68針目.勝利宣言
美しいカリグラフィーで”ブルーローズパーティー”と書かれたカードからは、バラの香りが漂いエリンの目を輝かせたが、しかし送り主がメイ・リサだと知ると、なんとも言えない顔で苦悩する。
「今度はホールが水責めに遭うんじゃ・・・」
「エリンさん、現実になるかもしれませんよ・・・」
「ハッ!」
招待状を同じように悩ましい表情で見つめるヘーゼル。
「これ、私も行くの・・・?」
「仕事だ、仕事」
弟にバッサリ切られ、ガックリと肩を落とすヘーゼルを慰めるダイアナ。
ダイアナもパーティーは気が進まない方だが、王都に店を構えるというパティシエのスイーツを食べたいエリンのためにも、”仕事”と思って割り切ることにした。
シオンは火事の見舞いも兼ねて、別荘を一時間単位で朝から晩まで駆け回る。
「シオン~!!!怖かったわよお!!!」
「皆さんにお怪我がなくて安心しました!」
「ウインチェスターの子を助けるために火の海に入ったなんて何考えてるのよ!!!」
「いや、いてもたってもいられず・・・これが俺のダイアナ様だったら助けなきゃって思うじゃないですか・・・」
「優しいのねえ~~~!!!どっかの亭主とは大違いだわ~~~!!!」
マダム達の集う部屋で、無駄話に付き合ってやりながら商談を進める小賢シオン。
同行したヘーゼルはもはや
(・・・・・)
言葉にならない。
しかし、仕事に精を出すことで元気を取り戻してくれるならと、目をつぶる。
シオンはマダム達のオーダーを受けながら、自分のところの女性陣のドレスも仕上げていく。
ヘーゼルには、アイスブロンドの髪と相性の良いセルリアンブルーの生地を選び、ダイアナに作ったネイビーのドレスと同じ型のドレスを用意した。
「・・・あんまりラインが出るのは好きじゃないんだけど・・・」
女性らしいデザインだが、そもそも婦人服全般、自分で着ることが苦手なヘーゼル。
「着てみなきゃ客の気持ちが分かんないだろ」
「え~!ヘーゼルさんきっと似合いますよ!」
「そうよ、背が高くなきゃ似合わないデザインなんだから堂々と着てみて欲しいわ!」
エリンとミレーネにヨイショされ、試着してさらにイイネイイネと祭り上げられ、修正が加えられる。
エリンは水色のカットワークレースのホルターネックドレス、ミレーネはネイビーにシルバーラメのチュールを重ねたビスチェタイプのドレス。
「わあ~!ミレーネ様素敵です~!」
「夫人は背低いから裾が広がる方がバランス取れるな」
浮気夫に再度泣きを見せてやろうと企むミレーネは、モテればなんでもいい!と鼻息を荒くする。
ミレーネと同じネイビーの生地を使ったダイアナのドレスは、長いベルスリーブで肌の露出を極力抑えたデザイン。
袖や裾から白い絹の裏地を見せ、淵飾りに銀色の細いレースが誂えられている。
ダイアナが着けていきたいと言った、初めてシオンに作ってもらった髪飾りを耳の上に刺すと、その上品な華やかさにエリンは
「妖精の女王様みたい~・・・!」
と、溶けるように魅入っていた。
ブルーローズパーティー当日。
インペリアルホテル・スワンコートのバンケットホールは、無数の青いバラで飾り付けられていた。
白い大理石の床、階段、柱。
その至る所に、着色された青いバラが咲き乱れる。
中央ではダンスを楽しむゲスト達。
その周囲をぐるりと取り囲むように設置されたテーブルの上には、美しく盛り付けられた多種多様なスイーツが配置され女性達の目を奪っていた。
「わあ~~~!!!ダイアナ様!すごいですよ!!!」
世界中から集められたと思われる、様々なデザインの器の上に置かれた焼き菓子、ケーキ、ゼリー、チョコレート、フルーツや花の砂糖漬け。
その趣向を凝らした作り、盛り付けに、ダイアナも思わず見入ってしまう。
「芸術品だわ・・・!ショーウィンドウを見ているみたいね・・・!」
「・・・こっちは、食べちゃダメなやつですか・・・?」
「いいみたいよ、みんな食べてるわ」
