44針目.スキャンダル
「・・・あ~!疲れた・・・」
応接間の椅子で大きく伸びをして、凝った背中をほぐすために両肩をぐるぐる回すエリンの目の前には、大量の裏地の布が積まれている。
今日は非番なので店には行かなくていいのだが、かと言って一日中部屋でゴロゴロするのも性に合わず、こうしてドレスの裏地のストックをせっせと作っているのだが、しかしそれも飽きてきた。
「はあ・・・退屈・・・」
モリーはご近所の農園へ野菜の収穫に駆り出されているため、夜にならなければ会えない。
退屈が極まったエリンは気分転換の散歩に出ることにした。
「ん~・・・空気がいいなあ~・・・!コーヒー牛乳飲みたくなる・・・」
見渡す限りの緑。
鳥のさえずり。
見上げると木漏れ日がキラキラと輝き、息を吸い込むたびに体中に草木の香りが満ちる。
爽やかな気分に心が躍り、せっかくだから普段行かないエリアまで足を延ばそうと、噴水広場を横切ろうとした時だった。
「何が運命よ!既婚者がどの口で言ってんのよ!!」
ドラマティックなセリフと共にパアン!と言う音が鳴り響き、目の前で男性が女性から平手打ちを食らい、尻もちをつくシーンに遭遇。
(うわあ!こんなトコで修羅場!!)
いや、こんなトコだからこそか?と、オープニング初日の乱痴気騒ぎを思い返していると、女性は足早に立ち去り、残された男性に連れの男性が手を貸している。
しかしエリンはその平手打ちを食らった長身の男性に見覚えがあるような気がして、そろりそろりと近付く。
「オマエいい加減にしろよ・・・ハメ外しすぎるとまーた制裁食らうぞ・・・」
「何言ってんだよ、木の葉を隠すなら森に隠せ、女と遊ぶなら妻もいる場所で、って昔から言って・・・」
顔を上げた男性は、自分を見下ろす友人の隣で同様に自分の顔を覗き込むエリンを見て青ざめる。
「エエエ、エリン?!」
「アンドルー様?!」
エリンはおったまげた。
ミレーネがお灸をすえて以来改心し、理解のあるいい夫になったはずのアンドルーが、いつの間にかスワンコートに来ていてこっそり浮気をしていたのだ。
「え?二人知り合い?」
「私が今滞在させてもらってる別荘のご主人のご夫君であり、私がお仕えするブラン公爵一族の方です!!」
エリンの素性を知った友人も、あっちゃー・・・という表情を隠さないが、アンドルーはこれまたみっともなく慌てふためき始めた。
「なんだエリン!そうか、君も来ていたな!!今日は一人で何をしているんだい?!」
「新しいお店を発見しようとしたら誰かさんの醜態を発見したんです」
「そうか、一人で退屈だったんだな!よし、美味しいものを食べに行こう!!」
「ハア?結構ですよ、どうせそれ口止め料でしょ」
「何を言うんだ!いつもウチの妻を楽しませてくれてるお礼だ!ほら行くぞ!!!」
強制的に連れ去られた先は昼間から営業するパブ、アンドルーはカウンターで二人分の酒とエリンのデザートを注文する。
「アップルパイにバニラアイスを添えてくれ。飲み物は?」
「コーヒー牛乳」
「コーヒー牛乳だそうだ」
「あとプリン」
「プリンも追加してくれ」
言われるがままの情けないアンドルーを痛々しい目で見る友人は、ジェームズだと名乗る。
「外交部の書記官をやっているんだ。アンドルーとはもうずいぶん長い付き合いなんだよ」
「へえ~、アンドルー様の不貞の記録人ってことですかあ~」
「ははっ、君、面白いね!」
むっとした表情で酒を飲むアンドルーだが、しかし反論できないのは事実だからである。
運ばれてきたスイーツを食べながら、エリンはアンドルーのしょうもない嘆きを聞かされた。
「だって仕方ないだろう?!寄って来る女性を邪険にするのは男として失格だ!女性に恥をかかせるくらいなら妻に殴られても俺は男としての責務を果たさなくてはならない!!!」
「うわーサイテー」
「エリン!君も男だったら分かるだろうこの苦しみが!!」
「そんなに苦しいなら取っちゃえばいいじゃないですか」
いつになく辛口なのは、最近、エリンの身近の男どもがみな煩悩に振り回される連中だからである。
