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54針目.仕掛けられた罠

 マスカレード・パーティー当日。


 シオンは午前中からドレスの依頼主の別荘を行脚し、着付けや髪のセットに励んでいた。


 同様の同業者や、お使いのメイドや執事が乗る馬車が慌ただしくスワンコート中を駆け巡り、迎賓館も招待客を出迎えるための最終の準備で多くの給仕係が走り回り、あっという間に時間は過ぎ、太陽は傾いていく。


「ねえ、馬車って何時に来るんだっけ」

「七時でなかったか?」


 テーブルで新聞を読むガートルードが素っ気なく答え、パーティーなんて・・・と軽蔑の眼差しで、着替えるアルフレッドを見やる。


「いいじゃん、どんなネタが転がってるか分かんないよ?」

「・・・逆にネタにされないようにしてもらいたいものだな」


 バーナライトの秘書を長年務める初老の男は、片眼鏡の奥に細く鋭く放つ光を従え、アルフレッドに忠告する。


「さすがにこれまでと同じ手は通用しないだろう・・・、勘付く人間は現れているはずだ」

「じゃあそれバーナライト様に進言しなよ。もうスワンコートは潮時です、って」

「お戻りになられたらな」


 耳半分で会話しながら、機嫌良く着替えを進めるアルフレッド。


 しかし手袋をはめた瞬間、指の腹や爪の間に鋭い痛みが走り、即座に手袋を剥ぎ取る。


「どうした?」


 突如手袋を叩きつけたアルフレッドに近付くと、中指の先には小さな血の膨らみができていた。


「チッ、やられた・・・」


 同じ頃、バーナライトも手袋に仕掛けられた針で左手の指を刺していた。


「バーナライト様!」


 その場にいたダナンが即座に果物ナイフでバーナライトの指先を切りつけ、自らその指を咥え、血を吸い出しては吐き捨てを繰り返し、そして叫び続ける。


「誰か来て!」


 ようやっと誰かが飛び込んで来たと思ったらガートルードだった。


「バーナライト様!」

「すぐ病院へ!!馬車を用意して!!!」


 次々に支配人や社員が集まり慌ただしくなる中、毒が回らないようバーナライトの左手首をありったけの力で握り、指先の血を吸い続けるダナン。


 馬車の用意ができ、バーナライトを支えるように部屋を出ると、同じようにガートルードにもたれながら階段を降りるアルフレッドの姿が目に入る。


「あんたもやられたの?!」

「いやー・・・油断してたよ・・・」


 首筋に汗をかき始める二人。


 ロビーを抜ける時、バーナライトが口を開く。


「メイ・リサは無事か?」

「え?そういえば何も・・・」


 支配人にメイ・リサの安否を問うと、ケイレブと共にもうパーティーに向けて出発した後だった。


「ご無事のはずですわ」

「・・・念のため迎賓館に何人か向かわせろ、緑のドレスを着ている」


 * * * * *


 夕方に店に戻ったシオンは、ダイアナとヘーゼルにもう出掛けていいと言って二人を別荘に戻す。


 静寂の中で、物思いにふけっていると、ドアが開く音がした。


 顔を上げると、入り口にアデラインが立っている。


 今日はスカーフをせずに美しいブロンドを風になびかせ、服装も小花柄のサマードレスだった。


「お疲れ様」


 アデラインは笑顔で店の中を横切り、シオンが座る作業台まで近付き自分も椅子に腰掛ける。


「そっちも大変だったろ」

「まあね、でも婦人服よりはマシよ」


 すぐそばのアデラインの顔を見つめ、子どもの頃の面影と照らし合わせては、こんな風に大人になったのかと思っていると、アデラインも同じことを考えていたのか


「なんか大人になったわね」


 と言って、笑った。


 空白の時間を埋めるためにお互いの話をしようと言って、アデラインは自分の過去を語る。


 奴隷として二年間を過ごした後、解放後は病院で住み込みの看護師として働き、エリスニアに来たのは二年前とのことだった。


「養子にはならなかったのか?」

「あんなのほとんど嘘よ。国王派の子どもを養子にする家なんてあるわけないじゃない。みんな病院とか修道院とか工場とか、住み込みで働ける場所に行かされたわ」


 やはり新政府は人でなしだったか、と思っているとアデラインに自分のことを聞かれる。


「シオンは?」

「俺は・・・」


 口を開くことが躊躇われる。


 アデラインが二年間奴隷に従事していたというのに、当の自分は逃げ出していたのだ。


 しかし嘘は吐きたくなかった。


「一年も経たないで逃げたよ・・・それでラネルの仕立て屋の家族の養子になって・・・」


 静寂が漂う。


 目を伏せたまま、今アデラインはどんな表情をしているだろうと恐ろしくなっていると、


「ねえ、顔上げてよ」


 と言って、下から自分を覗き込む、昔よりもずっとずっと深い青い目に捕まる。


「申し訳ないとか思ってる?」

「うん・・・」

「なんでそんな風に思うのよ」


 アデラインは笑顔でシオンの心の重しを拭い取る。


「シオンがナウルとボーデンの跡を継いでるみたいで、私、嬉しいんだから」


 そして立ち上がり、


「ねえ、湖の方行かない?散歩でもしようよ」


 にっこりと笑いシオンを誘い、二人は店を出る。


 湖畔は相変わらず賑やかだった。


 屋台のクレープを食べたいというアデラインに付き合って一緒に食べ、白鳥にエサをあげ、久しぶりの自由時間を楽しむ。


 お祭りの夜にダイアナと二人で歩いた湖畔の道を歩き、白鳥が湖に舞い降りた瞬間、アデラインは足を止めシオンに向き合う。


「シオンと・・・こんな綺麗な場所に一緒にいられて・・・」


 柔らかい体がそっと近付き、細い両腕が自分の背中まで回る。


「幸せよ・・・」



 記憶がよみがえる。



 幼い日々の、初恋の思い出。



 自分の胸に顔をうずめるアデラインを、シオンは強く、抱き締めた。

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