする決まりになっている。地組と人組に対するハンデだ、気にするな。しかし、打牌は発声してもらう。北」

南家「白」  疋田「9」  北家「発」


雀悟「一」  南家「中」  疋田「7」  北「②」

・・・


十巡後

雀悟が疋田を討ち取った。

「ロン、平和、一盃口、三色同順、ドラ1、満貫! 疋田一時脱落!」

二三四22334①①②③④   → 4(疋田の振り込み)  ドラ➁


「くっ! 事故ったぜ! 自摸(つも)れば、『防御(うけ)』を取れたのに・・・」と手牌を倒した。

二三四伍六678⑦⑧⑨⑨⑨   (一四七待ち・・・平和のみ)

雀悟は、その言い訳がましい振る舞いを一瞥し、

「これが、半年の差だ」冷たい視線を疋田に送った。疋田は、心を見透かされたような気になり、背筋がゾクリとした。

「(コイツ、半年前の入所試験の時と雰囲気がまるで違う)」

南家が、その未練がましい姿を見かねて声をかけた。

「満貫以下の手で和了って『防御』を手に入れても修行になりません。『満貫組手』では、満貫以上を早く完成させ、出来るだけ多くの対戦相手を撃破するのが目的です」

「分かってるよ!」疋田は、不貞腐れながら席を立とうとしなかった。

「それに主将は、『満貫組手』で振り込んだことがありません」

「・・・、振り込み御免!」と、未練がましくうなだれた。

師範は、脱落者が出る度に指示を出した。

「人組は、番手が下のものから順に交代せよ! 振り込んだものは、『憐心の滝』へ行け!」

「合点承知!」と門弟の一人が疋田に近づいた。

「どけよ」とぞんざいに椅子を蹴られ、疋田は仕方なく立ち上がった。

「威勢がいいわりに、弱いな、なんだアイツ」

「まぁ、あんなもんだろぅ」

「カモが入って来たと思えば、気が楽さ」畳みかけられる野次に、疋田の心はズタボロに引き裂かれた。

「合点承知」と、疋田は力なく場を離れた。道場の外に出るときに、天沼と目が合った。

「よぉ、おめえ、体力選抜で二位だった奴だな。合格オメデトウ。大将は元気か? 殿のご様子はどうだ?」といって、こちらの返事を待っていた。

「・・・? 誰だ、それは?」

「・・ん? ん~。まぁ、何でもねぇ。よろしくやろうぜ」と言って、手を振りながら行ってしまった。

「(やはり、アイツは合格か!)」、隣にいた丸亀を見て、

「(なんで、アイツが合格なんだよ!)、ちっくしょう!」と、独り言ちた。

そこへ、禿師範代が現れて道場の裏へ連れて行かれた。

「疋田よ。話がある」

「お話とは、何でしょうか?」

「この道場内で、カズマの名を口に出すな。ヤツは、今怪我で治療に専念しておる。分かったな」

「合点承知」力無く、疋田は滝行に消えた。

「ちっくしょう!」と口にしたが、誰も聞いていなかった。

それぞれの卓で、和了が繰り返され、満貫以上の手を振り込んだ男たちの入れ替わりが続いた。


憐心の滝では、柳田副師範が待っていた。

「第一号は、お前か? どうした? いつもの威勢は?」

「どうってことねぇよ。出会いがしらの事故みたいなもんだ」

「そのように考えている時点で、いつまで経っても成長はないな。和了にも、振り込みにも、必ず意味がある」疋田は、聞く耳を持たずに質問した。

「滝行って、どのくらいやればいいんだ?」

「今日一日じゃ!」

「一日中、この冷たい滝で打たれるのかよ? 冗談だろ? 五月とは言え、まだ寒いぜ!」

「ここは、『憐心の滝』だ。お主は『たかが、滝に打たれたところで、何の修行になるものか?』と思っているやもしれぬ。しかし、心の修行は、修行の成果が目に見えてすぐに現れるものではない」

「・・・」

「何をもって、心の修行とするか。修行の中で、最も難しいことだ。厳しい環境の中で、自己と向き合い、自己について見つめ直す、己を取り巻く環境について考え直すことこそ心の修行の目的であることを(わきま)えよ」

「・・・」

「いつも言っておる通りじゃ。いつ辞めても構わんよ。知識が欲しければ、寺子屋でも充分だ」

「・・・。他の修行は、しなくていいのか?」

「構わん。だからこそ、誰しもが一局一局を大切に打つのだ。滝行で丸一日の時間を使わんようにな。お前がこうして滝に打たれている間に、他の者はそれぞれの修行を進めておるのだ。お前はその分、心の修行を進めていると心得よ。お前は、まだ若い。次の入れ替え戦を待つ前に退所(だつらく)しても構わん。人にはそれぞれ何かしらの「天賦の才」が備わっておる。人から教えられずに自らで気が付いてゆく事こそが、その者の人生じゃ。お前は、『馬鹿馬鹿しいと思える、この毎日の生活』から、いつでも抜け出せるのだ」

