表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/72

58針目.迫る炎

 恐ろしく煙が充満し、前方はほぼ何も見えない迎賓館の中を、勘と手探りで進みなんとか階段を見つけ駆け上がる。


 手当たり次第にドアを開け続けると、少し先から物音がし、近付くにつれて、それはドアを叩く音だと分かった。


「おいメイ・リサ!ここか?!」


 ドアを叩き返すと中から「開けてえ!!!」と叫ぶ声がする。


 急いでドアノブを回すが、鍵が掛かっていてドアは全く動かない。


「クッソ・・・!蹴破るから離れてろ!!!」


 勢いをつけてドアに蹴りを何度も入れるが、それでもドアは開かない。


 辺りを見回すと、花を活けた花瓶が花瓶台の上に置かれているのが目に入り、花瓶を払いのけ、台をドアノブ目掛けて振り下ろす。


 三回叩き付け、四回目で花瓶台がドアノブとともに原型を留めないほどに壊れ、もう一度蹴破るとドアは開いた。


「シオン?!」


 閉じ込められていたメイ・リサは自分が仕立てた深緑のドレスではなく、後ろの裾が引きずるほどに長い、白いドレスを着ていた。


「お前無事か?!」

「無事なワケないでしょアンタバカじゃないの!!!」

「何があったんだよ!!!」

「知らないわよ!!!」

「とにかく逃げるぞ!!!」


 廊下に飛び出た二人は、目に入る光景に絶望する。


 廊下の向こうから迫る火の手が、壁沿いに等間隔に置かれている花瓶の花に着火し、花瓶ごと勢いよく燃え上がったと思うとあっという間に壁と窓のカーテンまで燃やし、自分達を追いかけ始めた。


 二人は火の手と反対の方に向かって走る。


 運良く階段はその方向にあり、息を止めて駆け下りればそこから出口までが一直線だ。


 逃げられる。


 そう思った瞬間だった。


「きゃあああ!!!」


 悲鳴に振り向くと、メイ・リサが着るドレスの裾が燃え始めた。


 ゆうに十メートルを超える長い長いドレスの裾の、その先端に引火した火の粉がオレンジの炎に姿を変え、激しくドレスの裾を燃やしながらこちらに迫って来る。


「なんだこれ・・・!おい脱げ!」

「やだあ!!!」

「丸焼けになりてえのかよ!!!」


 煙が充満し始め、シオンはメイ・リサを床に伏せさせ後ろからドレスを脱がそうと手を掛けるが、紐でがんじがらめになったドレスはどこからも脱ぐことができない。


 破るしかないと両手で引きちぎろうとするが、生地の素材が硬すぎてそれさえもできなかった。


(これ、麻か・・・?!)


 炎はすでにドレスの裾半分を燃やしている。


 腰に裾部分の縫い付け箇所がないか探すが、ドレスの裾は一枚布だった。


(この作り・・・・・)


 その時、メイ・リサが盛大にむせる。


「くるしっ・・・」


 階下から立ち昇る煙で周囲の様子が分からなくなり始めた。


 一刻の猶予も残されていない。


 シオンはすぐそばの花瓶を叩き割り、その破片をメイ・リサの背中からわずかに浮かせた生地に当て、麻のドレスを刻んでいく。


 破片を小刻みに動かし繊維の一本一本を断つように生地を切り裂いていく最中、熱風にむせて手元が狂い、メイ・リサの背中の肉が巻き添えをくらった。


「いったあい!!!」

「我慢しろ!!!」

「もうヤダ助けて!!!」


 全身の水分が干上がる感覚に襲われる。


 眼球が乾き、皮膚がチリチリと痛みを感じ、喉が焼けていく。


 それでもシオンは、メイ・リサのドレスを切り裂く手を止めない。


 腰まで切り裂くことができ、ドレスを体から引きはがそうとすると、その時初めて、ドレスの裾部分が不自然に濡れていることに気付き、一瞬だが、鼻を突く酒の匂いが煙の焦げ臭さの中で香る。


(酒・・・?!)


 その時、煙と熱風が同時に巻き起こりシオンの喉を焼き焦がした。


「う、ッ・・・!」


 唾液の一滴も出ない、溺れるような苦しさ。


 目の前では、次々と燃え上がる花瓶の花、炎に包まれるカーテン、吹き飛ぶ窓ガラス。


 黒煙と真っ赤な炎が迫る中、なんとかドレスを脱がすことができたが、呼吸を止め続けたメイ・リサはすでにぐったりとしていた。


 * * * * *


 外では男達と警備隊、消防隊が懸命に消火活動にあたっている。


「中には二人取り残されているそうです!」

「湖からも水を運べ!!!」


 数時間前までの華やかさはもう残っていなかった。


 ドレスアップしたゲストが次々と入って行った最古の建築物は、今まさに炎で包まれ跡形もなく消えようとしている。


 シオンが戻るよりも早く、崩れ落ちるのではないか。


 その不安に押しつぶされたヘーゼルがしゃがみ込む。


「ヘーゼルさん・・・!」


 ダイアナが寄り添い、訳もなく辺りを見回した時ー


「誰か出て来たぞ!!!」


 入り口に人影が見え、メイ・リサを抱えた上半身裸のシオンがふらつく足取りで出て来、その場に崩れ落ちた。


「シオン!!!」

「メイ・リサ!!!」


 ダイアナとケイレブが一斉に駆け寄る。


 下着姿のメイ・リサは肩にシオンのシャツを掛けられたまますでに意識がなく、シオンも肩や背中のあちこちに火傷を負っていた。


「誰か!水を掛けてください!!」


 ダイアナが叫ぶと即座に木桶の水が二人に降りかかる。


「担架持ってこい!」

「離れて、危険です!!」


 アンドルーとヘーゼルも駆け寄りシオンを燃え盛る迎賓館から離れた場所に移し、ケイレブはウインチェスター商会の馬車にメイ・リサを運ぶ。


 場は混乱を極め、湖の水を運ぶ荷車も続々と到着し消火活動が進められる。


 その様子を、迎賓館を正面から眺める建物と建物の隙間から見ていた人影が、悔しそうに舌打ちをした。


「命拾いしたか、運のいい奴・・・」

「まだ分からないわよ・・・!手遅れかもしれないわ」


 そう言った人影が、自分の後ろに立つもう一人に差し出したのは、メイ・リサが着ていたドレスと仮面。


「・・・どうしますか?」


 口をつぐんでいた人影は、


「その辺に捨てておきなさい・・・」


 そう言って、波打つ金色の長い髪をなびかせながら、その場を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