8無し7.4「癒し手クイナ」
果樹園でクリネが左頬を癒す事を咎めたのを覚えていたクイナは倒れ込んでいる彼を拾い上げた時、自身が今後緑の浸食が止まらない彼に対し継続的に癒しを行使する事になった際最小限の流血で済む様に、彼が丸めて翼と足を収めている体の下腹部のみを右手で支える事にした。左手には両方の果実をまとめて抱えている。まだ現時点では下腹部までは緑の線は来ていないが、もうクリネの体で線が入って居ない部分を探す方が難しい。それにクリネの体重を身を以って感じたのはこれが初めてだったがなんと言う軽さだろうか。こんな小さな体で精一杯の頑張りを届けてくれた相棒に頭が下がる想いだ。
そしてクイナはクリネの視線誘導のままに涙とのレースが終着した地点に向かうが、涙が空中で消えたポイントの真下の地面には雨粒がまとまって一箇所に落ちた様な水の円模様が出来ていた。だがクリネが見届けた感じ涙は落下でなく消えていた、一部がここに目印を残したのだとしてもその全体は秘匿されている何処かへ消えたのではないだろうか、丁度クイナの流した血が消滅し緑の川の礎となったであろう時の様に。クリネがずっと気になっているのはこの世界における透明な液体の欠落だ、緑の汚染水と対を成す所の純粋で透明な液体は一体何処に隠れて集っているのだろう。まだ「心」と言う物の感知はクリネの精神的アンテナには来ていないが、その正体については緑の汚染水と表裏一体であろうとは予測していた。代償を払ったとは言えクリネが涙の、それもクリネやクイナが14歳世界で流したそれが取らなかった挙動として辿った高速の軌跡を逃すまいと執念で追ったのはそんな長らくの発想に基づいての行動だったので無理からぬ事ではあった。
ここに来てクリネはかつての14歳世界を憶う。クイナの血が、クリネを拾い上げた時便宜上触れてしまい緑の線を癒す事となったその代償としての流血の跡が、現地点から20m離れている彼の不時着地点には残っていた。あちらの世界でもやろうと思えば果樹園の向こう側でなら癒し手の血が地面に残った、と言う事では無いだろうか。つまり、クイナ落下時の獏による血の舐め取りと恐らくイコールである所の体内血流の復活が発生せず即死以外の手段で比較的楽に死ねる。この試練で使徒と亜神が置かれていて然るべき中心地点から抜け出ると段々と重力遮断に代表される夢か魔法の様な物理現象上の異常の影響半径が薄くなって行くと言う事か。であれば、状況はかなり良くない。クイナは今後癒しをクリネに施しつつ地面にも回収されない血を流出させる事になるだろう。橋の上での試練がクリネ主眼の物だったとすればこちらは正に試練の主格たるクイナの在り方が追及されている。クリネがクイナに触れない様にするのは今からでもなんとかはなる、クイナの持ち歩く果実を二者の緩衝材かの様に扱い、彼女が支え持つその上でクリネが彼女に触れる事の無い様静止していればいい。ただ緑に染まらない部分が無いとクリネは近く絶命する、常から一心不乱に勝手な事を語りこちらだよこちらがいいよと呼び掛けている緑の声の世界に魂ごと連れ去られて行ってしまう。だから今の状態は最適解かつ逃れ得ぬ最悪の事態と言えた。苦否、彼女の癒し手としての苦を否むと言う側面は今重要局面でその真価を問われていた。




