34針目.お祭り
「オープニングのお祭りは四時からですからね」
午前中、わざわざ声を掛けてくれたのは三軒隣のお菓子屋の夫人だった。
エリンが毎日通い顔なじみになり、色々と世話を焼いてくれる。
祭りでは全員白い衣装で統一するのが習わしであり、そのための服も、もちろんシオンとヘーゼルは用意していた。
「楽しみ~!お店がいっぱい出るって聞きました~!」
袖の膨らみと腰のリボンが可愛らしい白いワンピースに着替え、エリンは主人達の支度が終わるのを待つ。
「お嬢ちゃん迷子になるなよ」
「なりませんよ!」
「湖に落ちるなよ、白鳥に迷惑だぞ」
「キーーー!!!」
相変わらずシオンはエリンをからかって遊ぶ。
そこへ、着替え終わったダイアナとミレーネが出てくると、エリンは目を輝かせた。
「素敵ですお二人とも!神話の女神様みたい・・・!」
たっぷりとドレープを寄せたデザインのドレスは、腰に金糸の飾り紐が巻き付きウエストを強調する。
シオンはこの飾り紐をアップにした二人の髪にも巻き付けた。
「この飾り紐素敵ね~・・・どこで手に入れたの?」
「先日王都の見本市でシオンが仲良くなった東洋人商人の方から仕入れたんです」
「ああ、噂の八百長イベントの時のね」
ミレーネが鼻で笑うと、ヘーゼルも苦笑する。
「でもいいご縁がたくさんあったようね。あなた達、何か持っていそうだわ」
「そうだろうな。別荘持ちの夫人までついて来てくれた」
不敵に笑うシオンを見て、ミレーネも笑ってシオンの胸をトンッと叩く。
「皆さんご準備できたなら行ってください。私はお隣のお家のバーベキューの方に参加していますから」
「えー!ヘーゼルさんお祭り行かないんですか?!」
エリンが声を上げると、
「人混みが苦手なんですよ・・・」
そう再び苦笑し、四人を見送った。
「さ、行きましょう。たくさん食べて力を付けなきゃ」
斜陽が照らす歩道を湖に向かって歩くと、音楽が聞こえ、人影が増え始める。
無数のランタンが輝く湖畔にはたくさんの屋台と出店が並び、全てのレストランが開かれ、白い衣装でドレスアップした人々が思い思いに休暇の始まりを楽しんでいた。
「うわあ~すごい!どこから行きますか?何食べますか?」
「ミレーネ様はいつもお祭りはどうやって楽しまれているんですか?」
「私はそこのシーフードレストランのテラス席で食事するのが好きなんですけど・・・」
ミレーネが一軒のレストランを見やると、
「そこにしましょう!!ミレーネ様行きつけなら絶対美味しいはずです!!」
エリンが先陣切って店に飛び込み、テラス席を確保する。
「お嬢ちゃんの食への執念って毎度すさまじいな」
「あら、よく食べる女の子は可愛いって、男は誰でも言うじゃない」
「お嬢ちゃんは可愛いのライン若干超えてるだろ」
「ちょっと!聞こえてますよ!!」
大笑いされエリンは頬を膨らませるが、次々出てくる料理を目にした瞬間怒りを忘れてかぶりついた。
シーフードをチーズフォンデュで食べ、焼き立てのバゲットと新鮮なサラダを味わう。
「デザートなら屋台の方にたくさんあるからそこで食べましょう」
ミレーネの提案でレストランでの食事を終えた後は、屋台のスイーツを食べ歩く。
「あ!赤ワインの試飲ですって!」
エリンが走り寄った先は酒屋が出している屋台だった。
手渡されたグラスワインを飲むと、ミレーネは歓喜の表情で震える。
「美味しいわ!これはどこ産のワインですか?!」
「王立農園のぶどうをスワンコート郊外のワイナリーでワインにして寝かせたものです。滞在先に配送できますよ」
「じゃあ一ケース送ってくださる?」
ミレーネが配送の手続きを行う間、エリンとダイアナもワインを飲むが、シオンだけは手を付けない。
「シオンさん飲まないんですか?」
「あんま酒とか好きじゃないんだよ」
「ええ~意外~、若者らしくない~」
「酔うと仕事に差し障るだろ」
その会話を、ダイアナは頭の中のメモに書き留めワインを飲み干し、ミレーネが手続きを終えるのを待って、四人は再び人混みの中を歩き始める。
ダーツゲームでシオンがエリンのために景品を獲得し、大道芸に歓喜の声を上げ、アクセサリーや雑貨の店を見て歩き回っていたが、ふと気付くとエリンとミレーネの姿がなかった。
「やだ・・・はぐれたのかしら・・・」
来た道を少し戻っても、小柄な二人は見つからない。
「どうする?別荘まで戻るか?」
「え?」
シオンの問いに、ダイアナの心は揺れる。
このまま祭りを楽しみたい気持ちと、二人とはぐれたのだから探すなり戻るなりしなければいけない気持ち。
「そう、ね・・・」
決めきれずに迷っていると、
「・・・まあ、夫人と一緒なら大丈夫だろ。お嬢ちゃんだって子どもじゃないんだし、一通り見てから探そうぜ」
シオンはそう言い手を差し出す。
「はぐれないように」
その手にダイアナは自分の手を重ねた。
きゅっと優しく握られると、心臓がたちまちに跳ね始める。
手を繋ぎながらゆっくり歩き出し、残りの出店を見て回る。
店が途切れた先の湖畔の散歩道は、木々に吊るされたいくつものランタンの明かりが幻想的に輝いていた。
「あ、白鳥・・・」
どこからか飛んできた一羽の白鳥が優雅に湖面に降り立ち、ゆっくりと泳ぐ。
気が付けば、夏の夜空に満ちようとする月が昇り、白銀の光を放っていた。
ベンチに座り白鳥を眺めるうちに、ダイアナの体が少しずつシオンにもたれかかる。
「あなたと・・・こんなきれいな場所に、一緒に来ることができるなんて・・・」
小声でささやくと、シオンがダイアナの顔を覗き込む。
見つめ合っても、手を握り合っても、何かが足りない。
これじゃないと思っても、表現できる最大限を、ダイアナは言葉にした。
「幸せよ・・・」