(長篠の戦編)第一話:天翔一馬
「雀聖」阿佐田哲也氏に、この物語を捧げます。
時は戦国、地は大和。一向に収まらぬ戦の世に憂いを抱いた時の皇帝(雀武帝)により全国の諸大名に対し「私闘制限の詔(通称:勝ち逃げ御免令)」が発せられた。その内容とは、
一、私闘は個人間の問題として話し合いで解決すべし
一、私闘が話し合いで解決せぬ場合、麻雀にて決着すべし
一、麻雀で揉め事を解決する場合、双方の合意のもと参加者を募り、二ないし四人で勝負を決すべし
一、麻雀の勝負は、満貫以上の和了で決着とすべし
一、麻雀で決着がつかぬ場合、または決着に納得できぬ場合、双方の合意のもとに剣で解決することを許す
一、麻雀でも剣でも決着せぬ場合、または納得できぬ場合、藩同士の問題として解決すべし
一、藩同士の話し合い等で処理できぬ場合、雀武帝親衛隊が介入し問題を解決するものとする
詔の発令後、日常茶飯事だった私闘が鳴りを潜め、仲裁を口実に領地を接収されることを嫌った諸大名は、地下で揉め事を解決してゆくようになった。
≪仙台藩南部・城南町≫ 長身で体格の良い浪人風の男が旅をしていた。凛々しい顔立ちで、自信に満ちた高貴な風格を備えていた。左の腰に五尺(1.5m)ほどの西洋風の大剣を帯び、右の腰には伊達家の家紋が入った刀を帯びていた。孝子堂に立ち寄り心静かに、何やらを祈った。
「(アイツは、ここに来たかった筈だ・・・)」
その後、町の中心部で税の公開徴収を見つけ立ち止まった。
「(これか・・・。こんな白昼堂々と・・・)」
大勢の町民が見守る中で、兜を被り、片目が刀傷で塞がったカイゼル髭の役人が戸籍を読み上げる。
「城南町二丁目、町長の郷内! 席につけ!」
頭が禿げ上がり足を引き摺った老人が、よぼよぼと席に着く。
「佐藤、加藤、伊藤! 取り立てろ!」
呼ばれた三人の役人が返事をした。
「御意!」
老人は、自摸ッて来ては手牌をロクに入れ替えず切る作業を繰り返し、十巡後、役人の伊藤に倍満を振り込んだ。
「爺さん、そいつは当たりだ。倍満だ」同時に佐藤も
「爺さん悪いな。俺も当たりだ。満貫だ」
郷内「あわわわ・・・」
武藤「ノーウゼーイ、完了! 郷内家は六人家族だ。満貫三つ分で十八俵だ。異存はあるまいな?」武藤の言葉により、和了が成立・確定した。
「あ~あぁ」周りはため息に包まれた。
「殺生です。去年は九俵でした。それでもギリギリの生活でした。育ち盛りの孫もおります。なにとぞ、ご慈悲を・・・」
「勝負で、おぬしが勝てばよいだけの事。我々は、徴税法に則り業務を遂行しておる。文句は言わせん」
「ひでぇ! インチキだ!」傍らで見ていた、小僧が叫んだ。
一部始終を見ていた浪人が、傍らのヤジった小僧に尋ねた。
「これが、この町の税の取り立てなのか?」
「ひでぇんだ。爺ちゃんは、目が悪く頭もボケ始めている。麻雀なんか打てないのに、最年長者という理由で無理矢理打たせるんだ」
「聞いておらんな? 腐敗の原因はここにあったか・・・」顔をしかめる浪人に気付いた武藤は、
「ん~? 何だ貴様らは? 文句があるのか?」
「あるに決まってるよ! お前らインチキばかりしやがって!」
「ケケケ、ガキが。徴税奉行の武藤臥竜様に逆らうとはいい度胸だ。役人侮辱罪だ、座れ! 武藤式徴税特別法・第一条、対戦相手は武藤が決めて良いものとする」無理矢理座らされた小僧は、立て続けに、満貫と跳満を自摸和了った。
「やったぜ! 爺ちゃんの負け分をおいらが取り返したんだ!」
「コータロウ、でかした!」じーちゃんは、歓喜した。
「生意気なガキめ、納税続行だ!」伊藤が叫んだ。
「許可する。回数は無限とする」武藤の許可が下りた。
