11針目.値段の問題か、需要の問題か
「もうね、あなた方にはどれだけお礼を言っても足りないわ!!」
翌日の夕方、ダイアナと共に店を訪れたミレーネの表情が全てを物語っていた。
「アンドルー様がね~、もう・・・ふふっ・・・!みっともないくらい焦って焦って・・・ふふふふ!」
現場を見ていない人間には何が何やらではあるが、上手くいったのなら良かったと一同は安堵する。
「ドレスもすっごく評判だったの!私ちゃんとあなたの名前をみんなに教えといたわ!」
「それはありがたいです」
まだ少し疲労が引きずる表情ではあるが、シオンは満足気だった。
「そしてこれが、アンドルー様と私からのプレゼントよ!」
ミレーネは一枚の小切手をヘーゼルに差し出す。
「お代金ですね。昨日の今日でありがとうございま・・・」
小切手を見たヘーゼルが固まり、ミレーネはそんなヘーゼルを得意そうに見つめる。
「ミレーネ様・・・ゼロが一つ多いように見受けられますが・・・」
「ええ?!」
ダイアナとシオンも確認するが、小切手は確かに一桁多い金額が書かれている。
ミレーネはアンドルーに今回の企みの詳細を全て話し、シオンが王都一の服飾商を目指していることまで告げると
『若造のくせに大人を手玉に取るとは末恐ろしい!この金で成功してとっとと王都に行ってくれ!!』
そう言って小切手を切ってくれたというのだ。
「まあ当面の軍資金にはなるでしょうし、昨夜は私、相当目立ってたみたいだからこれを機に王都が近づくといいわね!」
ミレーネの激励に、シオンは心の底からの笑顔を見せた。
「悪いですね・・・頑張りますよ」
「うん!よろしい!!」
上機嫌で帰って行ったミレーネをダイアナは見送り、店に戻るとヘーゼルが頭を下げてきた。
「ありがとうございます、ダイアナ様」
「そんな、私は何もしてないです!全てシオンとヘーゼルさんが・・・」
「いえ、このような機会は私達だけでは巡り合えないものです。どうお礼を言っていいか・・・」
ヘーゼルの嬉しそうな表情に、ダイアナの胸が、何か熱いもので満たされる。
そしてそれは、“もっと”を求める意欲に変わり、ダイアナはヘーゼルから本格的に仕立てを習うことにした。
「まずは衣服の補修から練習するといいです。そうすれば仕立ての全体を把握しやすくなります」
そう指示され、エリンの古いエプロンの糸を全て切り解体して、また縫い合わせるという練習をするようになった。
ダイアナが街中でシオンの服を着続け、ミレーネの件が功を奏し、やがて店には客が増え始め、他領の上流階級も訪れるようになった。
「しかし何か足りないねえ・・・」
スタンは腕を組みながら呟く。
訪れる客は皆、最終的にシオンの作る服に満足はするのだが、その後が続かないのだ。
「やはりブランフィールドでは王都のようにはいかないですね・・・」
「ダイアナ様、それは仕方のないことです。王都は毎日違う衣装を着なければならない場所ですからな」
毎日、どこかで、誰かが、何かを催す。
それ故王都の人々は無限に服を欲する。
牧場と農園の多いのどかなブランフィールドや近隣領とは、需要の強さが違うのだ。
「焦る必要ないだろ、客は来てんだから。これ、お嬢ちゃんのスカート出来た」
シオンから渡された紙袋の包みの隙間から、濃い色の生地が見える。
屋敷に戻りエリンが袋を開くと、中から出てきたのは落ち着いたネイビーのスカートだった。
「わあ~!きれい!」
同色の光沢のある糸で花模様が織られたジャガード生地でできたスカートは、光の下で動くと模様が浮かぶ。
「素敵ね・・・!でもこの色で良かったの?もっと明るい色が好きでしょう?」
「これはですね・・・こうやって・・・」
試着したスカートを少し持ち上げると、裾からちらりと明るい色が垣間見えた。
「あら?裏地?」
「そうです!裏地の下の部分に別の布を縫い付けてあるんです!」
