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33針目.スワンコート

 「これはイチゴ味のギモーブ」


 エリンが薄ピンクの塊を指し示す。


 「こっちはコーヒーキャラメルで、こっちはレーズンチョコレート」


 手の上の箱の中から、甘い香りが微かに漂う。


 「さあ!どれでもお好きなものを!!」


 箱を差し出すと、


 「じゃあキャラメルをいただくわ~!」


 ミレーネがキャラメルをつまみ口に入れる。


 「やあ~ん!美味しい~!」

 「ホントン夫人のお菓子はどれも絶品なんですよ!」


 長旅の餞別に渡されたお菓子を、馬車に揺られながらみんなで味わう。


 「ミレーネ様が来てくださるなんて心強いですね!」

 「本当に、ありがとうございます。別荘まで・・・」


 王都の服飾商・モレスとシンシアの提案で実現した今回のスワンコート遠征には三年ぶりに訪れるというミレーネも同行しており、滞在先はミレーネの実家所有の別荘になった。


 「いいんですのよ~!夫も追って休暇で来ますし、是非協力したい、と!」


 あの一件依頼、肝が冷えたアンドルーは女遊びをパタリと止めた。


 それどころか、スワンコートで店を開く話を聞き自分も手伝いに行きたいと言う妻に、力になってこいと再度小切手を切ってくれたと言うのだ。


 ミレーネが語る夫の激変ぶりに笑いながら丸一日掛けて辿り着いたスワンコートは、想像を超える美しさでダイアナの目を奪う。


 緑深い森、咲き乱れる野ばら、蔦が覆うレンガ造りの礼拝堂。


 夕暮れの森を進むと開けた街に出会い、石畳の大通りの両側はレストラン、商店、民宿が延々と続く。


 「わあ、お店がたくさん!ミレーネ様の別荘はこの近くですか?」

 「もう少しよ。貴族の別荘は大体が湖の方なの」


 馬車はさらに進み、街が途切れた途端、白鳥が泳ぐ大きな湖が現れた。


 「うわあ~!きれい~!!」


 エリンが大はしゃぎで窓に張り付く。


 「湖の周りもお店がたくさんあるんですね・・・」

 「ほとんど民宿と飲食店ですわ。湖畔に滞在するのは短期滞在の観光客ですね」


 説明を聞いている内に湖を通り過ぎ、馬車は一軒の邸宅の前に停まった。


 馬車から降りるとミレーネは中庭を駆け抜け屋敷の玄関に辿り着き、真鍮のドアノッカーを鳴らす。


 家の中から出てきた使用人家族と抱き合ってから、皆に入るよう指示した。


 いくつものトランクと箱を抱えながら足を踏み入れた別荘は一階にダイニングホールや応接間などがあり、二階が主寝室とゲストルームだった。


 「そんなに広くはないけどちゃんと一人一部屋使えるわ。バスルームは共用だけど男女別になっているから安心して。先に送っておいた荷物は応接間に置いてあるわよ」

 「すご~い!まるでホテルですね!」


 エリンは相変わらずあちこちを覗いて回り、全ての荷物が各部屋に収まると厨房の手伝いに下りて行った。


 夕食を取り、その日は長旅の疲れを癒すために早めに就寝する。


 翌朝、起きたダイアナがカーテンを開け目にしたのは、窓の外に広がる森の霧が朝日を浴びて晴れようとする瞬間だった。


 「きれい・・・」


 急いで身支度を整え外に出る。


 夜の内に濃度を増した森の空気を吸い込むと、体の中にわずかに残っていた疲労があっという間に拭い取られた。


 (人が大勢来るわ・・・ここでシオンの未来を掴むのよ・・・!)


 自らに気合いを入れ、屋敷に戻る。


 それから夏至までの一週間、皆は開店準備のために昼夜を問わず動き回った。


 シンシアの店は中心部の目抜き通りに位置しており、立地は申し分ない。


 店内の整備はすぐに完了したが、最大の課題は商品となる既製服の作成だ。


 長期休暇をスワンコートで過ごす滞在者達は夏服を現地調達し、帰る時に古着屋に売る。


 故にライバルは仕立て屋だけではない。


 昨年の夏服を大量に取り扱い、その場ですぐに服を入手できる古着屋もそうである。


 調達してきた古着の中から一着を、ダイアナが着てミレーネが確認する。


 「最近のサマードレスの流行りは足首をほんの少し見せる丈だけど・・・、あえてもう少し短くてもいいんじゃないかしら?」

 「じゃあ丈詰めるか。肩と胸元は?」

 「去年の古着を見るとわりと胸元が開いた形が多いから、肩を出すデザインの方が新鮮でウケそうな気がするわ。高級レストランで胸元が開いたドレス着ているとサービスが悪くなることもあるしね」


 ミレーネのアドバイスを基に、急ピッチで既製服が作られる。


 古着の縫い糸を解いてパーツに分解し、新しい布に当てて裁断、それをシオンとヘーゼルがアレンジしながら縫製して服に仕上げる。


 新しいもの好きの上流階級女性が、今年の新作をすぐ着られるように。


 ラックには出来上がった服が、一着、また一着、掛けられていく。


 時間は瞬く間に過ぎ、スワンコートの人々は慌ただしく行き交い、ひっきりなしに馬車が到着し始める。


 そして、夏至の日を迎えた。


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