4針目.努力の方向
場の空気が凍り、誰もが動けなくなる。
沈黙を破ったのはエリンだった。
「無礼な!この御方を誰だと心得る!第十三代ブラン公爵家御当主ローティス・フォン・ブラン・エディングハード公爵が御息・・」
噛みつかんばかりに叫ぶエリンだが、シオンは一瞥さえしない。
「お嬢ちゃんちょっと外で遊んできて」
「何ですってえええ!!」
シオンは騒ぐエリンを無視し、ダイアナに向き合う。
ダイアナは震える唇を動かし、声を絞り出した。
「・・・あなた・・・、どいういう意味で仰ったの・・・?」
「そのまんまの意味だけど」
悪びれる様子もなくカウンターの上に広げられた布を片付け始めたシオンを見て、唇の震えが全身に回るのを感じる。
「・・・仕立て屋なら・・・どんなものでも作って売ろうとするべきでは・・・」
「そこらの仕立て屋ならな」
シオンは全ての布を畳み終え、カウンターの上に積んだ。
「俺は服飾商だから、あんたみたいに自分を卑下する女のためには働かない」
「わ・・・!私は、自分のことを卑下したりしてないわ!」
「嘘だろ、自覚ないのかよ」
シオンは乾いた笑いを漏らす。
「あんたずっと、私なんか、私みたいなって、言ってたぜ」
ダイアナは言葉に詰まる。
「そのくせヘーゼルの服装は素敵だってすぐに褒めた。服に興味がないんじゃない。どうせ自分は、この世の全ての美しいものに値しないとか勝手に思ってんだろ」
長年の思考を一瞬で見抜かれたダイアナは、その場に座り込む。
「ダイアナ様!!」
エリンがダイアナを抱きしめる。
「もう帰りましょう、こんな店いちゃいけません!!」
エリンの腕の中で、ダイアナは再び涙を流し始めた。
(だって、仕方ないじゃない・・・)
立ち上がらせようとするエリンを小刻みに震える腕で制し、ダイアナはシオンに向かって叫んだ。
「・・・私だって好きでこんな風に生まれたんじゃないわ!」
自分の腕の中で声を荒げるダイアナに、エリンは全身を強張らせる。
「でも美しくなければそれ以外で努力するしかないでしょう?!誰しも生まれつきは変えられないのよ!!私は誰よりも勉強したし仕事してきたわ!!」
ダイアナは声を上げて泣き出し、エリンが急いでバッグの中からハンカチを取り出し顔中を濡らす涙を丁寧に拭っていく。
その様子を見ていたシオンは再びダイアナの前まで寄り、しゃがみ込む。
警戒したエリンに睨み付けられるが、気にも留めずに再度言い放った。
「・・・あんたさ、努力の方向、間違ってることに気付いてないだろ」
ダイアナは驚きで目を見開く。
「一番欲しいものを手に入れる努力しないで、何か意味あったのかよ」
ゆっくりと顔をシオンの方に向けると、こちらを真っ直ぐに見つめる瞳に出会う。
ダイアナは息を飲んだ。
誰よりもひどい言葉を投げつけるこの青年の鋭い目付きの奥に、誰よりも誠実な眼差しを見たからだ。
「私は、間違って、いるの・・・?」
「おおいにな」
突如、ダイアナはシオンに腕を掴まれ立ち上がらされる。
「なっ・・・!その手をお離し!!」
「あーもう、お嬢ちゃんキャンディーあげるからしばらく黙ってな」
「なんですってえええええ!!!」
エリンの怒りなど歯牙にもかけず、シオンはダイアナを店の奥に連れて行こうとする。
「ちょっとシオン!」
「親方、奥の部屋借りるわ」
姉まで無視し、ダイアナを自分が出てきた部屋に押し込みドアを閉めた。
事の顛末を黙って見ていたスタンは、エリンに頭を下げる。
「・・・エリンさん、営業許可の取り下げの通報は今しばらくお待ちいただけないでしょうか」
「はあ?!」
スタンは小さなカゴを持ってエリンに近付く。
「どれでもお好きなものを」
カゴの中には、色とりどりの棒付きキャンディーが入っていた。
「これを舐め終わる頃には、あなたの大事な奥様は新しい御自分に生まれ変わってますよ」
怒りに身を震わせるエリンに、スタンは優しく微笑んだ。