36針目.夢から覚めた二人
水音に目を覚ますと、白いカーテンが目についた。
目線をゆっくりと動かす。
漆喰塗りの壁、白い扉、自分がいるベッド、肩まで掛けられた毛布。
起き上がるとベッドが軋む音がして、耳を澄ますと白い扉の向こうから聞こえる水音がよりはっきり伝わってくる。
「・・・・・?」
ゆっくりと部屋の中を見回しても、ダイアナはここがどこだか皆目見当がつかず、寝起きの頭で一生懸命に記憶を辿る。
(ええと・・・わたしは・・・最近スワンコートに来て・・・ミレーネ様の別荘に泊まっていたはずだけど、ここは私の部屋ではない・・・)
では、ここはどこ?と、ベッドから降りようとした時だった。
白い扉が開いたと思うと、向こうから上半身裸でタオルを頭から被ったシオンが出てきてダイアナの目を奪う。
「あ、奥様起きたか?」
「ちょっっっ・・・!どうして裸なの?!」
反射的にベッドの上で丸まり毛布をすっぽり被った瞬間、昨夜の記憶が次々飛び出してきてはダイアナの頭の中で繋ぎ合わさっていく。
(・・・そうだ、昨夜はお祭りがあって!エリン達とはぐれたからシオンと二人でいて!!私急にぐるぐるして!!!)
「ここはどこなの?!」
毛布の中で叫ぶもシオンはいたって冷静に答える。
「湖のとこの民宿だよ、奥様昨夜酔って帰れなくなったから」
ちら、と横目でシオンを見るともうシャツを羽織っていた。
「奥様も風呂入ったら?」
「え?!ここで?!」
「別に覗いたりしねーし・・・」
「そ、それはそうでしょうけど・・・!」
状況が飲み込め、少しずつ冷静を取り戻し始めたダイアナの頭の中に、ある懸念が浮かんだ。
「ねえ・・・私・・・昨夜の記憶がほとんどないんだけど・・・」
「うん」
「・・・あなたに何か、ひどい迷惑掛けたりしてない・・・?」
「迷惑って?」
「わ、分かんないけど・・・」
酔って記憶を飛ばすだなんて経験は、生真面目なダイアナにとって初めてのコトであり、ましてそれを好きな男の前でやらかしたとなると穴を掘って入りたくなるほど恥ずかしい。
願わくば醜態を晒していないことだが、
「あー・・・大丈夫だよ、人間なんてあんなモンだよ」
と、シオンがケラケラ笑うもんだからいてもたってもいられない。
「待って!私何したの?!吐いたりしてないわよね?!」
「吐いてはないよ、ヘーゼルはよく吐いてたけど」
「じゃあ何?!私何しでかしたの教えて!!!」
半泣きのダイアナを楽しそうに眺めていたが、シオンは安心させるために嘘を吐いた。
「別に何もないよ、ちょっとワガママ言ってただけ、もう歩けないー!って」
「ホントに?!それだけ?!」
「ホントそれだけ、それで俺が抱えたらすぐ寝ちまって、困ってたらここの宿のおかみさんが助け船出してくれて」
「そんな!ごめんなさいごめんなさい!!」
平謝りのダイアナとは対照的に、なんでもない様な話しぶりで部屋の隅のカゴからバスタオルを取り、
「ほら、ここ水しか出ないけど」
そう言ってタオルを渡してダイアナをバスルームに行くように促した。
「あ、じゃあ・・・すぐに出るわね」
タオルを抱えたダイアナは白いドレスの裾を揺らしながら扉の向こうに姿を消し、ほどなくして水の流れ出る音が聞こえ始めると、シオンはベッドに腰掛け深いため息を吐く。
(・・・良かった・・・マジでなんも覚えてねえな・・・)
いや、良かったのか?
と自問するが、きっとダイアナのことだから、”なかったこと”にするだろう。
『違うの!酔っていて頭の中がぐちゃぐちゃで・・・そういう意味じゃないのよ!友達として好きってことなの!!!』
とかなんとか苦しい言い訳を述べるに決まっているし、もちろんその言い訳の方が鵜呑みにする価値もない戯言なのはシオンとて分かっている。
人間、酔った時こそ本心を晒す生き物だ。
そんなことくらいは人生二十年以上生きていれば理解しているが、それでもダイアナの口から否定されれば傷付くし、自分たちの関係がおかしくなるのは避けねばならない。
ベッドの上に寝転がる。
さっきまでダイアナが眠っていた場所を見つめる。
あなたが好き
そうささやいて深い眠りについてしまったダイアナを、これくらいは許されるだろうと後ろから抱き締めながら明かした一晩を思い出す。
(・・・ったく、なんの試練だよ・・・)
”仕事”と言えば一緒にいられる。
ダイアナはそういう身分の人間であるから、”仕事”を理由にしてきたのにー
「お待たせ・・・今何時かしら、とにかく別荘に戻らないと心配させてしまうわよね・・・」
バスルームから出てきたダイアナの髪は、既に幾分整っていた。
夢から覚めた二人は部屋を出て階下に降り、宿の女亭主に挨拶をして宿代を払う。
「ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした・・・」
「いいのよ、毎年毎年こういうことが起こるのよ!あなたは具合はどう?もう大丈夫なの?」
「ええ、おかげ様で・・・ご親切にしてくださってありがとうございます」
女亭主に見送られ、昨夜の賑やかさが嘘みたいに静まり返る朝の湖畔の道を、別荘に向かって歩き出すと、
「ほら、奥様」
シオンが手を差し出す。
「あ、ありが・・・とう・・・」
差し出された手を掴むと、昨夜も手を繋ぎながら二人でランタンの明かりが導く湖畔の道を歩いたことを思い出した。
シオンの隣を歩きながら、ダイアナは考える。
(またあんな風に、一緒に出掛けられるかしら・・・でももう、呆れられてるわよね・・・)
「奥様どした?」
「え?」
「なんか表情暗いから」
「いえ・・・あなたに迷惑掛けてしまったから・・・ごめんなさい、せっかくのお祭りだったのに・・・」
シオンが立ち止まり、ダイアナも立ち止まる。
うつむいていた顔を上げると、シオンは笑っていた。
「さっきから謝ってばっかだな。いいじゃん、こういう経験こんなとこ来なかったら出来なかっただろ」
「そうだけど・・・」
「話のネタが増えたと思ってればいいんだよ、どうせ三日後には笑い話なんだから」
ダイアナはシオンを見つめる。
シオンは時々、自分よりもずっと大人だ。
「・・・そうね、あなたの言うとおりね」
笑顔になったダイアナの手を引きながら、シオンは歩き始めた。
昨夜の楽しかったことをお互いに話しながら別荘に帰り着き、ドアノッカーを叩くと扉を開けたのは使用人家族の娘のモリーだった。
「ダイアナ様!シオンさん!ご無事だったんですね!!」
エリンと同い年の少女を心配させてしまったことに申し訳なさでいっぱいのダイアナが、謝り、事情を話すとモリーは心底安心した表情を見せた。
「良かったです、お二人は何事もなくて・・・!」
「・・・お二人は、ってことは、誰か何かあったのか?」
シオンが尋ねると、モリーはいたたまれない表情で応接間へ二人を連れて行く。
部屋の中には、ミレーネ、ヘーゼル、エリン、使用人夫妻のジャンとシルヴィア。
別荘の住人全員がいたが、そこはまるで、お通夜のような雰囲気に包まれていた・・・・・。