都合よく給仕の女性が皿とフォークを持ってきてくれ、エリンは大喜びで大好きなマドレーヌを頬張る。
「ホワイトチョコとの相性が最高です!」
貝殻の形のマドレーヌは半分がホワイトチョコレートでコーティングされ、そのチョコの上に黄色と紫の食用花が降りかかっている。
隣のテーブルには、チェスを模したチョコレート、食べられる花束、海の底をデザインしたゼリー。
グラスに入ったアイスティーを持ってきた給仕が、ここにある菓子類は全て注文可能だと告げると、ミレーネは早速チェスのチョコレートをアンドルーにおねだりしている。
「バックがバックだけに商売のやり方が上手いな・・・」
「私たちもこれくらいガツガツしなきゃいけないかしら・・・」
シオンとヘーゼルも感心しながらスイーツを食べる。
夜十一時からのパーティーでこれだけ甘いものが並ぶと、女性にとってはジレンマに陥る状況ではあるが、皆そんなことはお構いなしに酒と共にスイーツを楽しんでいた。
「こういうパーティーなら楽しいですね」
「ええ、ダンスをしなくていい上にスイーツを食べれるならまた来たいですわ」
ヘーゼルとダイアナが顔を見合わせて笑い合っていると、リンリン、とワイングラスを純銀のスプーンで鳴らす音が響き渡る。
バンケットホールの奥に設えられた大理石の壇上に、インペリアルホテルのシェフと今夜の主役であるパティシエの青年が上がり拍手が起こった。
その壇上の側には、バーナライト、アルフレッド、メイ・リサ、ガートルードが控えている。
「ご来場の皆様、今宵はお楽しみいただけていますでしょうか?インペリアルホテルの厨房を共に守り、盛り上げてきた我々の仲間、パティシエのホランドが、この度独立しグランデールで店を開業することを祝う夜でございます!」
盛大な拍手に、ホランドは笑顔で頭を下げる。
「是非皆様には、この船出を暖かくお見守りいただき、また今後も格別なる御贔屓を賜れればと存じます。では、この度の意気込みを、ホランドから語らせてください」
一歩前に出て、独立の喜びをスピーチするホランド。
語り終え、再度沸き起こる拍手に、人の良さそうなシェフと、満面の笑みのホランドが手を振りながら壇上を降り、入れ替わりにバーナライトとメイ・リサが壇上に上がる。
「皆様、お楽しみいただけているようで幸いです。今宵のパーティーは、先日の迎賓館の火災という痛ましい事故を見舞うために開催させていただきました。皆様にはこうして、天才パティシエであるホランドの素晴らしい”作品”をご堪能いただけかと思いますが、ここで我々からもう一つ、喜ばしいお披露目をさせてください」
バーナライトの隣で、優雅で美しい笑みを浮かべるメイ・リサ。
さらにその脇で、会場中の人間を見つめるアルフレッドとガートルード。
「先日の火事で私の大事な娘が命の危機に瀕しましたが、それを救ってくれたのはここにいる御婦人方から絶大な人気を誇る服飾商のシオンです」
その場にいる貴婦人達が皆、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
しかしダイアナ達の間には、バーナライトの口からシオンの名が出たことに動揺が走る。
「我々は常々、シオンの才能を認めており、本人の王都一の服飾商になるという夢も影ながら応援して参りました。スワンコートで彼が示したその天才的なセンスは、まさに王都が求めるものです」
メイ・リサがシオンの姿を捉える。
その顔には、これまでにない程の満足感を湛えた笑みが浮かぶ。
「この実績と、共に事業を計画する相手である私の娘、メイ・リサを、命の危険も顧みず救出したというウィンチェスター商会への多大なる貢献、これに報いるために・・・」
我が耳を疑ったのは、ダイアナだけではない。
ヘーゼルも咄嗟に、隣にいる弟の顔を見た。
「・・・メイ・リサが経営者となり、シオンの店を王都に開くことをここにお知らせいたします」