春らしい若草色の花柄と、大人っぽいネイビーで散々迷うエリンに、裾を持ち上げた時に見えるように裏地に若草色の布を付けることをシオンが提案してくれたという。
「これなら長く着られるし、でも好きな柄も諦めなくていいって!」
「すごい、良かったわね・・・!」
エリンは嬉しそうに、今度の休みに友達に自慢するのだと笑顔で部屋に戻って行った。
縫物の練習をしながら、ダイアナは考える。
(着飾ることが、上流階級の特権のままでは良くないわね・・・)
労働者階級の着る服は、貴族が着古した古着か、地方の街の仕立て屋が安価で作る服である。
庶民は服に掛けられるお金がなく、だからこそ服飾商は貴族や王都の上流階級をターゲットにするのだ。
「難しいわ・・・値段の問題か、需要の問題か・・・」
翌日、エリンのスカートの代金を払うために店に行く前に、ダイアナはパン屋に寄った。
「まあ、ダイアナ様!起こしくださりありがとうございます!」
「こんにちは、いつも盛況ですね」
女主人と話をしていると、奥から五歳くらいの女の子が出てきた。
「ほら、ご挨拶して、ダイアナ様よ」
「こんにちは!ミゲルです!」
物怖じする様子もなく挨拶するミゲルの頭を優しく撫でると、ダイアナは抱っこをせがまれた。
「こらミゲル!」
「いいんですよ、ミゲルちゃんいらっしゃい」
抱き上げるとミゲルは嬉しそうにダイアナの首に腕を回す。
(なんて可愛いのかしら・・・)
子ども好きなダイアナは、我が子を授かっていたらどれだけ幸せだったかと想像しながらミゲルを抱く。
ふと、ダイアナの髪をまとめている髪飾りに気付いたミゲルが髪飾りを触り始めた。
「きれいー!」
「これ?私が作ってみたのよ」
その髪飾りは、子どもの時の服から取った鈍く光る真鍮の飾りボタンと深紅のベロアリボンを縫い合わせてダイアナが手作りしたものだ。
「すごい!ミゲルも欲しい!」
「何言ってるの!」
母親が叱ろうとするが、ダイアナはそれを制する。
「今ヘーゼルさんに裁縫を習っていて、練習で作ったものなんです」
ミゲルを下ろし、外した髪飾りを手渡すと、ミゲルは歓声を上げながら店の奥に消えていった。
「申し訳ありませんダイアナ様・・・お礼に何かサービスさせてください」
「気にしないでください、お子さんが喜んでくれて私も嬉しいんです」
昼食のサンドイッチを調達してから店に行き、皆で食事を取ってからヘーゼルの仕事を手伝っていると、来店したのは先ほどのパン屋の主人だった。
「ダイアナ様・・・大変申し訳ありません・・・」
すまなさそうにする彼が差し出したのは、無残にもバラバラになった例の髪飾りだった。
「私が髪飾りを褒めたら、ミゲルの姉のレナが嫉妬して奪い合いに・・・」
「おやおや、よくあることですな」
スタンが笑いながら言うと、主人は大きくため息を吐いた。
「それでお願いなのですが・・・お代はちゃんと払いますので、髪飾りを三つ作っていただけないでしょうか?」
「三つですか?」
「妻の分もです。とても素敵でしたので、私からプレゼントしてやりたくて・・・」
「そうですか・・・!もちろんですわ、すぐに作りますね」
壊れた髪飾りを受け取ってから主人を見送り、作業をしようと振り向くと、スタン、ヘーゼル、シオンが、それぞれ考えを巡らせていた。
「あの・・・?」
ダイアナが恐る恐る口を開くと、シオンが近付いてきた。
「奥様、悪いけどまた徹夜できるか?」
「ええ?!」
「週末のマーケットにそれ出そうぜ」
「これ?!」
壊れた髪飾りをスタンが手に取る。
「飾りボタンとベロアの組み合わせですか。上品でダイアナ様らしいですな」
「端切れ布で大きめのリボンを作ってボタンを縫い合わせるだけでも華やかになりそう・・・、大した手間もかからないし、安く作れそうね」
(あ・・・)
髪飾りなら安価で誰でも気軽に着けられる。
王都でも、髪飾り専門の職人がいたくらい、服と同様に需要がある分野だ。
「やりましょう、髪飾りなら私でも作れるもの!」