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42針目.再会

『あたしがあんたのビジネスパートナーになってあげるわ!』


 突如思いもよらぬ誘いを受け、驚きで固まるシオン。


 ワガママで傲慢で、自分の快適な贅沢のために周囲の人間はアゴで使う、このこまっしゃくれたお嬢様が、父親から独立して自ら事業を立ち上げるために、手を組みたい相手が自分だと言うのだ。


 王都の女性達の中で最も、金と美貌に恵まれた少女。


 自分の腕を掴む手を反対の手で握り、シオンは答えた。




「ヤダよ」




「はあ?!」




 ワガママ姫の誘いを一蹴して、自分を掴む手を外すシオン。


「誰がお前みたいなのと仕事するかよ、安売りするにしてもお前とは組まねーよ」

「あんた本気で言ってんの?!」

「お前がウチの奥様泣かせたことは俺は関係ねーけど、そのことでお前はお嬢ちゃんから死ぬほど恨まれてるだろ。そんな奴と仕事なんてしたら俺まで恨まれるだろうが」

「馬鹿じゃないの?!自分の将来と小娘の恨みなんて比べる対象じゃないでしょうが!!!」

「お前ら同い年だろ・・・」

「あたしはあんたの能力を誰よりも理解してるわよ!あんたはちゃんと客を見てる!自分の作りたいものを作って押し付けるんじゃない、目の前の相手の特徴も個性も全部把握して、その上で自分のセンスを表現できる滅多にいない作り手なのよ?!」

「だったらお前に媚びる必要はねえってことだろ」


 スタスタと部屋を横切り、入り口のドアを開ける。


「待ちなさいよ!王都では誰と組むかで良くも悪くも運命が変わるのよ!!」


 メイ・リサの叫びを聞き流し、シオンはそのまま部屋を出た。


 * * * * *


 店に戻ると、入り口の外であちこちを見回していたダイアナがシオンの姿を見つけ、


「もう、遅いじゃない!せっかく大事なお客様が来ているのに!」


 と、声を上げながらも嬉しそうな顔でドアを開ける。


「客?」


 店内に入ると、作業台の所に座っていたのはウーフェイとソンヒの夫妻だった。


「ウーフェイさん!ソンヒさん!」

「シオンさんお久しぶりです!」

「お元気そうで何よりですわ!」


 抱き合って再会を喜び、あれからどうしていたかを問う。


「あの王都での件依頼、私達は貸衣装の事業も始めたんです」

「貸衣装?」

「ええ、主に相手は娼婦の皆さんですが、女優さんや踊り子の女性たちも最近は声を掛けてくださいます」

「お客様やパトロンの方々と一緒に過ごすときに東洋の衣装を着ていると、とても評判がいいんですって」


 なうほど、そういう需要があるのか、とダイアナもシオンも話を聞き入る。


「やっぱり美貌や芸を売りにする女性達ですからね、他の人とは違うものを知っているというのが重要なんですよ」

「分かる気がしますわ、王都の貴婦人達もとにかく流行に敏感でしたし・・・」

「でも、そういう女性達は借りるだけで買ってはくれないんですか?」

「もちろん気に入った柄や作りのものはご購入されますよ。でも、毎回違うものを着たい時や、手入れが面倒な時もありますので、そういう時は借りる方が都合がいい場合もあるようです」


 二人の事業の話を聞き入るダイアナとシオン、気付くともう夕食の時間だった。


「ダイアナ様とシオンさんは街中のレストランでは食事されましたか?実は我々の同郷の仲間がヤンロウ料理の店を出しているんです」

「一緒に行きませんか?東洋の料理なんてあまり食べる機会ないですよね?」


 せっかくだからと四人でヤンロウ料理を食べに行くことにし、戸締りをして外出する。


 細い路地を入った場所にその店はあり、中に入るとウーフェイが東洋人女性の店員と親しげに、ダイアナとシオンは理解できない言葉でしゃべり始めた。


「コチラどぞ~!」


 にこにこと笑う店員に促され四人掛けの円卓に付き、しばらくすると次から次へと大皿で料理が運ばれ、ウーフェイが率先して小皿に料理を取り分ける。


「さ、お二人とも食べてください!熱いですから気を付けてくださいね!」


 ダイアナがゆっくりと口元へ運び、ふうふうと息を吹きかけて口に入れた料理はトマトと卵の炒め物。


 そのあまりの美味しさに、ダイアナの表情が歓喜で震え、シオンが笑い出した。


「奥様、前にベーコンサンド食った時とおんなじ顔してんぞ!」

「だあって!すっごく美味しいんだもの!!!」


 取り分けられた分をあっという間に完食するダイアナを見て、嬉しそうに目を細めるソンヒ。


「こちらも美味しいですよ、お米を野菜やお肉と炒めて醤油とお塩で味付けしているんです」


 お椀に盛られた炒め飯を食べると、ダイアナは天に召されんばかりの顔で一人、自分の世界に浸り始めた。


「やっべ、これめっちゃ美味いですね」

「このナスの炒め物も絶品ですよ」

「お茶も飲んでくださいね、ジャスミンという花の香りのお茶です」


 西洋人に故郷の料理の魅力を知ってもらって大満足の二人。


「ヤンロウで一番幸せなのは下町の庶民と言われているくらい、僕らの国は庶民料理が美味しいのですよ」

「皇族はこういうの食べないんですか?」

「どうでしょう・・・お毒見係が食べたあとの料理を食べるから、基本的に料理が冷めているそうです。高級なお料理のようですが・・・」

「そんな勿体ない!こんなに美味しいお料理を食べれないなんて!」

「だから庶民が一番幸せと言われているんです。ウチの父が常々言ってましたわ。ソンヒ、お前は飛び切りの美人に生まれなくて幸運だ、後宮に入ったら生涯冷や飯しか食えないぞ、って」


 料理を囲みながら笑い合う四人は、階級の縛りも人種の差別もない、平和で暖かい時間を過ごした。


「そういえば、お二人はスワンコートへはどんなお仕事で来られたんですか?」


 桃の木の絵柄の茶碗でジャスミン茶を飲みながら、ダイアナが尋ねる。


「ああ、私達の衣装を一番よくご愛顧してくださるのはあの時商工会議所で知り合った娼婦の方々なのですが、彼女達もここへ仕事で来ているので衣装係のような形で我々も同行しているんです」

「マダム・サンドラの店と言えば、そんじょそこらの男性では入店さえ叶わない王都一の高級店ですわ!」


 シオンは素早く理解した。


 夏のバカンスをここで過ごす上流階級に合わせて、娼館のレディ達もバカンスがてら仕事で来ているということだ。


「そうだ、ちょうどいい!シオンさん、皆さんを紹介しましょうか?」

「え?」


 ウーフェイの発言に、ソンヒも表情を明るくする。


「そうですわ!皆さんシオンさんのことは御存知ですもの!滞在中のドレスのご相談とかもきっとされたいはずですわ!」

「すぐ近くのお屋敷に滞在されているんです、遊びに行きましょう!」

「ええ?いきなり行っていいんですか?!」


 軽いノリで遊びに行こうと言われ、失礼ではないかと躊躇うダイアナだったが、しかし営業は必要だと考えなおし三人につられて立ち上がる。


 季節と場所が持つ、特有の魔力に当てられ判断力が鈍っていたせいだろう。


 その後とんでもない目に遭うとは想像もせず、ダイアナは、マダム・サンドラの”お嬢さん”達が待つ館へ足を運んだ。

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