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45針目.当主の逆鱗

 翌日の夕刻。


 まるで裁判の様な重苦しい空気に応接間は包まれ、ダイアナは今にも気を失いそうになるのを必死で耐える。


 目の前に座る父の、静かで、しかし激しい怒りの炎を宿した目が、無数の針に突き刺されるが如き痛みを全身に引き起こす。


 閉じたドアの向こうでは、屋敷の全員が聞き耳を立てながらダイアナの身を案じていた。


「・・・先に言い訳を聞こうか」


 沈黙を切り裂く言葉はそのままダイアナの内臓も切りつける。


「いえ・・・ございません・・・。全て、私の落ち度です・・・お父様が、お怒りになるのも・・・」

「お前は私が何に腹を立てているのか分かっているのか?」

「そ、それは・・・このような醜聞が出てしまったことで・・・」

「違う」


 父の声に帯びる怒気が強くなる。


「・・・お前は本当に何も分かっていない。こんなゴシップは貴族なら誰でも標的にされる。私の失望はこれじゃない」


 ローティスは深いため息とともに舌鋒(ぜっぽう)鋭くダイアナを叱責した。


「お前は今日まで公爵家の者としての責任を何一つ果たしていない。跡継ぎもいない、領地の利益になる施策を実践したわけでもない。着せ替え人形として浮かれているだけだ。そんなことでこの先、お前は何になるつもりなんだ?」

「わ、わたしは・・・」


 言葉を必死に探す。


 父の指摘には、何一つおかしなところはない。


「私は、たしかに・・・結婚も失敗しましたし、子どもも成せませんでしたが・・・でも、今やっていることは・・・心から誇りを感じています・・・」


 ダイアナは、一つ一つ、想いの丈を絞り出す。


「能力だけで事を成せる世の中ではありません・・・!贔屓(ひいき)かもしれませんが、私は彼の事業の成功がゆくゆくは多くの人を幸せにすると信じています・・・!お父様にご心配をお掛けしてしまうことは申し訳ないと思っていますが、私は・・・」

「ではそのために今何に取り組んでいるんだ」


 ダイアナの熱意を、冷たい視線が凍らせていく。


「一人では成功できない、貴族の後援が必要、それは分かった。ではお前は具体的にどのような形であの青年の夢を実現させようとしているんだ。お前が服を着るだけで、王都に店は出せるのか?」


 ローティスは足を組み、椅子の背もたれにもたれ掛かり、娘の主張に容赦なく現実を突きつける。


「その場しのぎの取り繕いで私を説得できると思うな。思いつきを実現できる能力が自分にあると思っているのか?そこまでお前の自己評価が高いとは知らなかった、夫の手綱も握れなかったお前が」


 その発言に、ドアの向こうで固唾を飲んで聞いていたシオンが部屋の中へ飛び込もうとし、それをミレーネが制止する。


 その間も、父は娘の考えの甘さへ、語気鋭く迫り続けた。


「いいか、貴族なんて領民に生かされているだけの存在だ。彼らの献身に報いることこそが我々の存在意義だと、理解できないならお前にもう用はない。アンドルーを養子にでもした方がマシだ」


 突然の爆弾発言に一同は息を飲み、ついにアンドルーがドアを勢いよく開け転がるようにローティスの元へ駆け込む。


「旦那様!それだけはご勘弁を!!俺には公爵家を継ぐなど・・・」


 足元で懇願するアンドルーを見るローティス。


 その表情は、より一層の不快感と軽蔑を宿す。


「ならばお前もその体たらくをどうにかしろ。お前の様な女遊びにしか才を発揮できない愚図(グズ)、ダイアナが女でなければ国外にでも売り飛ばしているところだ。この一族のツラ汚しが」


