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50針目.エリンの新しいお友達

 八月に入り、いよいよスワンコートの賑やかさは増していく。


 連日連夜、様々な催し物が開催され、行き交う人々は客も商売人も忙しい。


 目下皆が待ち焦がれているのは、八月末に開催される迎賓館でのマスカレードパーティー。


 準備には余念がなく、とある侯爵夫人はドレスを三着用意し、その中から当日の気分で決めるとかなんとか。


「景気がいい証拠ですね」


 ヘーゼルが仕上がったドレスを箱に詰め、リボンを丁寧に掛けていく。


「特にエリスニアは豊かだと思います。ラネル王国とはお金の使い方が違いますね」

「どう違うんですか?」

「ラネルの人々は堅実といいますか・・・よく言えば無駄使いをしないのですが、おかげで商業があまり育たないという副作用があったように思えます」


 椅子に座って待っていた配達人にドレスが入った箱と届け先が書かれた伝票を渡すと、配達人は足早に店を出て行った。


「やっぱりエリスニアに越してきて正解でしたわ、シオンも楽しそうですし」


 ヘーゼルとダイアナは顔を見合わせて微笑み合い、次から次へと振ってくる作業にまた取り掛かる。


 翌日、皆で休憩返上でドレス制作に没頭していると、現れたのはハーモンドだった。


「まあ、ハーモンド!どうしてここに?!」

「ダイアナ様、お久しゅうございます。メイ・リサ様がご滞在されているので、私もお世話のために馳せ参じた次第です」

「メイ・リサ様が・・・?」


 自分をチラっと見るダイアナに、余計な不安は与えないように


「あーそういえばこの前見たわ、なんか親と喧嘩してひとりを満喫してるとかなんとか言ってた気がする」


 と、適当なことを言っておく。


 ハーモンドも余計なことは口にせず、


「シオンさんが仕事で来ているようなので、ドレスを仕立ててほしいと言われておりまして・・・」


 と、持ってきた箱を開ける。


 中から出てきたのは、見事な絵柄の深緑の東洋衣装だった。


「あら、これ、ウーフェイさんの・・・」


 裾の下の方に向けて密集するように花の絵が描かれ、白い花を基調に色とりどりの顔料を使って描かれた花の絵柄の生地はまさに着る芸術品である。


「メイ・リサ様がたいそうお気に召されまして、これをマスカレードパーティー用のドレスに仕立て直していただきたいとのことでございます」


 シオンは快諾し、デザインを決めたあとはヘーゼルに作業を引き継ぐ。


 ダイアナに干し羅漢果(ラカンカ)の差し入れを持って来たウーフェイがヘーゼルの手によって仕立て直される故郷の衣装を目にし、人気で嬉しいと笑う姿にシオンも喜びを感じた。


 ドレスが出来上がりハーモンドに手渡して、一息吐く。


(にしてもウーフェイさん、メイ・リサまで顧客にしたのか・・・)


