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16針目.命を賭して

 数日後、依頼の品を持って再び自分を訪れた二人を、イネスは髪飾りを着けて玄関ホールで歓迎した。


 「みんな褒めてくれるのよ、あなた天才だわ」

 「言い過ぎですよ、でもありがとうございます」


 応接間に通され、シオンは持ってきた箱を差し出す。


 「開けてもよろしくて?」

 「どうぞ」


 箱を開けてイネスが取り出したものは、白いエプロンだった。


 「あら・・・エプロン・・・」


 イネスが箱の中を覗いても、他には何も入っていない。


 シオンが用意したのはエプロンだけだった。


 「・・・裾の端に刺繍が・・・これは、伯爵家の紋章・・・」


 手にしたエプロンを一通りくまなくチェックするイネス。


 涼しい顔をするシオンの隣で、ダイアナの心臓は緊張で高鳴る。


 (ああ・・・!イネス様が理解してくださいますように・・・!)


 「あの・・・これで全部なのかしら?」

 「そうです、それはサンプルですけど」


 イネスは困惑していた。


 自分の依頼とはおよそかけ離れたものを見て、リアクションに窮していたがなんとか言葉を絞り出す。


 「ええと・・・私の伝え方がマズかったのかしら・・・その・・・」


 いたたまれずダイアナは口を挟む。


 「シオンからちゃんと説明させてください!意図があります!」


 ダイアナに急かされて、シオンは口を開いた。


 「自分の仕事に誇りを持てるように、と仰っていたので伯爵家の紋章を入れました」

 「ああ、それでこの刺繍・・・。でも、私は・・・何か、その・・・素敵な仕事着をみんなに着させてあげたかったのだけど・・・」


 シオンは前にのめり、イネスに問う。


 「夫人、屋敷で働いているのは女性だけじゃないですよね?」


 その一言にイネスは目を見開く。


 「男には仕事への誇りとかって関係ないんですか?」

 「え・・・、あ、ち、違うの、そういう意味じゃないのよ・・・!」


 ダイアナは冷や汗をかきながら二人を見つめる。


 (心臓に悪い・・・!)


 その胸中など無視してシオンは続ける。


 「夫人の心遣いは素晴らしいと思いますよ。でも、本人が望むんじゃなく、主人が、自分に仕える女性だけを着飾らせるって発想は、他人から見たら・・・」


 続く言葉は容赦ない。


 「見た目が悪い人間は価値がないって言ってると、受け取られかねませんよ」


 イネスは完全に言葉を失い、ダイアナもかつての自分を思い出し胸が苦しくなる。


 沈黙が応接間を漂った。


 「・・・すみません、生意気なことを言いました」

 「いいえ・・・、あなたの言うとおりよ」


 悲痛な面持ちで、イネスは天を仰ぐ。


 「宮廷の女官達を見て落ち込むあの子達に、そのままでいいと言えないなんて主人として最低だわ・・・」

 「そんなことありません!伝え方は人それぞれですわ、エリンはイネス様のお心遣いに感動していました!!」


 身を乗り出して説くダイアナの眼差しに、イネスは弱々しく笑い、しばし黙って考えた後、気を取り直すように口を開く。


 「そうね、素敵な仕事着を着ればだなんて、思い上がりも甚だしいわ。それで、このエプロンはどういう意図があるのかしら?」

 「エプロンには意味はありません」

 「え?」


 シオンはにこやかに提案した。


 「使用人全員の仕事着に伯爵家の紋章を入れましょう」


 イネスは再度目を見開く。


 「紋章・・・?それでここに刺繍がしてあるということ?」

 「そうです、仕事着だけじゃなくて執事の手袋まで身に着けるもの全部に」


 エプロンの刺繍を指でなぞるイネスのその表情に、再び影が差す。


 「・・・これは血の歴史を表しているのよ・・・。ミラベル領の人間はこれまでずっと、他領に婚姻を結ぶことを拒まれてきたの。戦争が始まれば、老弱男女問わず必ず参戦させられるから・・・」


 (あ・・・だから・・・?)


 治安がいいのも、人々が親切なのも、孤独故の領民の結束なのだ。


 「・・・愛していても、結ばれない・・・。呪いの紋章なのよ」


 項垂れるイネス。


 掛ける言葉が見つからないダイアナ。


 今回の依頼は失敗に終わるのかと、諦めかけた時だった。


 「・・・呪いとか誇りとかって、何か違うんですか?」


 シオンのその言葉に、イネスは顔を上げた。


 「俺だって内乱で孤児になって自分の境遇を呪ったこともありましたけど、それを誇ることもできるって人に言われてから考え方変えましたよ」


 イネスの目が、光を求め始める。


 「夫人がこれは誇りだって言えば、みんな同意すると思いますよ。全員同じ歴史を共有しているんですよね」


 命を賭して、国を守る。


 それだけが、自分達の存在意義だった。


 それでも諦めなかったから、次の世代に平和を渡すことができたのだ。


 再度紋章の刺繍を見つめ、イネスは頷く。


 「・・・そうよ・・・。この孤独が、私達を強くしたの・・・」


 しばしの間、エプロンを眺め物思いにふけっていたイネスだったが、仕事着に紋章の刺繍を入れることを決め、立ち上がって執事を呼ぶ。


 「契約書締結の準備をしてちょうだい。それから概算でいいから使用人達の仕事着の数を出して。新しいお茶も淹れてね」


 指示を飛ばす顔は晴れ晴れとしている。


 だが、シオンの勝負はここからだ。


 ダイアナは両手を握りしめる。


 「夫人、契約は別の所にお願いします」

 「え?!」


 イネスは急いで応接椅子に腰掛け直す。


 「どういうことなの?」

 「刺繍をするだけなら何も他領のうちでなくても出来ます。エバーフルにも刺繍をする店はありますよね?」

 「ええ・・・生地屋が兼ねているところだけど・・・」

 「そこに発注してください。ミラベル伯爵家の注文は地元の店がやるのがスジです」

 「でも、考えてくれたのはあなたでしょう?!タダ働きなんてさせられないわ!」

 「だから代わりにお願いがあります」


 訳が分からないという表情のイネスに、シオンは再度切り込んだ。


 「その生地屋でうちの髪飾りを販売してもらえるようにお力添えいただけませんか?」

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