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69針目.こんなものもういらない

 歓声が上がり、二人の天才のデビューに来場者は大喜びだが、何も知らないダイアナ達は何が起きたか分からない。


「ちょっと、シオン・・・!どいういうことなの?」

「いや、初めて知ったんだけど・・・」


 ヘーゼル同様に狼狽するシオンの元に、足早に近寄るのはアルフレッドだった。


「ほら、シオン、こっち来て」


 手を引いて会場の端から前方へ移動し、壇上に上げようとするも何が何だか分からないシオンは足を止めるが、アルフレッドは手を引っ張り


「ほら、皆様にご挨拶だよ。ちゃんと振舞って」


 と言って壇上に上げ、耳元でささやく。


「君の将来が開けたんだから」


 その言葉と、自分を見つめる多くの貴族の眼差しに、心の一部が小さな愉悦を覚えたシオンは、気付いたら壇上の中央に立っていた。


「・・・ご紹介に預かりました、シオンです。・・・ここにいる皆様にはいつも御愛顧いただきまして、感謝してもしきれません・・・」


 壇上で挨拶をするシオン、背後で笑みを浮かべるメイ・リサとバーナライト。


 この光景を見つめるダイアナの胸に、言いようのない敗北感が込み上がる。



 自分は、あの人達になれない。



 自分では、シオンが必要とするものを与えることができない。



 ここまで自分がしてきたことなんて、ただ、ドレスを着ていた、だけである。



「・・・帰ります」


 フラフラと出口の方へ歩き出すダイアナの後を、慌てて追うエリン、ミレーネ、ヘーゼル。


 馬車の中では、当然エリンの憤怒が止まらない。


「ウィンチェスター商会から店出すなんてどういう神経だ!あんなことが分かったすぐあとで!!」


 ミレーネも渋い顔をしながら腕を組み、ヘーゼルは困惑の表情でなんとか弟をフォローしようと


「でもシオンは初めて知ったって言ってました・・・本人の知らないところで彼らが計画していたのかも・・・」


 と言ってみるが、


「でも共に事業を計画するとかなんとか言ってたわよね?ってことは、メイ・リサとそういう話をしてたってことじゃない?」


 ミレーネに鋭く突っ込まれてしまい黙るしかない。


 その時、ダイアナは思い出した。


(あの時・・・招待状を持ってきた時、メイ・リサ様が着ていたドレス・・・!)


 一番のお気に入りと言っていた、ラベンダーに黒と白と金のアクセントのドレス。


(あの配色・・・随分前にシオンが店で作っていたドレスと同じ!)


 素敵だと褒めたら、どこかの令嬢へのプレゼントだと、それ以上は何も言わなかった。


(今日メイ・リサ様が着ていたのだって!)


 たっぷり重ねた黒のチュールレースの上に、夜空を思わせるラピスラズリに金の刺繍を施した生地を合わせたドレス。


(あの配色や布の使い方だってシオンのセンスだわ・・・!)


 そしてダイアナの最大の疑問に、答えが突き付けられる。


 あの火事の時、どうしてシオンはケイレブにメイ・リサの居場所を問い詰め、逃げ遅れたと聞いて火の海の中に走って行ったのか。


 人道的理由?


 それだけでは理解し切れない。


 シオンの中で、命の危険を顧みない程の損得勘定でも働いていない限り・・・


(自分の店の経営者だから・・・)


