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51針目.毒

 エバーフルの井戸への毒物混入のニュースは全国を駆け巡り、当然スワンコートのダイアナの元へも届いた。


 すぐにイネスへ見舞いの手紙を出し、ありったけの情報をかき集め掴んだ全体像は、市民が飲料水用として使っている井戸に毒が入れられ、複数の体調不良者を出している、ということだった。


 イネスから来た手紙には、観光客が増える時期を狙った愉快犯の仕業として警備隊の捜査が進んでいる、そちらも気を付けて、と警告を混ぜた内容が書かれ、ダイアナの母からも同様の手紙が届く。


 当然、国内外の上流階級や観光客が集まるスワンコートは警備が厳しくなり、警備隊によるパトロールやゲートでの荷物チェックは二十四時間行われることになった。


 しかし滞在者達は、「腐った魚でも混ざったんじゃないのか」と、どこ吹く風でバカンスを謳歌。


 そんな中、客で賑わうパブの片隅でひっそりと酒を飲む二人組。


 アンドルーと、外遊の仕事から解放されたケイレブである。


「散々だったよ・・・大臣はあちこちで失態晒してくれるし・・・」

「尻ぬぐいお疲れ」

「やっと休暇と思ってもメイ・リサはワガママだし・・・」

「それは自業自得だ」


 まあ飲め、とアンドルーは少しやつれたケイレブのグラスにビールを注いでやる。


 男と女は縁が切れれば他人だが、男同士は親の仇でもない限りそれなりの関係は継続されるのが貴族の常識。


 この二人も、ダイアナとの結婚で縁戚になって以来、酒くらいは今でも一緒に飲む仲が続いている。


「お前はどうだよ、アンドルー」

「最悪だ」


 楽しみにしていたマスカレードパーティーが、当主お怒りのせいで行けなくなったことを嘆く。


「ミーハーなイベントは全部自粛されたんだよ、ミレーネに!」

「お怒りって、何やったんだよ、お前・・・」

「俺じゃない!ダイアナだ!!」

「はっ?!」


 まさかの元妻の名前に、あやうくグラスを倒しそうになるケイレブ。


「ダ、ダイアナが、何したんだよ・・・」

「あのクソ生意気な仕立て屋小僧との色恋をゴシップ紙に書かれたんだよ!!」

「何だって?!」


 真面目しか取り柄のないダイアナが、ゴシップの餌食になるとはケイレブには信じ難い。


 しかし事情を知らないアンドルーは酒の酔いも手伝いベラベラと語る。


「そりゃそうだろ、あんな朝から晩までイチャついて・・・」

(朝から晩まで?!)

「それなのに公衆の面前で求婚紛いのことしてよ・・・」

(もう話が進んでるのか?!)

「この前ランドルフ男爵夫人に言われたよ、赤ちゃん楽しみねって!」

(妊娠したのかあああ!!!)


 アンドルーの「仕事のやり方間違ってんだろ・・・」というつぶやきも耳に入らないケイレブ。


 今年、早くも二度目の失恋を経験した。


 * * * * *


 元妻の慶事にガックリと肩を落とし、トボトボとホテルに戻るケイレブだが、ロビーで会いたくない顔に出会う。


 バーナライトとアルフレッドだ。


「これはこれは、ケイレブ様・・・外遊お疲れ様でございました」


 恭しく頭を下げるバーナライトと、それに倣うアルフレッドだが、ケイレブはどうにもこの連中がいけ好かない。


(ハイエナ共め・・・)


 親の愛情を知らず、孤独に生きてきたメイ・リサを可憐なスミレだと思ったが、蓋を開けてみれば大量の毒蛇が(うごめ)く荒野に咲く棘だらけの薔薇だったと気付いた時、救ってやろうとした自分は道を踏み外していたことに気付いた。


