7針目.大使館の舞踏会
翌日から、ダイアナは精力的に外出した。
最後の里帰りから二年間戻っていなかった公爵領を視察するという名目だが、もちろんシオンの衣装をアピールするということも兼ねている。
シオンの作ったものはドレスだけでなく、ブラウスもスカートも人目を引く美しいデザインだった。
「む~・・・これが作れれば多少口が悪くても許されてしまうのがシオンさんのズルいところ・・・」
「本当ね」
ダイアナは笑いながら、その日着たジャガード織りのスカートを衣装棚に掛け、エリンはブラウスを洗濯場に持って行った。
椅子に腰掛け明日の行き先を確認していると、
「ダイアナ、入るわよ」
ノックの音と共に顔を見せたのは母のエリザだった。
「あなたに伝えてなかったのだけど、ミレーネ様があなたに会いたがっているの。ずっとご心配いただいていたのよ」
ミレーネは親交のある貴婦人である。
ダイアナと同い年で、ブラン公爵家の親戚筋にあたる男性と結婚しセリファスの街の郊外にある屋敷に住んでいる。
「・・・確かにお手紙もいただいていたのに、私ったら返信もしていませんでしたわ・・・」
「明日ご訪問するなら朝一で使いを出しておくわ、どうする?」
「お願いいたします。夕方に伺うと伝えてください」
翌日、ダイアナはいくつかの農園を回ってから、ミレーネの屋敷を訪れた。
「ダイアナ様!よく来てくださいましたわ!」
会うなり抱き着いてきたミレーネは、変わらず溌剌としていて愛らしい笑顔でダイアナを歓迎した。
同い年なのに実年齢よりもずっと若く見え、いつも二十歳そこそこに見られるほどの童顔の持ち主だ。
「ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありませんでした」
「いいんですのよ!大変でしたでしょう?さ、こちらで何でも話してくださいね!」
通されたサロンにはすでに食事が用意されていた。
運ばれてきた銀色のティーポットをメイドから受け取り、ミレーネ自らダイアナのティーカップに紅茶を注ぐ。
「本当にお辛い想いをされましたでしょう?私、とても他人事とは思えませんわ・・・」
ミレーネがここまでダイアナに寄り添うのは、ミレーネの夫のアンドルーが美人に目がない女好きで浮気性であるからだ。
「今こうしている間にもどこかの女性の気を引いているのかと思うと、冷静ではいられないのです・・・」
「・・・分かりますわ、気にしてない振りを装うほど余計苦しくなりますものね・・・」
「そうなの!この前なんてネックレスが届いたから私への贈り物かと思ったら浮気相手のために注文したものだったんですよ!それが結婚記念日当日の出来事だなんて考えられます?!」
話を聞くつもりで、話をしたいのはミレーネの方だったようだが、ダイアナは気にせず友人の愚痴と嘆きを聞き続けた。
「あ・・・、私ったら自分の話ばかりでごめんなさい・・・」
「いいんですよ、息抜きは大事ですわ」
気持ちが落ち着いたミレーネとダイアナは、ようやっと食べ物に手を付ける。
瘦せ細ってしまったダイアナに、とにかく食べろとミレーネはしきりにローストビーフのサンドイッチを食べさせた。
「ダイアナ様はこれからどうされるおつもり?やはり御父上のお手伝いを?」
「そう思っていたのですが・・・、幸運にも他にやりたいことが見つかりまして・・・」
シオンのことを話すと、ミレーネは顔を輝かせた。
「素晴らしいわ!私、ダイアナ様が前と雰囲気が違うのが気になっていて・・・今日お召しのそのお衣装もとっても素敵ですもの!」
「ありがとうございます、これも彼が作ったものなんです」
「本当に?!もっとよく見せて!」
ミレーネはダイアナを立たせ、細かく全身をチェックする。
農園に行くから今日はブラウンのマーメイドラインスカートにライトベージュのブラウスを選び、黒いリボンがアクセントになったミルクティーカラーのケープを肩から掛けている。
「とてもシックで素敵だわ!私もこういう大人っぽいのが似合うようになりたいのに・・・」
着ているピンクのドレスに目を落とし、落ち込みと共に友人が零したその一言に、ダイアナは行動に出る。
「まあ、ではシオンの所へ相談しに行きませんか?」
「いいんですの?!」
「もちろんです。ミレーネ様にも彼の仕事を見ていただきたいんです」
二人は早速支度をして馬車に乗り、スタンの店を訪れた。
挨拶もそこそこに、所狭しと並ぶ生地やレース、リボンにミレーネはあっと言う間に虜になり、ヘーゼルは嬉しそうに接客していた。
「どうしましょう、素敵過ぎて何を作ってもらったらいいか分からないわ!」
「何かご予定はないですか?御婦人方でお集まりになる会ですとか・・・」
突如ミレーネは、はっとする。
「そうだわ、今度の大使館の舞踏会、ダイアナ様はご出席なさるの?」
「舞踏会?」
ダイアナは記憶を辿り、そういえば招待状が来ていたこと、それに不参加の返事をして返したことを思い出した。
「それは残念ですわね・・・」
「申し訳ありません・・・でもミレーネ様は是非楽しんでください」
「そうですわね、じゃあその舞踏会で着るドレスをお願いできないかしら!」
「ではカタログを・・・」
カウンターの横に置かれたデザインのカタログに手を伸ばそうとしたヘーゼルをミレーネは制し
「いえ、お願いしたいイメージはもう決まっているのよ」
そう言って、一同を驚愕させた。
「上品だけど色気のあるドレスでお願いできるかしら!」