「三年分取り返してやるよ!」
始まった次の局で、伊藤が山から牌を抜いてこようとしたとき、伊藤の手の甲を鋭い針が突き刺さった。
「ビッシュッ」
「!」伊藤は、激痛が走り手を引っ込めた。刺した針の先を見据えると、針は浪人の鞘の中に収まった。浪人は、大剣の柄を握りしめていたが、その位置からほとんど手を動かしていない。手首を捻っただけで剣先が伊藤の手の甲を貫いたのだ。三人がギロリと浪人を睨みつけた。
「何だ、お前は? 文句があるのか?」一番近い加藤が浪人を睨みつけた。
「子ども相手にイカサマを使うな。三人がかりで、みっともない」
「関係ねぇだろ!」
武藤「ケケケ、どこのバカ者だ。名を名乗れ」
「カズマと名乗って置こう」
「よかろう、カザリウマ。貴様が小僧の代わりに打て。」
「受けて立つとは言っていないが?」
「引き受けなければ、郷内家の年貢は、二十俵とする。」
「そんなバカな話があるか?」
「よし! 異論はないな! チョーウシューウ、開始!」
観衆は、カズマに対して、期待を寄せ始めていた。誰かが、この抜け出せない地獄から救ってくれることを期待するしかなかった。
ドラ:九
大して乗り気でもない浪人だったが、卓に座らされた。八巡目、伊藤の打⑥で和了る。
123④⑤七七八八九九九九
〔三色一気通貫(1)、面前三色一気通貫(1)、最高形(2)、平和(1)、一盃口(1)、ドラ(4)〕【合計10翻】
「九満」の尻尾から、筒子の水玉をすり抜け、索子の竹林を飛び回り、上へ上へと龍が駆け登った。
「ロン! 三色一気通貫、平和、一盃口、ドラが四!」和了と同時に浪人の背後から、駆け上がった龍は四羽の雉に姿を変え飛び立った。
「『三色一気通貫』の中でも、最も美しいとされる形だ。よく味わえよ。そして、10翻で間違いないな?」
「おだづな! イカサマだ!」振り込んだ伊藤が、激昂した。
「三食一気通貫など、採用はしておらん」武藤が、カズマの和了を退けた。
「徴税人なら、知っているはずだ。雀武帝公認ルールのハズだが?」
「俺さま、武藤がルールだ。席替えして、続行だ! 平和と一盃口のみ許可する。ドラが三つを超えた場合、超過分は武藤の預かりとする!」
浪人は、口ごたえもせずに、対局を続行した。
【三色一気通貫】
萬子、筒子、索子の三種類を使い一気通貫を完成させる。面前に限りプラス一翻となる。一索で始まり、九満で終わる形が最も美しくプラス二翻とされる。この手役を和了した者は、今後の人生がいかようにも切り拓け、自分の望むように人生を歩めるという。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
【二局目】、
「カザリウマ、お前の手配の交換は、五回までだ。それ以上は、郷内家の年貢を一割ずつ増やす。異存はないな? 武藤式徴税特別法・第二条、対戦相手に特別ルールを押し付けてよいものとする。文句はあるまいな?」
「文句を言ったら、ルールを変えてくれるのか?」
「変えるわけがなかろう。圧倒的有利な中での確定した勝利を楽しんでいるのだ。邪魔はさせん!」役人たちは、露骨に積み込みを始めた。浪人は、その手先を見詰めていたが、敢えて口出ししなかった。
十巡後
伊藤「リーチ(跳満聴牌)」
加藤「リーチ(満貫聴牌)」
佐藤「お前ら、早いんだよ。リーチ(満貫聴牌) (打九満)」
「・・・三軒リーチはありなのか?」
「普通にアリだ。武藤式徴税特別法・第三条、武藤が認める場合、ゲームを続行するものとする」
「ゲームが続行ならば、九満で和了だ! 邪悪七対子。混一色、混老頭付きだ!」浪人の背後から突風が吹き、対局者それぞれに空気の塊がぶつかった。そして風は、役人たちの身体をすり抜けるように吹き抜け、邪悪なのもを体内から押し出した。
