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67針目.この先どうすれば

 昼前にスワンコートに戻った三人は、ヘーゼルとジャン一家に迎えられた。


「お店はミレーネ様とエリンさんが開けているから今日くらいは休んでいいわ・・・ダイアナ様もです。アンドルー様はお食事どうされますか?」


 ヘーゼルはてきぱきと、疲労困憊の三人のケアに回るが、もちろん聞きたいことは山ほどあった。


 昨夜、何の前触れもなく知らされた、弟の過去。


 シオンも、どう説明しようかと考えていたが、しかしヘーゼルは戸惑いも見せず、ただ涙を流しながら


「母さん言ってた・・・、あんな子どもの体がどうして傷だらけなの、って・・・。あれは絶対何かから逃げてきたんだ、って・・・!」


 そう言ってシオンを抱き締めた。


「・・・わりい、気、使わせてた・・・」

「違うわよ、ちゃんと守ってやらなきゃって父さんと母さんは思ってただけよ・・・!」


 姉に生い立ちを話すことができ安心したのか、シオンは食事もとらずに部屋に引き上げ、アンドルーもそれに続き、ダイアナは食堂でスコーンをひとつ食べてから部屋に戻り、そのまま気を失ったように眠りについた。


 目が覚め時にはもう夕方で、赤紫の空が窓の向こうに見える。


 ミレーネとエリンも戻っており、食堂に行くと夕食の準備を手伝っていたエリンが駆け寄り、ダイアナの無事を喜んだあと、おずおずと話し掛ける。


「・・・あの、ダイアナ様・・・」


 その様子に、


「大丈夫よ、新しい場所でなら幸せになれるわ」


 笑顔で答えると、エリンもようやっと安心したように笑みを浮かばせた。


 入浴を済ませ部屋着に着替えたダイアナは、シオンの部屋のドアをノックする。


 返事が聞こえたような気がしてドアを開けると、ベッドに仰向けになっていたシオンが頭だけ動かしダイアナと視線を合わせる。


「・・・起きてた?入ってもいいかしら」


 そう聞くと、「うん」という答えが返ってくる。


 ベッドに横たわるシオンの顔を覗き込むと、泣いた後が窺える。


「食事はとったの?」

「・・・まだ・・・」

「そう・・・もうすぐ夕食よ、それはちゃんと食べましょう」

「うん・・・」


 ベッドの端に腰を下ろすと、腕が二本、巻き付いてくる。


 ダイアナはシオンの隣に横たわり、シオンもダイアナの胸に顔をうずめる。


 その頭を優しく抱えるように抱き締めると、ダイアナの心臓の鼓動を感じながら、シオンは目を閉じた。


 * * * * *


「・・・こんの役立たず!服作るしか脳がないのね!!」


 夕食後。


 見舞いで訪れたホテルの客室で、狙い通り暗殺者は来たが揉み合う内に取り逃がしたと報告すると、案の定メイ・リサはブチキレた。


「何女相手に逃げられてんのよ!!!」

「・・・強かったんだよ」

「あの東洋人も一緒だったでしょうが!!!」

「それでも太刀打ちできなかったんだよ」


 腰まで届く長かった黒髪が肩下まで短くなったメイ・リサは、いつも以上の癇癪で部屋中の物を壊しまくり、そんな様子を、もう見慣れたと言わんばかりにバーナライトとアルフレッドは無視をする。


「それにしてもメイ・リサを助けたことには礼を言うぞ、シオン。お前はそこらの部下一ダースより有能だ」


 バーナライトが普段見せない作り笑顔を見せる。


 シオンは、今すぐぶつけたい感情を必死に抑えながら


「いえ・・・」


 とだけ答えていると、テーブルにコーヒーとメイ・リサ好みの高級菓子を並べていたアルフレッドが手招きする。


「それでね、シオン、今度ウインチェスター商会主催のパーティーを開こうと思うんだ」


 シオンを座らせコーヒーを勧めると、パーティー開催の趣旨を説明する。


「火事のままじゃ後味悪いからさ、まあ季節の最後に華やかな場を提供しようってことになって。今度、僕らの出資で王都に店を出すパティシエがいて、その彼、今こっちのインペリアルホテルに来ているんだけど、そのお披露目を兼ねたパーティーなんだ。このお菓子全部、そいつ作だよ」

