61針目.奇襲
翌日から店に復帰したシオンだが、火事があったせいか大通りの人通りは昼間でもまばらで、客も一人も来ない。
迎賓館の火事はもちろん全国に知れ渡り、ありとあらゆる憶測が書かれた。
施設管理部署の不手際。
貴族を狙ったテロ。
メイ・リサのストーカーの逆恨み。
はたまた、サボっていた給仕のタバコがガスに引火したただの不幸な事故、という見方もあった。
(幹部の毒針が公になっていなければ色々書かれるよな・・・)
考え事に沈み、手も動かず、無口になるシオン。
どうしても、あのドレスの形が胸の中で引っ掛かっていた。
(でもあの時、あいつは俺とずっと一緒にいた・・・)
ケイレブを騙した女は、メイ・リサと同じ長い黒髪。
対してアデラインの髪は波打つブロンドである。
どう考えても、メイ・リサを襲った女というのはアデラインではない。
気になって仕方がなく、火事の時に置き去りにしてしまったことを詫びようと店を出て、『デイビス&ブラッカード』に行くことにしたシオン。
歩いて五分ほどの場所にあるその店は、さすが王都の老舗紳士服屋の支店、きちんと店名が書かれた看板が下がる、大きなショーウィンドウの店構えだった。
外から覗くと、マキアムが立っているのが見え、迷わず店内に入る。
「シオン!来てくれたんだ!」
「順調か?」
「うん、パーティーが終わったからようやっと落ち着いたよ」
カウンターの向こうから出てきたマキアムは、人の良さそうな笑顔でシオンに近付き迎賓館の火事の話題を振る。
「うちのお客様もたくさん行ってたからさ・・・死者が出なくて良かったよ・・・」
「ほんとだな」
裏事情を何も知らないマキアム。
それが一番幸運だと、シオンは思う。
「今日はどうしたの?」
「あのさ、ニーナって今日働いてるか?友達なんだけど・・・」
シオンがそう言うと、マキアムは申し訳なさそうな顔になる。
「ニーナなら一昨日、王都に帰っちゃったんだよ」
「え?帰った?」
「うん、妹さんが急病なんだって・・・」
「妹・・・?」
「彼女、妹さんと二人暮らしなんだよ」
シオンは愕然とした。
(妹なんていないのに・・・!)
そして、よぎった不吉な考えを、否定するために声を振り絞る。
「・・・もしかして、あの、長い黒髪の子・・・?」
マキアムは笑顔で
「そうそう!綺麗な子だよね!・・・あれ、知ってるの?」
王都で一度会ったと適当を言って、シオンは店を離れ走り出した。
胸が苦しい。
一日だって忘れたことのなかった初恋の相手が、今は誰だか分からない。
何が妹だ。
何のためにマキアムまで騙しているんだ。
(でもこれなら合点が行く・・・!メイ・リサを襲ったのは妹を名乗る女の方か・・・!)
シオンの中に、説明のつかない怒りが沸き起こる。
(でもアデラインがどうしてメイ・リサを・・・?!)
オーウェン警備隊長に会いに行くことを伝えるために店に戻ると、そこにはウーフェイが来ていた。
「・・・ウーフェイさん?!」
「シオンさん!ちょっとよろしいですか・・・?!」
ヘーゼルの怪訝な表情を流して二人で店の外に出ると、ウーフェイはすぐに顔を近付け小声で告げる。
「マダム・サンドラの店の女性が一人いなくなったそうです・・・!火事の後からもう姿がなかったと・・・」
喉の奥が締め付けられ、何かがこみ上がる。
「・・・行きましょう、聞きたいことがある」
ヘーゼルに、今日はもう無理とだけ伝えて、流しの馬車を捕まえて飛び乗る。
マダム・サンドラの館に着き中に入れてもらうと、以前みんなで遊んだ広いリビングは暗い雰囲気に包まれていた。
「あ、ウーフェイ・・・シオン・・・」
アリーが近付き、廊下に出て事情を説明する。
「荷物も全部なくて・・・こんなのウチの店では初めてよ、だってみんなすごく仲良しなのよ・・・」
「誰がいなくなったんですか?」
シオンの問いに、「マリー」と答えるアリー。
その時、アンが廊下に出てきた。
「あたし思うんだけど、多分あの子諦めちゃったのよ、バーナライト様のこと」
事情通のアンは、消えたマリーのことを詳しく教えてくれる。
「あの子ね、ずっとバーナライト様狙いだったの。でもバーナライト様はダナン姐さんしか相手にしないでしょ?」
「あ、そういうこと~・・・?」
「そう、あたしこの前、ダナン姐さんがめっちゃ怒ってたの聞いちゃったの。多分アレ、マリーがあまりにもバーナライト様にご執心で、どうしてもって頼み込んだのを叱ったんだと思うのよね」
「そうなんだ~・・・」
館を出て、ウーフェイはシオンに耳打ちする。
「アンさんの話が本当のことかどうかは分からないですが・・・マリーさんも私から衣装を買ってます・・・そして彼女は長い黒髪です・・・」
「やっぱり・・・」
「見当が付いていたんですか?」
「俺の昔の知り合いが噛んでいるかもしれないんです、そいつもさっき働いているはずの店に行ったらいなくなってました」
ウーフェイが目を見開いて驚く。
「ど、どうしてシオンさんの知り合いが?!」
「メイ・リサが着せられていたドレスは俺の故郷の婚礼衣装と同じ形でした・・・」
訳が分からない、という顔で困惑するウーフェイ。
シオンも、疑惑を口にするとより現実味が増し、それに己の心の一番無垢な部分を蝕まれる苦しみを感じる。
「どういうことなんです・・・?シオンさんのお知り合いと娼婦のマリーさんが手を組んでメイ・リサ嬢を・・・?」
「でも、二人揃って消えたんなら、逃げたか・・・」
それとも・・・・・。
しばらく口をつぐむシオンと、心配そうに見つめるウーフェイ。
しかしシオンは顔を上げ、動き出す。
「・・・メイ・リサのとこに行きましょう」
* * * * *
深夜のホテル・ブラック・パール。
人気のない廊下の従業員通用口が開き、ウイスキーの瓶を持ったボーイが歩き始める。
メイ・リサが泊まる客室に続く廊下の突き当りで、ボーイは瓶を逆さにし、廊下に敷かれた絨毯にウイスキーを振りかけていく。
瓶が空になり、ポケットからマッチを取り出し、その一本を壁に当てた瞬間ー
側の客室から駆け出したソンヒがボーイに覆いかぶさり床に押さえつけ、関節を固めて自由を奪う。
その後に続いたシオンとウーフェイが、床に放り出されたマッチを取り上げるとボーイは反射的に顔を上げ、その顔を見たウーフェイは息を呑む。
「・・・マリーさん・・・!」
ボーイの制服を着た娼婦のマリーは、ウーフェイを睨みつけた。