 当主の逆鱗に触れていることを知り、ダイアナ同様青い顔で震えあがるアンドルー。


 力なく項垂れる娘を父は一瞥し、応接間を出る。


 その時、険しい表情のシオンと目が合うも何も言わずに別荘を後にしたが、停めていた馬車に乗り込むとき、唯一付き添っていたミレーネに


「あの青年に二時間後、私の所へ一人で来いと伝えろ」


 と、指示をした。


 * * * * *


 インペリアルホテル・スワンコートのロビーに立つ支配人に声を掛けると、話がついているのかすぐに案内をされ、長い廊下を歩き続け辿り着いた部屋のドアが叩かれる。


 開いたドアからは執事が顔を覗かせ、シオンを中に招き、代わりに自分が外に出る。


 あまり明るくはない部屋の隅にテーブルと椅子が二脚、そこにローティスは座っていた。


「こちらへ来て座れ」


 椅子の元まで辿り着くと、シオンは一礼して座る。


 テーブルの上には、ローティスの顔を照らすランプと、金色の懐中時計が置かれていた。


「・・・店は順調なのか」

「はい、お陰様で」

「そうか、それは何よりだ」


 ローティスは改めてシオンを頭上からつま先まで見つめ、そして唐突に口を開いた。


「お前はウィリザヘラ革命の孤児とのことだが・・・新政府の奴隷だった、違うか?」


 シオンは目を見開き回答に窮し、


「・・・どうして奴隷のことを御存知なのですか?」


 と、逆に問う。


 ローティスは何一つ動かない表情で


「そんなこと、周辺国の王侯貴族達には周知の事実だ」


 と答え、シオンは観念して認めた。


「・・・そうです・・・卑しいとお思いですか?」


 シオンの真っ直ぐな眼差しに、ローティスが


「そんなことは思っていない、むしろ卑しいのは新政府側だ」


 そう即答すると、シオンの肩がわずかに下がった。


 ランプの明かりが、向かい合う二人を照らす。


 数時間前、想い人を散々罵倒してくれたその父親だが、目の前で向き合うとなぜかこの人物の言うことは全てが真理であるかのような気がしてくる。


 最古の歴史を担う公爵家の当主が静かに放つ圧に、シオンも気圧され始めていた。


「・・・あの下卑た記事の内容など、私は歯牙にもかけないが・・・しかし火のない所に煙は立たないだろう・・・」


 ローティスは射貫く眼差しでシオンを見つめ問いかける。


「お前は私の娘をどう思っているんだ」


 緊張が一気に全身を駆け巡る。


 返答次第ではもうこの瞬間から、二度とダイアナに会えないような気がして思考を巡らせるが、しかしこの男の前ではどんな小細工も通じない気がしたシオンは、そのままの気持ちを言葉にした。


「・・・・・お慕いしています」


 その言葉に、ローティスはさらに質問を重ねる。


「それはお前の商売の協力者として、という意味か」

「・・・そうです、俺のような平民がそれ以外の意味で公爵家の方を懸想(けそう)することなんてできません」


 シオンは至極全うな回答を述べるが、しかし強い意志を持って


「ですがダイアナ様が俺に何かを望まれて、それが許されることであるなら、どんなことでも叶えて差し上げたいと思っています」


 そう、付け加えた。


 ローティスが黙り、沈黙が訪れる。


 その間、シオンは毅然とした態度で対峙し続けた。


「・・・なるほどな・・・」


 そのつぶやきに、次は何を聞かれ、言わされるかと、内心で身構えた瞬間だった。


 ローティスの手が、テーブルの上の懐中時計に当たる。


 そしてそのままゆっくりと時計をテーブルの縁に向かって払うと、鎖の付いた金時計はテーブルから滑り、えんじ色の絨毯の上に微かな音を立てて落下した。


 反射的に椅子から立ち上がるシオン。


 時計を拾い、鎖を右手でなぞるように揃え、片膝を付き両手で時計を差し出す。


「・・・どうぞ」


 恭しく時計を拾いあげるシオンの様子を見つめていたローティスが、上体をゆっくりと前に倒し、シオンの方へ顔を近付け言った。


「・・・その身のこなし・・・どこで身に着けた」


 驚いてローティスを見ると、鋭い眼差しに捕まる。


「お前・・・ただの平民でないだろう」


 椅子に深く身を沈め、シオンを眺めながらつぶやき始める。


「奴隷になったのは国王派だったな・・・ただ国王派というだけで親が二人とも死ぬとは不自然だ・・・王家に仕える宮廷人でもない限り・・・」


 独り言は過去を辿る。


 そして見つけた事実を、ローティスはシオンに突きつけた。


「お前・・・ウィリザヘラの宮廷育ちだな・・・」


 もう、隠すことでもない。


 シオンはあっさりと認めた。


「そうです・・・俺の両親は、国王御一家付きの宮廷衣装係でした」

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