「へえ・・・凄いですね、王都・・・」


 その瞬間、メイ・リサの包帯で巻かれた手が焼き菓子を器ごと奪う。


 飛び乗った肘掛け椅子の上で仏頂面をしながらボリボリとクッキーを頬張り、


「夜でも食べたくなるから罪作りなパティシエよ」


 そう言うのを聞くと、畑違いではあるが少しの嫉妬を覚えた。


 そこへアルフレッドが


「せっかくだからオープニングのお祭りみたいに服装の縛りがある方が面白いと思うんだけど、何かアイデアある?」


 と、聞いてくる。


「そのパーティーって場所はどこですか?」

「インペリアルホテルのパーティーホールだよ。白の大理石を使いまくった豪華な場所だよ~!」


 白か・・・と考え、


「そういえば秋に第二王子とラネル王女の結婚式がありますよね・・・。王族の結婚式では青いものを身に着けなければいけないってしきたりがあるから、こっちも結婚を祝って青縛りにするとか・・・」


 慶事になぞらえた提案をするとアルフレッドは楽しそうに同意する。


「それいいね!どうですバーナライト様?」

「いいだろう、お前ももう一稼ぎできそうだな」


 その一言に、シオンは言わずにはいられなかった。


「・・・本当に、金の匂いに敏感ですね・・・敬服しますよ・・・」


 バーナライトは薄ら笑いでシオンが退室するのを見届けた。


 翌日、早速パーティーの告知がされると、再び店に執事達がアポ取りに殺到し、シオンとヘーゼルは青の生地を買い付けるために再度出張をすることになった。


 二人の不在時にダイアナは一人店番をしながら、先日の出来事を思い返し、革命の被害者である三人の人生に想いを馳せる。


(私がなんの不自由もなく生きてきた時間を、彼らは地獄を生き延びる想いで・・・)


 胸が苦しい。


 無知な自分。


 温室の中の自分。


 ケイレブに裏切られたという理由で泣き続けていたかつての自分が、恥ずかしくて仕方がない。


(どうして私はこうも・・・自分のことしか目に入らないんだろう・・・)


 沈む気持ちはアデライン達の境遇に心を痛めているからだけではない。


 目に付いた帳簿を開き、店の儲かり具合を眺める。


 この夏が終われば、故郷に帰って見つけなければならない。


 次期当主として、一族と領民に示す生き方を。


(それが仕立ての店の経営で、納得はしてもらえるのかしら・・・)


 シオンの仕事を支えたい。


 しかしそれだけでは、何かが足りないような、何も変わることはないような気がする。


(この先どうすれば、あんな悲劇を起こさずに済むの・・・?)


 考えに耽っていた時、店のドアが開く音がした。


「いらっしゃいま・・・」


 ダイアナは声を詰まらせた。


 立っていたのは、メイ・リサだった。


「お久しぶりです」

「メイ・リサ様・・・!」


 腕に巻かれる包帯と、肩より少し下の位置で切り揃えられた黒髪が、火事でのダメージの大きさを語っているようで、ダイアナは思わず見舞いの言葉を投げる。


「お命に別条がないようで安心いたしました・・・さぞ怖かったでしょう・・・」


 だがその火事の理由を知ってしまったため、上手い言葉を紡げない。


 しかしメイ・リサは明るく笑顔で、店の中を見回しながら


「別に平気ですわ、どこぞの下卑た者の愚行なんかにいちいち怯えてなんていられません。私、忙しいんですの」


 エリンが聞いたら今度こそ本当に手が飛んでくるであろう発言をかました。


「そんな言い方は・・・」


 思わずダイアナも口を挟みかけるが、メイ・リサはバッグの中から取り出した招待状をダイアナに向ける。


「今度のインペリアルホテルのパーティー、ウインチェスター商会の主催なんです。来ていただけますわよね?皆様の分ご用意しておりますわ」


 薄い水色の封筒が六通。


 エリンの分まである。


「・・・ご招待ありがとうございます。とりあえず持ち帰らせていただきますわ」

「あら、堅苦しいパーティーではないんですのよ。ゲストに召しあがっていただくお菓子をありったけ用意するようなんです」

「まあ、それは楽しそうですわね・・・」


 その時ダイアナは、メイ・リサが着ているラベンダーカラーのドレスが目に入る。


「・・・素敵なドレスですね、よくお似合いですわ」

「これですか?ええ、私の一番のお気に入りなんですの!」


 可憐な薄紫に、清楚な白と、意志の強さを表す黒、華やかさのゴールド。


 どこかで見た配色だが、しかし思い出せないダイアナに


「とにかく約束ですわよ!絶対来てくださいね!!」


 そう言い残し、ラベンダーカラーの裾を揺らしながら帰っていった。

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