疋田の脳裏に、門下生たちの罵詈雑言が浮かんだ。郷里では、神童としてもてはやされたが、ここではただの新入りだった。途端に無性に腹が立った。どいつもコイツも自分にも腹が立った。柳田副師範を見詰め、

「・・・。やめるよ」

「・・・それでも、構わん」


「違うよ。言い訳するのは、もう止める! あいつらを全員倒してやる!」くわっと目を見開いて、(ふんどし)一丁で、滝に向かった。

「副師範、疋田一時これより滝行に参ります!」

「うむ」疋田が、滝に向かうと同時に、鎌田軟骨、土方重蔵、中泉六雲が、遅れて合流した。


師範の指示が立て続けに飛んだ。

「人組に交代要員無し! 脱落者が出たら地組が交代に入れ! 現在、天組に脱落者無し!」

「合点承知!」と地組の八名が、次々に交代要員で卓に着いた。

脱落者が続き、現在十六人。後ろで見ていた補充人員が居なくなった。

「卓割れ次第『撃破戦稽古』を行う。それぞれの卓で、脱落者が出るまで戦いを続けよ!」

「合点承知!」と麻雀は続けられた。


「ロン、満貫! 丙卓、慎吾脱落! 丙卓、卓割れ!」と、征二が叫ぶと、慎吾は、

「お先、御免!」と、滝行に消えた。

「ロン、跳満! 丁卓、潔志脱落! 丁卓、卓割れ!」という声と、

「ロン、満貫! 乙卓、伊知郎脱落! 乙卓、卓割れ!」という声はほぼ同時だった。残る甲卓では、ひと際存在感を放つ、「龍の穴」の主将級雀豪剣士の雀悟が親を続けていた。対するは、道場内で最年少の十二歳にして地組の八番手、海東(かいとう)進之介だった。

「へへっ、やっと(おいら)の出番だ。雀悟の(にぃにぃ)さん、ずっと親だろ⁉ そろそろ俺が変わってやるよ」

「進之介か。先週、地組に昇級したそうだな。大したものだ」

「すぐに、次の昇級試験で、天組に昇級するよ」

「ふっ。青龍派は、猛者揃いだ。頼もしいね」


十巡後、進之介が和了った。

「自摸!」

22234③④⑤三四五北北  自摸「北」

「自摸ノミで御座る。和了(あがり)御免。早々と「防御」を取ったぜ!」嬉々として、進之介は「防御」の札を晒した。

「・・・。自摸ノミで終わらせるには、惜しいな・・・」

「いつも、あんたにやられているからな。まずは、手堅く保険を確保だ」

「そんな好機(チャンス)手が、そうそう回って来るとは、限らないぜ」

「これでいいんだよ。相手の調子を崩すところから、始めるのが俺の麻雀だ」

「・・・」雀悟は、無言で次の配牌を取り始めた。五巡後にニヤリとしながら、進之介の捨て牌に食い付いた。

「調子が崩れたぜ。ロン、倍満! 進之介脱落!」という声と同時に『満貫組手』は終わった。

 11112233四五六⑦⑧  振り込み⑨  

〔三色一気通貫(1)、面前三色一気通貫(1)、平和(1)、一盃口(1)、ドラ(4)〕【合計8翻】


【三色一気通貫】

萬子(一~九)、筒子(①~⑨)、索子(1~9)の三種類を使い一気通貫を完成させる。面前に限りプラス一翻となる。一索を雀頭にして、一索で始まり、索子で一盃口を作り、九満で終わる形が最も美しくプラス二翻とされる。雀武帝特別十二手役の一つ。


「おっお~」どよめく門弟たち、

有無(うむ)、見事じゃ。跳満以上は、『防御』を無視できる」禿師範代が感心した。

「くっ、巻き添え御免!」進之介は、唇を噛み締め、泣き声を(こら)えながら、泣き顔を見せまいと滝行へと走り去った。

「巻き添え食ったぜ。三倍満は、振り込んだ者とその下家が撃破される。お先御免!」と、一言残して滝行へ走り去った。

「少し厳しすぎたかな?」

「子ども相手に手を抜いてどうする。こういう時代だからこそ、子どもだからこそ、散々に叩きのめしてやらなければいけぬ。戦国の世であればこそ、大きく育ってもらわねばならぬのじゃ‼」

「・・・御意!」

師範代は、「(ソウロ~ウ)」の声を待ったが、雀悟は口にしなかった。

「続いて残り十一名、甲卓で『撃破戦』を始める!」甲卓で勝ち抜け戦が始まった。


『憐心の滝』では、修行者が溢れかえり、人組の者達は基礎体力訓練を行っていた。『撃破戦』が終わるまで、食事も取らずに門下生たちは修行を続けていた。


疋田は、グスグス(むせ)びながら滝に打たれているちびっ子が気になった。

「負けるもんか! 負けるもんか! 負けるもんか! ・・・・・」

「(こんな子どもまで、参加しているのか・・・負けてられねぇな・・・)」


「(龍の穴編)第二話:撃破戦」に続く


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