41針目.近況報告
ホテル・ブラック・パールの一階に位置するバーラウンジ『ジャック・ナイフ』。
昼間のこの時間は空いていて、数人の客が静かに酒を飲みながら小声で話をしている。
メイ・リサはカウンター席の椅子に飛び乗るように座り、バーテンダーに二人分のロイヤルミルクティーを注文した。
「こういうところってえー、女の子一人だと入りづらいじゃない?だからあんたがいてくれて助かるわ」
「だったら酒飲めよ、俺は飲まないけど」
「私だって飲まないわよ、こんなボッタクリ価格有難がるのなんて田舎のおノボりさんだけよ」
さすが大商人の娘だと、シオンは心底感心する。
出されたミルクティーを飲みながら、メイ・リサは久しぶりに会った”お友達”に近況報告のていのグチを延々吐き続けた。
「だからあたしは今反抗期なの!あたしを利用するお父様も、お父様の腰巾着共も大っ嫌い!!ムカつくから自立しようと思って!!!」
あの一件で、シオンを自分の専属にすることが叶わず、結局は父親のビジネスに利用された客寄せパンダであることを思い知らされたメイ・リサは、目下ウインチェスター商会を避ける日々を送っているとのことだ。
「何が腹立つってあのババアのクソだっさいデザインのドレスが毎週送られてくることよ!見たでしょあの襟!あの袖!アンタいつの時代を生きてるのよって思わない?!」
「あー、まあー・・・」
「とにかく妙にズレてるのよ!あんなだから娘もグレるの!知ってる?あのヒトの娘、郊外の全寮制の女学校に通ってたんだけど、寮に男の子達連れ込みまくって退学になったのよ」
「へえ~・・・お前と友達になれそうだな・・・」
上流階級も大変だな、と同情していると、ふと気になることがある。
「てかお前、おぼっちゃまは一緒じゃないのかよ」
「・・・ケイレブ様のこと?外遊する大臣のお供で外国出張中よ」
「ダンナ置いてバカンスとはいい御身分だな・・・」
「そうよ、いい機会だから一人を満喫しているの。でも出張が終わったらこっちに来るわ」
それならうっかり鉢合わせしないように気を付けるか、とシオンが考えていると、
「あんたは何の仕事で来てるのよ」
メイ・リサが顔を覗き込みながら質問する。
「仕立ての店やらせてもらってんだよ」
「やらせてもらってる、ってことは自分のじゃないってことよね?」
「そう、前の人が出て行ったから夏の間だけ設備使わせてもらってるだけ」
「あら、じゃあ服作って売ってるってことよね」
突如メイ・リサは体をシオンの方に向け、またもシオン以外の誰をも虜にする笑顔を作る。
「あたし、アンタのドレスが諦められないのよね」
「・・・・・」
「ねえ、一着作ってよ。十倍のお代払ってあげるわ」
十倍と聞いて、さすがのシオンも無視できなかった。
「・・・どんなのがいいんだよ」
「ふふっ、お任せするわ」
「そういうのが一番嫌なんだけど」
「馬鹿ね、腕のいい人間には注文をつけるほうがヤボでしょ」
そう言って、メイ・リサは満足そうにミルクティーのカップを傾ける。
いくら大嫌いな相手とは言え、十倍の金額でオーダーしてくれる依頼をはねのけるほど意固地ではないシオンは、体のサイズが書かれたメモを貰ってメイ・リサのドレスを作り始めた。
淡いラベンダーの布を使った肩を出すデザインのサマードレスは、スカートの部分が三重になり、歩く度に裾が美しく揺れて跳ねる。
肩周りと裾部分に黒のレース、白の刺繍リボン、繊細な金の飾り紐をバランス良く縫い付けた。
「素敵なドレスね、どなたのご依頼の?」
「どっかでっかい商家のご令嬢へのプレゼントだって」
ダイアナからの質問にもそれとなく適当に流し、出来上がったドレスをホテルの部屋へ届けるとメイ・リサは大喜びではしゃいだ。
「そう、これよ!こういうのが着たかったの!!どこかに行くためのドレスじゃなくて、このドレスを着るためにどこかに行こうって思えるような!!!」
「オ喜ビデ、ナニヨリデス」
「え~、手袋は白と黒どっちがいいかしら~。このドレスに合う靴探しに行かないと~」
靴屋が儲かるならいい仕事をした、と満足するシオン。
「ちゃんと作っただろ、金払えよ」
「はいはい、ちょっと待って」
メイ・リサはドレスを椅子の上にそっと掛け、書き物机に移動すると引き出しから小切手を取り出し、羽ペンを滑らせ何枚かを引きちぎってシオンに渡す。
「分割してある方が使い勝手いいでしょ」
「おー、助かるわ」
折り畳んだ小切手をシャツの胸ポケットにしまい、これでもう用は済んだと部屋を出て行こうとした時だった。
再びメイ・リサにガチっと腕を掴まれる。
「おい今度はなんだよ」
「あたし、やっぱあんたの才能、諦められないわ」
「そしたらまた十倍の値段で作ってやるよ」
「そういうことじゃないの。言ったでしょ?あたしはお父様達に使われるんじゃなくて、自分の足で歩きたいの。自分の力で、何かができる人間だって周りに示したいのよ」
ブラックダイヤの瞳に闘志を燃やして、王都一の美女は叫んだ。
「あたしがあんたのビジネスパートナーになってあげるわ!」




