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Gronwidz Girl  作者: 白先綾
最終「界泣」

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8無し7.8「思い出の一番星」

 涙の円模様は緑の煌びやかな輝きを宿す。赤土に見えた方も煌めき出している。そして二つの円模様の間に現れたのは巨大な泡だった。人が一人すっぽりと収まりそうなそれが空中に揺蕩っている。クリネの探し求めた「心」。そしてこれが、これこそが

「…界泣(かいな)だ」

 とグロンの名付け親クイナは名を思い付いた。この世界に降り立ち泣く泣くステージから降りる事を余儀無くされた数々のカイナ・クイナ達の遺した結実。それを今、二人は勝ち取り目の当たりにしている。透かさずクイナはクリネの方を振り返る。クリネももう譫言(うわごと)の様にやっていた果実を啄もうと言う病的な仕草から離れた様で、満足げに座りながら界泣を見つめている。

「左頬、治してもいいかな?」

 おずおずとクイナが聞くとクリネは頷いた。その先の事、自身の身の危険を省みず喋られるレベルまで回復を図ってもいいか、と言う所までは踏み込めなかった。クリネは先だって赤土の輝きの近くに座る為よろよろと歩いて近付いていた。多分、彼には界泣と言う涙の船に同乗する意図は無い。別れの地、畢生(ひっせい)の閉じ処としてそこを選択し座っている。愛する友の覚悟を見透かしたクイナにはそんな無神経な一言は持てなかった、飽くまで彼の譲歩を引き出すのみだ。

 クイナはクリネの近くに座り、そっと左頬を癒す。輝く赤土に新たな火種として新鮮な血が入り込み、火焔としての輝きの度合いは一層煌びやかさが増した。二人のそばで輝くそれは、まるで歌で描いたあの一番星の様だ。クイナは平和な愛らしさを取り戻した左頬を愛おしげに撫でながら、クリネが紡ぐ事の出来なくなった一番星の歌のそのジャズ伴奏アレンジ部分のメロディーを覚えている限り口笛で代わりに歌う。クイナ曰くのノーケストラの最終楽章、二人の間を静かな優しい時間が流れている。

「聞いてクリネ、界泣に続いてもう一つ名前を思い付いたんだ。ここはグロンウィッズ。現実ではとても実現出来ない事を成す魔法使いだった二人の共に生きた、経験の富に満ちた広大な世界」

 グロン・ウィッズ。共に-with-、富-wisdom-、広大さ-width-、そして魔法使い-wizard-…一見響きを合わせただけのただの言葉のおもちゃ箱であるが、これはグロンと言う呪詛に打ち克つ為に並べた彼女なりの五芒星だった。ウィッズ絡みの単語としてはその実四つだが、withはクイナ、クリネの両者に付随する物として彼女の中で重複カウントしている。五芒星を土に描くクイナ。だがそれに付け加えて描いたのは星のてっぺんに飾るwithの頭文字wの二つだけだった。ww、と文字同士で手を繋ぐかの様な踊っているかの様な楽しげな筆致で描かれている。後は賢いクリネならば自分と別れた後でこの程度の軽いクイズの答えは出してしまうだろう。クイナなりの最後のプレゼントだ。

 そしてクリネも何か嘴で文字を書き始めた。いが二つ、いい。そして遠くの方を向いた。その方向は、クイナが大飛翔で乗り越えた因縁の川の方だ。クリネも皆までは言わなかったが、クイナは真意を理解した。川いい。二度目の可愛いと言う事であるのと当時に、14歳、15歳両世界における川での光景、写真に収めたくなった様なあの二人の時間と君の晴れ舞台である高度飛翔は良かったねと言う旅の要所の振り返り文言であり、弱り切っている筈のクリネの渾身のラブレターだった。

 クイナはたまらず涙を落とすと、それがクリネの目にたまたま入った。知らなかった、涙も治療になるのだ。そう言えば一番最初に痛いの痛いの飛んでいけをしていた時以外、緑の支配を介してしか彼女の顔を見る機会は無かった。一瞬だがその支配を抜けて見る事が出来たクイナの切なげな笑顔、健康的で愛らしい顔をしている。多分、自分は彼女の笑顔を緑から守護出来たのだろう、とクリネは感慨に浸る。

 クイナ自身食事もせずずっと来ていた上とてもじゃないがあの魔の果実を食べて自身の緑からの純潔を守れるとも思えないのでもはや時間が無い事は分かっていた。こうしてクリネとの親交を育んでいても何処かふらふらして来ていた、回収されずにいる血も大分流し過ぎてしまった。後ろ髪引かれる思いでは有るが自分には自分の役目がある、クリネもきっと背中を押す為によろける身体でラブレターを寄越したのだろう。羽根のお守りを二枚、元の持ち主に返す。間接キスの果実の上に元緑の根元が有った羽根イコール自分の羽根、クリネが涙と格闘する切っ掛けとなった食いかけの果実の上に元緑の羽先があった羽根イコールクリネの羽根を置く。見分けはもう付かないが自分とクリネの依り代だった物だ、クイナはちゃんとどちらがどちらかを覚えていた。自分が界泣に携えるのは、旅の間ずっと美しい黒をキープしていた羽根と髪飾りのみ。

 遂にクイナは界泣に乗り込んだ。どこにそんな重量を支える力が有るのか界泣は乗り込んでもびくともせずに静止している、支柱が無かった橋と同じで魔法じみていて可笑しくなる。クイナは髪飾りと羽根でストック擬きをまた作り、界泣の内側で座り込みながらスキーで滑る仕草をしてみせる。好きだよ、大好きだよ。クイナは界泣がまだ自分を取り込んで完全な閉じた球を構成していなかったので思わず降りてしまった。間接キスでは足りない、そもそも果実は齧ってすらいない。まずクリネが寄越してくれた未だ何処も齧られていない果実に口付ける。そして次にクリネがラブレターを(したた)めた嘴にしゃがみ込んで口付ける。クリネは段々とひたすら二回目の啄みをしようと試み続けていた頃に精神状態が傾きつつあったのだが、自分が遂にキスされたと言う事実で驚きと共に小覚醒した。一瞬丸めた体から開かれる翼。クリネの脳裏では、喜びで天を旋回する自身の姿が有った事だろう。

 再び界泣に戻るクイナ。戻った時涙がまた流れ落ちたのだがその涙を決定打として取り込んだのを合図に界泣はクイナを完全に取り込み急発進した。振り返った時もう既にクリネの座っている場所はかなり遠くになってしまっていた。

「好きー!」

 とそこで絶叫したがクリネの所まで届いたのだろうか。クイナは何処に向かっているのか知っている、あの大穴だ。あそこまで思わせぶりな存在が何もこの旅路に干渉しない筈が無い。ここでお腹の虫が鳴る。自分のエネルギーももはや尽き掛けている。決意を湛えた凛とした顔で羽根を刺した髪飾りを改めて装着する。クリネに貰ったまたとないカイナ・クイナとしての最後の大舞台。これを達成せずには、クリネに顔向けは出来ない。

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