「邪悪な魂は、吹き飛ばした!」役人たちは、悪いものが取れたようにキョトンとした。辺りは町民の歓声で沸き立った。
東東西西南南北北一一九中中
〔邪悪七戸対子(2)、混老頭(2)、混一色(3)、七対子(2)〕【合計9翻】
【邪悪七対子】
四つの風牌と、三軒牌の中、萬子で構成される。赤と黒だけで構成された邪悪さを連想させる手役。プラス二翻となる。構成によって混老頭も追加される。この手役を和了した者は、対局者の邪気を払い、生まれ変わらせることが出来るという。雀武帝特別ルール 十二の役の一つ。
「おだづな(ふざけるな)! イカサマだ!」一番キレやすい、佐藤が激昂したがすぐに落ち着いた。
「あれ? アイツ今、怒らなかったか?」
「キレた後に、落ち着いたぞ」
「何があったんだ?」訝る町民たちを尻目に、
「俺の配牌に、クズ牌を仕込み、クズ自摸を送り込む。三手で聴牌だった。続けるのか?」
「貴様の態度は実にけしからん。体でこの町のルールを覚えて貰う。剣を抜け! 貴様には、徴税妨害罪で事故死してもらう!」臥竜は退かなかった。命令を受けた役人たちは、仕方なく刀を抜いた。大して乗り気でもなかったが、浪人は伊藤、加藤、佐藤に向き直り剣の柄に手を伸ばし、居合の構えを取った。
「バカが、教えてやるわ」加藤と佐藤は浪人の死角に回り三方向から浪人を囲んだ。
「食らえ!」伊藤が正面から囮になり、背後から二人が斬りかかった。
「天翔流一閃撃」浪人は、右手で大剣を抜くと頭上で大きく旋回させ剣を鞘に納めた。浪人の剣は大きくしなり、鞭の如く三人を吹き飛ばした。
「勝ち逃げ、御免!」
「おぉ~~~~!」どよめく歓声。町民たちの鬱憤が一気に晴れ上がった!
【臥龍按剣】
1.5mほどの長さがあるが、柄の二つのボタンで操作できる。伸縮と撓らせることが出来るので鞭のように扱える。一方で、鍔迫り合い(つばぜりあい)に弱い。
浪人は、怯む武藤に近づいて右の頬をぶっ飛ばした。よろけながら倒れた武藤に近づいて尋ねた。
「さて、この後どうする?」
「天翔? お前は・・・、あなた様は、伊達藩・黒脛巾組の頭領様なのれすか?」小声で尋ねた。
「いかにも天翔一馬だ。この数カ月、この土地の徴税結果が疑わしいので、徴税の実態を調査に来た。全て、お前の指示に従った。麻雀も剣術も俺の勝ちだ! お仕置きと、藩への報告とどちらがいいか選べ。さぁ、どうする?」
「失礼しました。お仕置きでお願いしまする」
「心得た。両方に致す」
「お慈悲を!」とすがる、武藤の首筋に一撃を加え失神させた。
一馬は、武藤、伊藤、加藤、佐藤の四人に上着を着せたまま、フリちんで銀杏の木にぶら下げた。
『此の者達、不正を働いたため処罰される。三日間、誰しも彼らに触れることを禁ず』
一馬は、傍らに寄ってきた犬に告げた。
「くみとよ。仔細の報告を頼む」と、書類を布に包み、犬の首に巻き付けた。
「わん」と一声鳴いて、北に走り出した。犬は、その後近くの関所により書類を預けた。役人に頭を撫でられ、肉をひと切れ貰うと喜んで走り去った。
一馬は村長に向き直り、
「村長よ。村の民の命を預かる者として、麻雀で、年貢を決めるという軽率な判断をするな!」
「ははっ。肝に命じました」
「上には、徴税係の交代を進言しておく。精魂込めて、殿に仕えよ」
「はは~っ」村民全てがひれ伏した。
「一馬様、ありがとうございました」
「兄ちゃん、ありがとう!」
「ふっふっふ。必要なのは、次世代のヤル気だ。俺が何処かで困っていたら、助けてくれ」と言って、浪人は南に歩き出した。
「(長篠の戦編)第二話:武藤碧竜」に続く




