15針目.ちょっと小賢しいこと
ミラベル伯爵邸・応接間。
イネスは特注の髪飾りを見て、これ以上ない程に顔をほころばせた。
「本当に素敵だわ・・・!これは誰かに見せたくなるわね」
「喜んでいただけて何よりです」
手土産代わりの髪飾りは紺に染められた羽に銀色のロープリボン、真鍮とガラスのビーズで作られたものだ。
髪に着け、鏡を見るイネスの興奮が収まるのを待ってから、シオンは本題に入った。
「依頼の仕事着なんですけど、どうして夫人は女性達の仕事着を新しくしようと思ったんですか?」
「ああ、それは・・・、前にもお伝えしたように皆がこの屋敷での仕事を楽しくできるようにと思ってのことよ」
その回答にシオンは更に質問を重ねる。
「それはつまり、今は楽しんでいないということですか?」
イネスの表情に影が差し、ダイアナはドキッとする。
彼は時々、本質を探るために鋭く切り込んでくるのだ。
「仕事着を新調したい何か特別な事情があるんですか?」
その問いに、イネスは暫しの沈黙の後、口を開く。
「大した理由ではないのだけど・・・数か月前に初めて、宮廷に招かれたのよ・・・王妃様主催の婦人会でね」
イネスは深くため息を吐き、
「さすが王都だと思ったわ・・・。女官も下働きも、美人しかいない。おまけにマナーも振る舞いも完璧で・・・」
そして苦しそうな表情で打ち明けた。
「同行させた私のメイド達が、自分達を恥じてしまったのよ・・・」
「そんなこと・・・!」
「分かってるわ、ダイアナ様。宮廷の女性達は、まず外見と出自で選ばれるのよね」
宮廷に仕える女性の条件は、知性とマナーを備えた上流階級出身で、尚且つ見目麗しい者。
選抜をくぐり抜けた女性のみに与えられる“宮廷仕え”の勲章、それは本人にとって一種のステータスである。
故に彼女達の中には、自分が持つものを持たない人間を、酷く見下す態度を取る者もいる。
醜女、賤民、無教養。
そのような卑罵語を使いこなすのが宮廷女性達だ。
「私は自分の使用人達を誇りに思っている・・・。でも彼らがどうかなんて私には分からないわ」
そう言ってイネスは力なく笑った。
「だからせめて仕事着はいいものを着させてあげたいのよ、自分の仕事を誇りに思えるようにね・・・。お給金を上げることは難しいから・・・」
訪問が終わり、二人はイネスに玄関まで見送られた。
「伯爵夫人、ミラベルフィールドの主要産業って何ですか?」
シオンが質問すると、イネスは自領へ興味を持ってもらえることが嬉しいのか詳しく語り出す。
「農業と製鉄だけど正直潤ってはいないんですよ。ご覧のとおり険しい山ばかりでしょう?自然が美しいから夏は観光客も来ますけど、夏だけでね・・・」
「エバーフルが城塞都市として機能していたのは三十年前の戦争までですか?」
ダイアナも重ねて質問をする。
「ええ、各国で不戦協定を結んで以降平和になりましたでしょう?ありがたいけど、武器製造の必要がなくなったから多くの鍛冶屋が困っているんですよ」
玄関ドアをくぐり外に出ると、伯爵邸の外壁に旗が翻る。
「・・・あれは伯爵家の紋章ですよね」
シオンの問いにイネスは顔を上げ
「そうよ。緑の地に剣と斧。険しい山間の地で戦に耐え続けたこの地の歴史を模しているのよ」
イネスに見送られ屋敷を離れ、帰りの馬車から外を眺めていると、至る所に砦の跡が見られる。
「奥様どうした?」
「え?」
「表情が険しい」
「あ、ここの歴史を考えていて・・・」
ダイアナは悲痛な面持ちで外を眺める。
(戦争の時しか役目が与えられないなんて・・・)
「農業が難しいなら・・・商業がもっと活発になればいいわね・・・」
「だから奥様にはもっと頑張ってもらわないと」
シオンがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ダイアナはそれに励まされる。
「そうね。それでいい案は浮かんだ?」
「あー、まあ・・・」
珍しく歯切れの悪い返答に、ダイアナは驚く。
「どうしたの?何か問題がある?」
「問題というか・・・」
自分を心配そうに見つめるダイアナを見つめ返し、シオンは言った。
「ちょっと小賢しいことしようと思う」