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6針目.投資する価値

 公爵邸のサロンで、ダイアナは両親と向き合っていた。


 「・・・私はモデルとして彼の作る服を売るために努力します。なので、お父様には彼らの後援者になっていただきたいのです」


 新しい髪型とドレスで意見を伝えるダイアナのその表情は力強い。


 初めて見る娘の、活き活きとした姿に喜びを隠さない母のエリザはいい案だと賛成するが、父のローティスは無言を貫く。


 「ブラン公爵家がパトロンであれば、彼が成功した時に公爵領の収益に繋げることだってできるかもしれません」

 「・・・どのように?」


 ローティスはエリンが淹れた紅茶を一口啜ってダイアナに問う。


 厳格な父親はそう簡単に陥落しない。


 それを分かっているダイアナは、考え抜いたプランを説明する。


 「製造拠点をセリファスに構えていれば、増産することで雇用と納税額が増えます。関連する産業も潤うはずです」

 「・・・だがその青年は王都に店を構えることを希望しているのだろう。そこで服を作り始めればブラン領には何の得もない」

 「だからこそシオンがブラン公爵家をパトロンにしていると公にするべきです。彼が不義理を働くとは思えませんが、経営に関して口を挟める余地を残すために公爵家の名が必要なのです」


 食い下がる娘を見て、ローティスは目を細める。


 しばしの沈黙を経て、口を開いた。


 「お前の主張は大体分かった」


 持っていたティーカップを置き、父は娘に向き直る。


 「だが実績のない一介の商人に投資する価値はあるのか?お前の計画は全て絵空事に過ぎない」


 厳しい一言に、ダイアナは言葉を詰まらせる。


 「それに公爵家の後援を、名もない服飾商に、お前が気に入ったからという理由で与えるのは他の商人の目に不平等だと映らないか?」

 「そ、それ・・・は・・・」


 黙り込んだダイアナを見て、エリザが間に入る。


 「でもあなた、どんな偉業も必ずゼロからのスタートではありませんか。チャンスがなくて日の目を見なかった才能だってたくさんあったはずですよ。ダイアナが、その方は成功すると実感しての提案なのですから・・・」


 ローティスは再度黙り、そしてこう譲歩した。


 「ならばこのブランフィールドか、他の領地でもいい。お前以外に、彼の才能を認め、上客になりうる者を見つけなさい。それなら商業として需要が見込める」


 父が与えた条件について考えながら部屋に戻ると、エリンが寝室で就寝の準備をしながら待っていた。


 「ダイアナ様、どうでした?」

 「一筋縄ではいかないわね・・・」


 椅子に腰かけ、先程の会話をエリンに聞かせる。


 「でも確かにお父様の言うことはもっともなの。見込みが読めない投資は公爵家の名前ではできないわ」

 「じゃあどうすればいいんですか?お客さんになってくれそうな貴婦人方のご自宅を一軒一軒回るとかですか?」

 「・・・最終的にはそうなるでしょうね・・・」


 エリンを下がらせ、ダイアナは一人になって思考を巡らせる。


 貴族の女性達は、すでに代々からのお抱え服飾商やお針子を抱えていることが多く、そうなると新しい者への鞍替えには消極的だ。


 既に築かれた鉄壁の囲いを乗り越えるには、商人が不祥事を起こした隙を狙うのが王都ではセオリーであったが、それではあまりにも品が無く、やはりシオンのセンスそのものが認められなければならない。


 「ん~・・・でもそれをどうするかよね・・・」


 翌日、エリンと共に再びダイアナはシオンの店を訪れた。


 約束通りエリンの新しいスカートを仕立てるためエリンがヘーゼルと共に生地を選んでいる間、ダイアナは奥の部屋で採寸されながらシオンに昨夜の両親との会話をそのまま伝えた。


