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17針目.ずっと俺と

 エバーフル唯一の生地屋、兼、刺繍屋。


 店主のノーソンはシオンが作った髪飾りに感嘆の声をあげる。


 「これは女性なら誰でも欲しくなる一品ですねえ・・・」


 ダイアナとイネスの髪に着けられた、色も飾りもそれぞれ違う髪飾りを交互に見比べた。


 「いやはや素晴らしい・・・。君、歳はいくつだい?」

 「俺ですか?二十二ですけど」

 「その若さでこれとは・・・どこか外国に服飾の修行にでも行っていたのかい?」

 「いや、そんなんじゃないですよ」


 箱に詰められた髪飾りを一つ一つ飾り棚に置きながら、シオンとノーソンは楽しそうに会話をしていた。


 「全部で五十個だね、売れ行きがよければまた仕入れるから連絡するよ」


 ノーソンは買い取った髪飾りの代金をシオンに渡す。


 朝、出掛けにエリンは不思議そうにしていた。


 『髪飾り五十個よりも刺繍の方が儲かるんじゃないんですか?』


 しかし、ダイアナが


 『仕事を流すことで刺繍屋さんが恩義を感じて髪飾りの販売をしてくれればいいの。イネス様に名前を売ることも成功したわ。今は利益よりも横の繋がりが大切なのよ』


 と教えると、あっけにとられた顔で呟いた。


 『小賢しいですねえ・・・』


 納品が終わり、帰りの準備をするシオンにイネスはにこやかな顔で近付く。


 「エプロンに伯爵家の紋章を入れること、みんな喜んでくれたのよ」

 「良かったじゃないですか」

 「ええ、あなたのおかげよ」


 イネスはそう言って、長方形の箱を差し出した。


 「お礼と言ってはなんだけど・・・手に合えば使ってちょうだい」


 箱の中には、銀色に輝く裁ちばさみが入っていた。


 「武器の製造をしていたからね、エバーフルの職人が作る刃物は一級品よ。宮廷にも献上されているんだから」

 「すごいですね、これ、切れ味が絶対に違うな」


 イネスは誇らしげな表情で箱を渡した。


 「これであなたの未来が切り開けますように」


 笑顔で手を振るイネスとノーソンに見送られ、ダイアナとシオンを乗せた馬車はブランフィールド目指して走り出した。


 「表面が鏡みたい・・・こんな見事なはさみ初めて見たわ・・・」

 「使いこなすのに時間掛かりそうだけどな」


 シオンは嬉しそうに裁ちばさみの箱を握りしめ、その様子にダイアナも嬉しくなる。


 「万事上手く行ってよかったわ。エリンもあなたを褒めていたのよ」

 「お嬢ちゃんが褒めるとかロクな表現じゃないだろ」

 「ええ、小賢しいって」


 そう言って二人で声を上げて笑う。


 「上手く行ったのは奥様のおかげだよ」

 「そんなことないわ、あなたの才能よ。イネス様も天才だって仰ってたじゃない」

 「軌道に乗り始めたのは奥様が手伝ってくれるようになってからだ。天才なのは前からだったけど」

 「自分で言ったわね!」


 また二人で笑い合う。


 夕暮れ時を走る馬車の窓ガラスに映る自分の顔は、明るく活き活きしている。


 ケイレブとの離婚に傷付き、泣き明かしていた時とはもう別人だ。


 「私は幸運ね・・・あなたと出会えて、今は毎日が充実しているわ」

 「じゃあ、ずっと俺と一緒にやるか?」

 「え?」


 シオンの方に目をやると、自分を見つめる真剣な眼差しに捕まる。


 「・・・ずっと、俺のモデルでいてくれるか?」


 その言葉に胸が満たされ、答えは自然と零れた。


 「ええ・・・もちろんよ」


 ダイアナは思っていた。


 叶うなら、この毎日が続いてほしい、と。


 「あなたの力になれるなら、こんな嬉しいことはないわ」


