18針目.あなたがいてくれれば
馬車から降りると、心躍る春の陽気と人波に出迎えられる。
花屋の屋台には色とりどりの花が並び、行き交う人々の服装も同じくらい色であふれる。
一年も離れていないのに、エリスニア王国王都・グランデールはより一層の華やかさと賑やかさを増していた。
「わあ~・・・憧れのインペリアル・パレスホテル・・・!」
生い茂る緑が美しく整備されたノース・ロイヤル・パークの向かい、王侯貴族御用達の高級ホテルを前にして、エリンは感無量の表情で震えている。
「申し訳ありません・・・私達までこんな立派な所に・・・」
ヘーゼルがすまなそうな顔で荷物を降ろす。
「いいんですよ、父が手配したので気になさらないでください」
黒と白が混ざり合う大理石の床のロビーを進み、ダイアナが受付で手続きをする間も、はしゃぐエリンは調度品などあちこちを見て回る。
「お嬢ちゃん、庶民丸出しじゃねーか」
「庶民だからいいんです!」
「大理石は傷付きやすいからモノ落とすなよ」
「落としませんよ、子どもじゃないんだから!」
シオンにからかわれ反撃するエリンを目にして、ダイアナは笑いながらそれぞれの部屋の鍵を渡した。
ボーイと共に最上階五階のスイートルーム二部屋に荷物を運び終え、荷解きが終わるとエリンはさっそくヘーゼルを連れてお菓子屋巡りに飛び出して行った。
ダイアナもシオンと街歩きをすることになり、二人で外へ出る。
「奥様この辺詳しいのか?」
「実はあんまり・・・だから逆に楽しいわね、初めて来たみたいで」
二人が足を向ける先は適当だったが、どこを歩いても着飾った人々と洒落たショーウインドウに出会う。
数歩毎に足を止め、笑顔でウインドウを覗くシオンを見てダイアナは気付く。
嫌な記憶で塗れた王都にいるのに、こんなに気持ちが晴れているのはシオンが一緒だから、と。
「奥様腹減ってないか?」
「私?そういえば・・・お腹空いてるかも・・・」
「何食べたい?」
そう聞かれ考えようとすると、屋台が目に付いた。
「あれ・・・」
恥ずかし気に目を伏せて指差す先は、その場で焼く厚切りベーコンを挟むサンドイッチの店だった。
「・・・っつっっ!」
突如シオンは笑い出し、ダイアナは顔を紅くする。
「だって!誰も一緒に食べてくれないから・・・!」
「いいっていいって、買ってくるよ」
笑いながら注文しに行ったシオンを、ベンチに座って待つ。
戻ってきた彼からサンドイッチと紅茶を受け取り紙を開いて噛みつくと、柔らかいパンに挟まれた塩気の強いベーコンに出会い、長年の夢が叶った嬉しさが込み上げてきた。
「・・・貴族でもこういう庶民の食べ物に憧れるモンなのか?」
「当然よ!みんな美味しそうに食べてるのに敬遠するなんておかしいわ!」
そう言って、ダイアナは自分の変化に気付いた。
「私・・・昔は・・・外に出ることが好きじゃなかったのだけど・・・」
シオンは隣のダイアナを見つめる。
「今はすごく、出掛けることが楽しいの。世界には、素敵なものがたくさんあるって、知ることができたから」
ダイアナもシオンを見つめ返す。
「あなたが、教えてくれたのよ」
かつての自分なら、屋台のサンドイッチをベンチに腰掛けて食べるなんて恥ずかしくてできなかった。
シオンに出会わなければ、こんなにも簡単な夢さえ叶えられないままだった。
「あなたがいてくれれば、何でもできるような気がするの」
その言葉にシオンは黙って笑顔を作る。
その後はダイアナの行きたい所に行き、暗くなるまで街歩きと買い物を楽しんだが、夜、ベッドで寝転びながら、シオンは一人苦し気に呟いていた。
「・・・相手は貴族だもんな・・・」