「・・・そのまま戻ってこなければ良かったとか思っているんだろう」

「何を仰います、ぜひ我々の拠点でゆっくりお寛ぎいただきたくお部屋をご用意させていただきました」

「どこに何が仕掛けてあるか分からない部屋で寛げるわけないだろう!」


 不快さを隠そうともせず足早に二人の前から離れホテルから出て行くケイレブ、それを見送るアルフレッドは呆れ顔だ。


「ケイレブ様の被害妄想は困ったものがありますねえ」

「・・・出汁も出ないスカスカの海老だと気付けていないくせに、誇り高さだけは今でも最上級だな」

「本当ですよ、再婚だって自分から申し入れたこと忘れてるんですかねえ?こっちは没落貴族なんかに用はないのに」


 バーのテーブル席に着き、バーテンダーが運んできた酒を飲みながらアルフレッドは店内を見回す。


「今日はレディ・メイとシオンはいないですね」

「お前に見られるのが嫌なんだろう」

「ツレないな~応援してるのに」

「まああの二人では事は成せないだろう」

「ですなあ~」


 父親達の予想通り、メイ・リサはシオンのためにあらゆる資料を用意して練りに練った事業計画を説明するが、当然のごとく意見は激しく衝突する。


「所得が上がれば消費も拡大するって統計にも出てんのよ!伸びしろを考えたら絶対中間層を狙うべきでしょ!!」

「所得が下がったら消費も縮小するって意味だろうが!不労所得で生きてる貴族中心に狙う方が理にかなってんだろ!!」


 真っ向から対峙する両者、一歩も譲る気配はない。


「経費考えなさいよ!デビナムズの姉妹店に出す方が賃料は抑えられるのよ!!」

「それで売れなかったら結局は赤字じゃねーか」

「アンタ商業地区の地代がいくらすると思ってんの?!」

「地代に見合う客がウヨウヨしているってことだろーがオマエみたいな!」


 メイ・リサの考えが分からないでもないシオンだが、確固たる信念が自分を突き動かす。


「金持ちは人と違うものが好きだろ!商業地区でならウーフェイさんの衣装も売れるんだよ!!」


 恩人のウーフェイとソンヒに報われて欲しい一心のシオンは、これもあり商業地区にこだわる。


 しかしメイ・リサは怪訝な表情で


「・・・ウーフェイって誰?」


 と、首をかしげる。


「お前の緑の衣装の仕入れ先だ!!!」


 そもそもあの勝負の時にも自分はウーフェイの商材を使ったと説明していたのに、これだから成金の小娘は!と、頭でも引っぱたいてやろうかと思っていると


「そうなの?」


 キョトンとした顔をし、書き物机に向かって歩いていく。


「そうなのってどういう意味だよ」

「だってあれ贈り物だから売ってる商人が誰かなんて知らないもん」

「は?ウーフェイさんから買ったんじゃないのかよ」

「ホテルに届いたのよ、あたしにコビ売りたい誰かからでしょ」


 メイ・リサは引き出しから取り出したカードをシオンに見せる。


 薄いピンクに美しい花柄が印刷された二つ折りのカード。


 開くと、


 ”王都一の美女にふさわしい衣装を見つけました。ぜひこれでマスカレードパーティーに行ってください”


 と、書かれてある。


「お前に熱狂的なファンがいたとは・・・」


 どんなイカレ野郎かと背筋が寒くなるも、メイ・リサは飄々として


「結構あるわよ、あたしに宣伝してもらいたいんでしょ。ってか、そのウーフェイってのがあたしに送ってきたんじゃないの?」


 クローゼットに掛けられた深緑色のドレスを嬉しそうに眺めた。


 シオンがメイ・リサの部屋にいる間、また一人ダイアナが作業をしている店に客が訪れる。


「いらっしゃいま・・・」


 ダイアナは客を見て、ハッとする。


 先日来た、スカーフを被った女性客だった。


「こんばんは。・・・シオンはご不在かしら?」

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