 笑顔を向けるダイアナに、シオンは躊躇いがちに口を開いた。


 「そしたら・・・頼みたいことがある」

 「どうしたの?」

 「来月、王都で服飾商材の見本市が開かれるから俺とヘーゼルで行くことになってる」


 シオンはダイアナに向き直った。


 「見本市には関係者が大勢来るから、そこで俺の服を着てほしいと思ってる。嫌な思い出があるかもしれないけど、一緒に来てほしい・・・」

 「王都・・・」


 脳裏に、辛酸を嘗めさせられた日々の記憶がよみがえるが、それらをダイアナは吹き飛ばして答えた。


「・・・もちろんよ、王都であなたの名前を売りましょう!」



   *  *  *  *  *



 肩を落としながら去る中年女性の姿を、数人の少女が廊下の窓から見送っていた。


 「まだ来たばかりでこれはないわ・・・」


 朝食にくるみ入りのパンを用意したというだけで、行くあてのない女性さえクビにする。


 新しい女主人の暴虐は、留まるところを知らない。


 「くるみを食べて死ぬわけじゃないんでしょう?!」

 「・・・ただ嫌いってだけみたいよ」

 「ひどすぎる・・・!ダイアナ様なら笑って済ますのに・・・」


 そこへ、執事のハーモンドがやって来る。


 「みんな、持ち場に戻りなさい」

 「ハーモンドさん・・・私達大丈夫でしょうか・・・」


 毎日不安と戦いながら仕事する使用人は彼女達だけではない、ハーモンドも含めた屋敷の全員である。


 主人の新しい奥方の背後には、王都の商業を全て掌握する巨大権力・ウインチェスター商会が付いているのだ。


 「考え過ぎてはいけないよ。前向きに、いつもどおり丁寧に仕事すれば大丈夫だ」


 表面的な助言しかできない虚しさを抱えながら、少女達がそれぞれの仕事場に戻るのを見届け、自分も主人の執務部屋の前に立つ。


 中からは、今日もうんざりする会話しか聞こえてこない。


 「言ったことは一回で覚えるべきですわ、嫌がらせかと思いましたのよ!」

 「だからって解雇するほどのことでもないだろう!」

 「仕事が雑な人間を置いておくべきなんですか?!」

 「君が次々クビにするから屋敷の中が回ってないんだ!」


 沈黙が訪れ、微かに鼻をすする音が始まると、今度は打って変わって優しい声色で会話が始まる。


 「悪かった、キツく言い過ぎたね」

 「・・・みんな私の影口言ってるんですもの・・・」


 あきれ過ぎて言葉も出ない。


 影口を叩かれるのは、一体誰に原因があるのか。


 胃の辺りを軽くさすって深呼吸してから、ハーモンドはノックをする。


 「誰だ」


 ドアを開け、にこやかな笑顔で部屋に入る。


 「詳細が届きましたよ」


 ジャケットの内ポケットから出した案内状に書かれた内容を、ハーモンドは読み上げる。


 「四月二十三日、二十四日の二日間、場所は王立商工会議所メインホール。今年は過去最大の参加者になるそうです」

 「まあ、本当?!見せて!」


 ウソ泣きから一転、ハーモンドからひったくった案内状を見て顔を輝かせる。


 「お父様が出資しているレースの製造工場も今年は参加するのね!」

 「そうでしたか」

 「ケイレブ様、見に行きませんか?気分転換にこういう楽しい催しに顔を出したいの!」

 「・・・そうだな、先の予定があることはいいことだな」


 渡りに舟。


 これでしばらくは機嫌良く振る舞ってくれるだろう。


 「どうしよう・・・新しいドレスが欲しくなるのよね、見本市って・・・」


 詳細が書かれた案内状をうっとりと見つめ、メイ・リサは笑う。


 「誰か腕のいい服飾商が来てくれるかしら・・・」

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