「まあまあ、エリンちゃん、コイツ女関係は狂ってるけど、でもいざという時は結構頼りになるんだよ」
「え~いざという時しか頼りにならないんですかあ~?だったらシオンさん一人で十分ですよ」
「シオンって?」
「あのクソ生意気な仕立て屋小僧だ!アイツのせいで俺は自由を奪われた!!」
シオンに逆恨みの情を燃やすアンドルーに、ジェームズもいよいよ呆れ果てる。
「あーそっか、君達その仕立ての仕事でみんなでここに来てるんだっけ。てことは、そろそろ忙しくなるんじゃないかな?」
「何でですか?」
「八月の終わりにさ、迎賓館でマスカレードパーティーがあるんだよ。それが一番デカいイベントだから女性はみんなドレスを新調するはずだよ」
「そんなのがあるんですか?!」
迎賓館と言えば、スワンコートで一番古いが最も美しいと言われている木造建築の王立の施設である。
「貴族とごく一部の有力者にしか招待状が届かないから、まあ、庶民の憧れだよね。だからみんなドレスアップには力を入れるだろうし、その彼のとこにもたくさん注文が入ると思うよ。招待状は昨日の発送だったし」
いいことを聞いたと浮足立つエリン。
デザートを完食したあと、急いで店に行きマスカレードパーティーのことを伝え今から準備をすべきだと促すと、シオンとヘーゼルは生地の調達に行かなくてはならないと相談し始める。
日帰りで王都郊外の工場へ買い付けに行くことになり、デザート如きでは買収されないエリンの告げ口で浮気の事実を知ったミレーネが、夫に出資させればいいと言ったのでアンドルーは再び小切手を切るハメになった。
「お前!俺のこと小切手製造マシンだと思ってるだろ!!」
「そんなことありませんよ、頼りになる大人の手本のような人だと思ってます」
「なに?ホントか?」
「だからさっさとください」
「クソ!生意気な奴め!!」
「アンドルー様あ~、渋チンな金額は男下げますよお~」
「分かったから!これで文句ないだろう!!」
シオンとエリンにタカられ、高額小切手を泣く泣く切るアンドルー。
小切手を握りしめシオンはヘーゼルと買い付けに向かい、大量の生地と材料と共に帰ってきた後は連日連夜、遅くまで準備に勤しみダイアナもそれを手伝う。
「奥様、もう遅いからそろそろ帰ろう、明日でいいから」
「そう?じゃあ続きは明日ね」
店のドアに鍵をかけ、夜道を手を繋いで歩く二人は、パーティーの招待状を受け取った女性達からドレスの注文が入り始めたことを喜ぶ。
「やっぱりあなたのデザインのものでパーティーに行きたいのね、みんな」
シオンに依頼が入る事を、我が事のように嬉しそうにするダイアナ。
その笑顔に、シオンの、ダイアナの手を握る力が強くなる。
「そういえば奥様にも招待状来てただろ」
「ああ、私は遠慮するわ・・・行くよりあなたと準備する方が楽しいもの」
そう言って笑うダイアナの腰を抱き寄せると、ダイアナも自分の体をシオンの方へぴったりと寄せ、そのまま立ち止まってしばらく抱き合い、見つめ合ってから腕を組んで別荘へ戻る。
甘い幸福のただ中で、恋の喜びに浸るダイアナとシオン。
しかし二日後、爆弾は投下された。
「何よこれえええええ~~~~~!!!!!」
絶叫するミレーネの手元には、連日のように上流階級のスキャンダルをスッパ抜くゴシップ紙。
一面記事の内容は
『元バーネット公爵夫人 一皮ムけて美しくなったのは前夫に対抗して若い燕に抱かれているから!!』
「何ですかコレ!!なんてハレンチな!!!」
主人をネタにされ顔を真っ赤にして激怒するエリンだが、対してダイアナは顔面蒼白である。
(どうしよう・・・お父様がこんなのお知りになったら・・・!!!)
「だ、大丈夫ですわよ!ローティス様はこんないかがわしい記事、お目通しになりませんわ・・・!!」
ミレーネがなんとか元気付けようとするが、しかし憂慮は現実になる。
ブラン公爵家当主がスワンコートを訪れるという知らせを早馬が持ってきたのは、その日の夜だった。