 商魂の逞しさを見習おうと決め、次の作業に取り掛かった。


 * * * * *


「も~・・・なんでこんな人いんの・・・」


 おつかいで来た街中が、観光客や地元の人間でごった返す様子に辟易とするエリン。


 馴染みのお菓子屋も混み合い、おやつを買って帰ろうと思ったがまた今度にしようと諦め、回れ右した瞬間だった。


「うわっ!」

「にゃっ!すみません!!」


 不注意に誰かとぶつかり足を踏んでしまった。


「すみません!すみません!」

「ああ、大丈夫だよ、こっちもごめんね」


 相手は男性二人連れだったが、ぶつかった男性の連れの方がエリンを見て


「あれ、君・・・前にトルソー借りに来た子じゃない?」


 と声を掛け、エリンもその顔を見て声を上げる。


「・・・あー!あの時の紳士服屋さん!!」

「偶然だね!」


 メイ・リサの専属服飾商を賭けたイベントで、シオン達がウーフェイの店に生地の調達に行っていた間、王都中の仕立て屋を周って借りることに成功したトルソー。


 その貸し出し元は王都の老舗紳士服店だった。


「かわいそうでさ、朝から一軒一軒回ってヨロヨロになってたよね」

「へえ~トルソーくらい余ってるはずなのにねえ」


 屋台のコーヒー牛乳を買い、木陰で飲みながら当時の話に花を咲かせる。


「ほら、ウチは婦人服関係ないからさ、別にその彼は商売敵にならないってオーナーが言って、貸してあげたんだよ」

「本当に助かりましたよ~!しかもわざわざ見に来てくださって!」

「いや、気になるじゃん、どんなドレス作ったのかなって」


 すっかり意気投合した三人は互いに自己紹介をする。


 トルソーを貸してくれた、背の高い浅黒い肌の青年は老舗紳士服店『デイビス&ブラッカード』の店員のマキアム、エリンとぶつかった小柄で気の強い美少女のような女顔の青年は貸衣装屋出稼ぎのジェイド、とそれぞれ名乗った。


「へー、それじゃ、そのウインチェスター商会のお嬢さんに気に入られた彼も来てるんだ」


 ジェイドはシオンに興味を持ったようで、


「マキアム、挨拶に行こうよ。いずれ商売仲間になるかもしれないだろ?」


 早速、お近付きになることを希望する。


「もちろんですよ!案内します!」

「そうだね、婦人服店なんてあんまり行かないからお店を見させてもらいたいな」


 コーヒー牛乳を飲み終わってから二人を店に連れて行くエリン。


 トルソーの貸し主だと紹介すると、シオンとヘーゼルはひたすら頭を下げた。


「遠目からしか見れなかったけど、君のドレス素敵だったよ」

「ありがとうございます・・・こちらのダイアナ様に着てもらったんですよ」


 マキアムとジェイドは膝を付いて挨拶し、ダイアナも礼儀正しく笑顔で名乗る。


「お二人はいつも一緒にお仕事されているのですか?」


 ダイアナの問いに、自分達は宿の同部屋だと説明しスワンコートの現状を話してくれた。


「僕みたいな出稼ぎ労働者も含めて、すごい人数が来ているんですよ。労働者用の宿はもうほぼ満室で、残っているのは八人部屋とかです」

「もうカオスだそうですよ」


 笑う二人を見て、別荘に滞在できている自分はつくづく幸運だったと誰もが思い、


「盗難なんてしょっちゅうみたいだし」

「街中でもトラブルがあるから皆さん気を付けてくださいね」


 という忠告に、トラブルなら街開き初日で体験済みの四人は、ハハハ・・・と目を泳がせる。


「でも紳士服店まで来ているなんて意外ですね・・・男性は女性ほど衣装に気を使わないイメージがありますから」


 ヘーゼルがそう言うと、いやいやと二人は手を振った。


「男ほど服は現地調達したがるんですよ。いちいち持っていくのも面倒くさいし、御夫人が見立てて買ったりもしますしね」

「夜会用の礼装なんて全部レンタルですよ。女性はドレスのデザインにこだわるけど、男は衣装なんてその瞬間着てりゃーいいって認識のものですから」


 確かに確かに、とシオンがウンウン頷き男性陣は話が盛り上がる。


 しばらく同業者間の情報共有をし合い、客が来たタイミングで二人は各々の仕事場に戻ると言って店を出た。


 途中までエリンも一緒に歩き、友達が増えたことにウキウキしているとジェイドが優しく注意する。


「エリン、気を緩め過ぎだよ。ここはスワンコートなんだから、一人行動は避けて、あんまり高貴な方々が出入りするような場所には近付くなよ」

「えー、大丈夫だよお」

「君のために言ってんの!」

「はいはい」


 ジェイドの忠告を耳半分で流し、また今度遊ぼうと無邪気に約束するエリンと、それに応えて手を振る二人。


 スワンコートで多くの人が交流を深め、夏の思い出を作っていた矢先、エリスニア王国を震撼させる事件が発生する。



 ダイアナが懇意にするイネスが治めるミラベル伯爵領、エバーフル。



 その街の井戸に、毒物が混入された。

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