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72針目.切り開く未来

 一週間後。


 すっかり秋の色に染まり始めたブランフィールドでは、収穫した小麦の出荷に皆が精を出している。


 公爵邸の菜園でもかぼちゃやアーティチョークが豊かに実り、夏に採れたアプリコットをシロップ漬けにしたものを使ったタルトがお茶の時間に出されるお菓子となっていた。


「ホントン夫人のお手製ですよ!心して食べてくださいね!!」


 ミルクティーと一緒に、タルトの載った皿をテーブルに置く。


「ちゃんと食べるよ」


 そう言ってタルトにフォークを刺し、一口食べてシオンは目を見開く。


「お嬢ちゃんが騒ぐだけあるな、すっげ美味い」

「でしょう!ホントン夫人のお菓子を食べたら他のものなんて食べられません!」

「いや食ってただろ、あっちこっちでウマイウマイって」

「ちょっと!言葉のアヤって知らないんですか!」


 またもシオンにからかわれるエリンを見て、ダイアナは吹き出す。


 この光景も、しばらく見られなくなるのかと思うと、ヘーゼル同様ダイアナも寂しさに襲われるが、今はそんな素振りは見せずに笑顔を作っていると応接間の扉が開き、父のローティスと母のエリザが入ってきた。


 エリンが下がり、ダイアナとシオンも立ち上がる。


「二人とも、楽になさい。今日は嬉しい報告を聞く日なんですからね」


 穏やかに笑うエリザが、シオンの王都での出店を喜び褒め称える。


 ローティスも同様だった。


「ウインチェスター商会の後援を掴んだとは大したものだな」


 内心、こんなに早く店を出す話が決まるとは思っていなかったローティスは、シオンの行動力を心の底から感心していた。


 しかし当のシオンは


「お褒めのお言葉は光栄ですが、しかしまだ事業で成功したわけではないのでお見守りくださると幸いです」


 慎ましやかに答え、


「ダイアナ様の元御夫君の再婚相手の女性と共同経営すること、御気分を害しましたら申し訳ありません」


 と、付け加える。


 しかしローティスは


「王都で商売するなら彼らは敵に回さない方がいいだろう。ダイアナの離婚とお前の事業は分けて考えなさい」


 終始いつも通りの冷静な姿勢を貫いた。


「時々は帰ってくるのよね?あなたにドレスを新調して欲しかったわ・・・あ、結婚式用だからもう間に合わないわね・・・」


 シオンに一度、ドレスを仕立ててもらいたかったエリザががっくりと肩を落とす。


「姉が承りますよ。王宮での式に着ていくものなら最後の仕上げは俺がやります」


 そう言うと、エリザは嬉しそうに表情を明るくし、ダイアナと同じ笑い方で喜んだ。


 娘の恋人との談笑を楽しんだあと、屋敷の玄関ホールでシオンを見送るローティスとエリザ。


 入れ替わりに小箱を手にしたエリンが再びやってきて、外に停めた馬車の元まで見送る。


「これ、ホントン夫人のお菓子です!食べ終わったらまたもらいに来てください!」


 遠回しに顔を見せに来いと言うエリンの頭を撫で、屋敷の入り口まで戻るよう促し、そしてダイアナと向かい合う。


 抱き合い、キスをして、ダイアナが壊してシオンが直した髪飾りがきちんと髪に付いていることを確認してから、シオンは取り出した箱をダイアナに手渡す。


 中に入っているものが確認されると、箱はすぐに閉じられた。



 鈍く光るナイフ。



 これを、見せなければならない相手がいる。



「・・・大丈夫か?」

「ええ、任せて・・・」


 二人はもう一度キスをして、抱き合う。


「次は私の番よ・・・必ず成し遂げるから待ってて・・・」

「大丈夫、待ちきれなくなったら勝手に迎えに行くから」

「もう・・・っ!」


 笑い合って、馬車に乗り込むシオンに、結婚式に自分も行くことになった時は手紙を書くと伝え、走り出した馬車をエリンと共に見送る。


「なんか寂しいですね・・・こんな事になるなんて思いもしなかったです・・・」


 いつになくしょんぼりするエリン。


 ダイアナとて寂しくて堪らないが、自分に言い聞かせるようにエリンを励ます。


「そうね・・・。でも去年は私達、まだ王都にいたのよ。一年先でさえ何が起こるかなんて分からないけど、でもきっと、悪いものにはならないはずよ・・・」


 思えば去年の今頃なんて、ケイレブとの離婚が成立して実家へ帰る準備を進めていたのだ。


 あの時の自分に、翌年には別の男と結婚を約束しているだなんて言っても、決して信じないだろう。


 エリンも同じことを考えたのだろうか、


「そうですね!去年だって、こんな事になるなんて想像もしてなかったですもんね!」


 と、笑顔になった。


「そうよ、だから・・・きっと大丈夫よ・・・」


 エリンと抱き合い、これまでの日々を思い出していると、そこへ執事が寄ってきた。


「ダイアナ様、早馬係の準備ができました」

「・・・分かりました」


 屋敷の玄関ホールに戻り、花瓶台の裏の引き出しを開け、その中から封蝋のされた手紙を取り出す。


「これを・・・ミラベル伯爵夫人に届けてください」


 * * * * *


 親愛なるイネス・ミラベル・ドゥ・ジェヌリカ様



 夏の暑さと騒がしさを解きほぐす秋風が、あなた様の領地にも吹き始めた頃と伺います。


 傾き始めた陽の光は、我が領の作物を摘み取る時期の到来も教えてくれているようです。


 先日、偶然巡り合ったさる方より、貴領の伝統技術が、過去に他国において非常に高く評価されたと聞きました。


 親交のある者として、ぜひ一度この目で職人達の工房を見させていただき、我が領地の経営に役立てられないかと考える所存でございます。


 この手紙を読まれましたら、至急、使いの者をお出しください。



 ダイアナ・フォン・ブラン・エディングハード

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