19針目.見本市
翌日、見本市一日目。
会場となる商工会議所メインホールは熱気に包まれていた。
世界中から集った服飾商材が来場者を惹き付け、あちこちで同業による挨拶や商談が繰り広げられている。
「今年もいい生地揃えましたねえ~」
「ぜひ見ていただきたい素材がこちらにありまして・・・」
どこもかしこもそんな会話が飛び交う中、ウーフェイと妻のソンヒは会場の一番端で自分達が持ち込んだ商品を前にポツンと座り続ける。
「やっぱりいい場所は王都のギルドと親しい商人さん達が割り当ててもらえるのね・・・」
ソンヒは人が集まる中央の方を見て、残念そうな表情を浮かべる。
自分達の周りは東洋人商人ばかり。
今年から東洋人の参加が許可されたが、やはり扱いには雲泥の差がある。
「大丈夫だよ、人の多さに疲れたら空いているこちらまで来てくれるさ」
ウーフェイは妻を明るく励ますが、しかし肌の色も顔立ちも違う人間が固まるエリアに西洋人が来てくれるとは思い難い。
「様子を見てくるよ。ついでに営業も」
「頑張ってね」
ウーフェイはソンヒを残し中央の方へ進みながら、商材を眺める。
(どれも西洋人向けだな・・・)
これは目ぼしい成果は期待できそうにないと思った時だった。
人々の視点が一点に向けられ、皆口々に囁き合っている。
「見てあれ・・・!」
「誰が作ったんだ?!」
何があったのかと注目の先を探し、見つけたものに、ウーフェイは心を奪われた。
色白で、赤茶色の髪が輝く美しい女性が、真っ黒なドレスに身を包んでいる。
太ももから斜め下に向け大胆にカッティングされた裾は女性の片脚を露わにし、残された裾全体は黒のフリルで埋め尽くされている。
(なんてデザインだ・・・!)
人だかり越しに目を凝らすと、裾を覆うフリルは全て異なる素材の黒い生地で出来ており、肘部分で切れた袖の切り口も何種類もの黒布のフリルが使われている。
黒いレースのストッキングを履いた細い脚は、黒いレースのアンクルブーツを履き、黒いつば広の帽子には黒い布で作られた花がこれでもかと言わんばかりに飾られていた。
(すごい、こんな挑戦的なデザイン見たことない!着こなす女性も素晴らしい・・・!)
モデルの女性の傍らに立ち、何人もに話しかけられそれに答える若い男性が目に入る。
(彼が仕立てたんだな・・・話してみたい・・・)
ウーフェイが見惚れていると、隣に人の気配を感じた。
「なんの人だかりかしら?」
「さあ・・・王族でも来ているのか?」
一目で貴族と分かる雰囲気の男女の後ろには初老の執事が控えている。
「あ・・・、あの黒いドレスの女性が見えますか?彼女が着ているあのドレスがとても素晴らしくて皆が注目しているのですよ」
ウーフェイがそう教えると、まだあどけなさが残るその顔をパッと輝かせて、女性が叫ぶ。
「見てみたいわ!きっと一流の服飾商が仕立てたのよ!ねえ、ケイレブ様、あっちに行きましょう!」
「でもすごい人だな、後でまた・・・」
「嫌よ、帰られたらやっかいだわ!」
夫と思われる男性の腕をぐいぐい引っ張って、女性が進んでいく。
(す、すごいガッツだ・・・!見習わないと・・・!)
二人の後に付き従う執事の後ろにぴったりと付き、ウーフェイも目当ての男女を目指すが徐々に増え始めた人だかりに進路を阻まれる。
なんとか執事の背中を見つけ、その背後に立った瞬間執事が叫んだ。
「ダイアナ様?!」
その声に反応した黒いドレスを着た女性は、驚きの表情でこちらを見つめていた。