 「資金と後援ならお父様が最適と思ったのだけど・・・ごめんなさい、力不足で・・・」

 「つまり一人でいいから大口の固定客を作ればいいってことだろ?」


 慣れた手つきでメジャーを操りながら、シオンはあっけらかんとしている。


 「その一人が難しいでしょう?」

 「何言ってんだよ、その一人が作れなくて王都なんて口にしたりしねえよ」


 採寸を終え、いくつもの衣装が掛けられたラックから一着を選びダイアナに手渡す。


 「これ、今日の」

 「?」


 シオンが部屋を出ている間に着替えると、それはガーネット色のドレスだった。


 光沢のある紅いベロア生地は、動くたびに暗い部分と明るい部分が揺らめき宝石の輝きを思わせる。


 裾中央に深く入ったスリットからは、金糸の刺繍が施された別の布地が見えていた。


 「まあ・・・素敵・・・。夜会で着ていたらきっと褒められそうね・・・」


 予定などないのに、このドレスを着た時に着ける首飾りはどんなものがいいのだろうかと、鏡に映る自分相手にあれこれ考えてしまう。


 「着たか?」


 呼びかけに答えるとシオンは入って来る。


 「お、やっぱそれも似合うな」

 「ええ、とっても素敵よ」


 シオンは背中のボタンをはめながら、一通りドレスのサイズを確認する。


 「でもやっぱり腰回りが大きいな」

 「あ、私・・・、しばらく小食だったから痩せたのよ・・・。でもすぐに戻るから、そしたらちょうどよくなるわ・・・」


 食事さえ拒んでいた日々の理由を聞かれないようさらりと流したつもりだったが、


 「小食?ああ、元夫が商業ギルドのボスの娘に鞍替えしてそれで泣かされたって話か?」


 なんとシオンは知っていた。


 「どうして知ってるの?!」

 「お嬢ちゃんが向こうでペラペラ喋ってたぜ」

 「ええ?!」


 ダイアナが急いで部屋を出ると、エリンは踏み台の上でヘーゼルとスタンを前に街中の演説人の如くダイアナの離婚譚を語っていた。


 「だから私は誓ったのです!いつかこの、人の道を外れたケダモノ達に正義の鉄槌を下してやると・・・!」

 「何が鉄槌ですか!」


 ダイアナは駆け寄るが、新しいドレスを見てエリンは興奮する。


 「きゃあ~!ダイアナ様、それも素敵ですう~!!」

 「それは別として私の恥ずかしい話を勝手に話さないでちょうだい!」

 「申し訳ありません・・・つい話の流れで・・・」


 しょんぼりするメイドにそれ以上叱れない主人を見て、ヘーゼルはくすくすと笑った。


 「恥ずかしい話ではありませんわ。エリンさんは、これからダイアナ様が元御夫君とお相手の女性を見返すのだって楽しみにされているのですよ」

 「どうしてそうなるの・・・」


 視線をやると、エリンは大真面目な顔でダイアナを見つめる。


 「だあって!せっかくダイアナ様の隠れていた美しさが露わになったんですよ!これを見せつけない手はないですよ!」

 「見せつけるって・・・」


 目を血眼にするエリンの扱いに戸惑っていると、そこへ衣装箱を抱えたシオンが姿を見せた。


 「お嬢ちゃんの方がよく分かってんな。奥様はこれから毎日俺の作った服着て出歩いてくれなきゃ困るよ」

 「え?そうなの?」

 「そうだよ、じゃなきゃなんのためのモデルだよ」


 そう言ってシオンは箱の中一杯に詰められた服を見せ、出掛ける時も誰かと会う時も常に自分が作った服を着用することを命じ、最後にまた化粧を施した。


 「今日も帰りは街中歩いてくれると助かる」

 「そうしましょうダイアナ様!明日の朝食の材料を買って周りましょう!!」


 もちろんエリンの期待は、あわよくばお菓子を買ってもらえるかもしれないことにある。


 「・・・分かったわ、街中隅から隅まで歩きましょう」


 衣装箱を馬車に乗せ先に返してから、ダイアナとエリンは店を離れた。


 二人は街中の商店を覗き、店主や客達と会話したが、ダイアナを知る誰もが美しくなった彼女とシオンのドレスを称えた。


 休憩のために入ったティーサロンで、ダイアナに向けられる称賛と羨望の眼差しにエリンはご満悦の表情を浮かべながら、クリームがたっぷり塗られたレモン・ジンジャーケーキを頬張る。


 「これが王都だったらもっと良かったんですけどねえ~」

 「もっとケーキの種類が多い?」

 「違いますよお、ケイレブ様とメイ・リサの青ざめる顔が見れるってことです!」

 「またそんなことを言って・・・」


 主人らしく召使いをたしなめるが、ケイレブの名を耳にしても感情が揺らがない。


 すでに、未来に向けて想いを馳せる自分がいることに気付いた。


 その後は朝食用の食材を買うためにパン屋に紅茶屋、肉屋、花屋まで回り、足をくたくたにさせながら二人は屋敷へ戻った。


 「そういえばエリン、あなた、自分用のスカートはどんな生地を選んだの?」

 「えへ、どんな柄だと思いますか?」


 エリンの楽しそうな表情を見ると、昨日見ていた可愛らしい花柄の生地の一つかもしれないと想像する。


 「あなたの好きな水色の小花柄かしら」

 「じゃあ出来てからのお楽しみです!」


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