 膨らみ切った絶望が、自分の中の何かを壊す。


 これまでの楽しかった日々、ずっと一緒にと何度もした約束、抱き合う度に感じたぬくもり、それらが全て、ガラガラと崩れ無残な瓦礫の山に変わり果てた。


 馬車が別荘に着くやいなや、ダイアナは足早に階段を駆け上がり自室に入り、シオンが作ったドレスを引きちぎる様に乱暴に脱ぎ床に投げ捨てる。


 耳の上でぶら下がる髪飾りも、


「こんなものもういらない!」


 と叫んで壁に向かって叩き付けると、ガラスビーズが弾けた。



 シオンが作ったものなんてもう着たくない。



 見たくもない。



 それなのに、開けたクローゼットの中は、シオンが自分のためだけに作ってくれた服ばかりだった。


「~~~~~!!!!!」


 言葉に出来ない想いの代わりに涙が溢れてくる。


 下着の上に寝間着用の白いガウンを羽織り、ダイアナはそのままベッドに突っ伏した。


 * * * * *


 その頃、パーティー会場の別室でシオンはバーナライト達と向かい合っていた。


「びっくりさせちゃったけどいいサプライズだったでしょ?」


 アルフレッドが喜々としながらシオンにアイスティーのグラスを渡す。


 しかしそのグラスは受け取らずに、シオンは体を前のめりにしてバーナライトの言質を取りに行く。


「・・・本当に王都に店出させてくれるんですよね」


 バーナライトはいつもの無表情で


「もちろん、物件も用意してある。商業地区の一等地、グリナッジ通りの三階建ての店だ」


 と言って、背後に控えるガートルードに、手にする封筒をシオンに渡すように指示する。


 封筒の中からは物件概要の説明書やいくつもの契約書が出てきた。


「全面ショーウインドーのいい物件だよ、本当は別の奴が使う予定だったんだけどちょっと計画が変わっちゃってね。せっかくだから君に使わせようってことになったんだ」

「出資はウインチェスター商会がやる。メイ・リサは共同経営者だ。お前は金策など気にせず服作りにだけ集中しろ」


 バーナライトの説明に、


「出資金を全額返済したら店の権利は俺のものですか?」


 と聞くと、つまらなそうな顔で返される。


「利子の分まで返したらな。ただ、大きくするなら全て自力でやろうと考えるな、他人の適正は正確に利用しろ」


 メイ・リサも、


「心配しなくても搾取なんてしないわよ、利益はちゃんと折半」


 そう言って、シオンの腕を取る。


「ほら、パーティーに戻るわよ。お客がゴロゴロ転がってるんだからちゃんと挨拶しなきゃ。あと、店の名前はあんたに考えさせてあげる」


 腕を引かれながら部屋を出て、誰もいない廊下を歩きながらシオンはメイ・リサに聞く。


「お前良かったのかよ、自力で経営したかったんじゃなかったのか?」


 資金調達まで含めて親の関与を拒否しているのかと思いきや、


「銀行に借りるよりは利率がいいからね。店舗もいい場所用意してくれたから、そこは乗っかってやろうと思って」


 ドライに割り切った発言をして、経営に本気であることを示した。


 二人は夜通し、会場中のゲスト達に挨拶をして回り、夏の最後のパーティーがお開きとなりシオンが解放され外に出ると、すでに東の空の彼方はうっすらと明るかった。


 歩いて帰るかどうか考えていると、


「おいコラ仕立て屋小僧!」


 と、首根っこを掴まれる。


 振り向くとアンドルーだった。


「あれ、アンドルー様じゃないですか」

「あれ、じゃねえよ!お前が銭ゲバ連中と仲良くしてるからウチの女どもが怒って帰っちまったぞ!」

「え?」


 なぜ?と、目を点にするシオンを引っ張りながら馬車に乗って帰宅するアンドルー。


 別荘に戻ると、寝ずに玄関ホールの階段に座りながら帰宅を待っていたヘーゼル、ミレーネ、怒り心頭のエリンに、シオンは一気に詰め寄られた。


「ちょっとシオンさん!どういうことかちゃんと説明してください!!」

「いや、俺もさっき知らされて・・・」

「だからどうしてそういうことになったのよ」

「いや、メイ・リサが自分も経営したいとか言ってて、それでウィンチェスター商会が出資して店を出させてくれることになって・・・・」

「んなこた分かっとるわ!いつからあの連中とそんな親しくなってたんだ!!」

「そんな親しくねえよ・・・何回か向こうのホテルで話したくらいで・・・」

「何回も話してんじゃねえか!!!」

「ちょっとシオン・・・アンタ何の相談もなく他所様と事業の話してたの?」


 尋問がヒートアップする女性陣。


 ボロを出しまくるシオン。


 あーあ、と面倒くさそうな顔で呆れるアンドルー。


 そこへ、寝間着のまま走ってきたダイアナが二階の玄関ホールの吹き抜けに姿を現す。


「あ、ダイアナさ・・・」


 エリンが固まった。


 泣きはらした瞳が燃え、かつてないほどに怒りの表情を浮かべたダイアナに、その場の全員がたじろいだ。


「・・・・・」


 しばらく無言で場を凍らせた後、ダイアナは足早に階段を駆け下り、玄関ドアに向かう。


「おい、奥様・・・!」


 シオンが腕を掴む。


 しかしダイアナはそれを激しく振りほどき


「触んないで!あなたの顔なんて見たくない!!!」


 と叫び、透けるガウンをひらめかせながら、夜明けの空が広がる別荘の外に飛び出して行った。

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