6のがたり「心の宝物」
クイナにはどうする事も出来ない。友人があえて何も事の核心を語らずここまでやって来たのだ、「どうしたの? 何が苦しいの?」と言う言葉を発する事は恐らく今までの彼の隠蔽の努力を無に帰する事に繋がる。何も分かってあげられないなりに彼女は想像したいがあまり考えてしまうと結局緑に染まっている彼の中の理解と染まらずに来られた自分の中の理解が合致した時が怖いのでそれも極力しない様にして来た。だが今回ばかりは相棒の苦しみ方が常軌を逸している。クイナは彼の羽根付きの髪飾りを左手に強く握りながらグロンと言う世界の邪神に祈る、刹那の期間とは言え今までここで過ごして来た上で二人に与えられていた安らかさの欠片、どうかこの橋を渡り切るまでの間はその全てまでを彼から奪わないであげて下さい、と。
またクイナはクリネが今ですら泣いていない事に気付いた。ロック調の一番星の歌で一心不乱に遊んでいて羽根に汗が付いた時にそれを涙に準えて泣き虫だと茶化してしまったのは大分状況が呑み込めていない軽率な行為だったのかも知れない。それこそクイナが理解したらその身に緑が紛れ込み兼ねないような、今の事態を超える狂気の何かにクリネは触れる機会が有ったのでは無いだろうか。そもそも緑を獲得しない事がこの世界を往く上での正解である保証は無い、がクリネはその一念に賭けている、何を隠していてもその事は十二分に伝わっている。それを無下にする気など無いクイナはただひたすらそれを尊重し自分の成すべき事をしたいと言うだけだ、見えている物が違う二者の片割れとして。
そして何時しか徐にクイナは知らず知らず、歌い出していた。鼓舞する男性ボーカル曲メインだ、力強い歌で勇気付けたかった。クリネは最初の方こそ聞く専門で留めていたが、時折緑の声などなにくそとアレンジを加えて途切れ途切れに彼女へ返答をよこした、しかも女性ボーカル的解釈での柔和なアレンジだ。どんな形であれ相棒との対話が成立した事がクイナには何より嬉しく宝物の様に思われた。魔のベルトコンベアーが足の自由を許すタイミングでまで歌ってしまうともはや何の為の励ましなのか分からない本末転倒な事になるのでそのタイミングだけは逃さない様注視しつつ、彼女はもはや限界に近い筈のクリネが時たま届けてくれるアレンジのお茶目な茶化しに負けないレベルの勇壮な歌声を届け続けた。
両者足の自由が来た。クイナのタイミング逃しへの心配をよそにクリネは透かさず上空へと翼を広げ、己の精神を休める、自分の為、愛すべき相棒クイナの為。その時にも届けてくれている伴奏はしっかりと男性ボーカルオリジナルの物だった。丁度自分が崖に辿り着くちょっと前にやっていた、鼓舞する男性ボーカル曲を音遮断タイミングで女性ボーカル曲に変えて紛れ込ませていたカオスなメドレーの時を思い出す。クリネがあえて見せず懐に抱えこんで苦しんでいる物も、こうして届けてくれる陽気さや強さの中に見え隠れしている。そう考えると別に全てをひけらかしてくれる必要などは無い。大事なのは、クリネが自分が、紆余曲折あれどこの世界において四面楚歌と言う事は無く大丈夫だ、と言う事だ。別れの時は恐らく近いが、それでも出来る限りそばに、そばに感じられる様に自分は在り続けたい。その一心が、クイナを支配する挫けない気持ちの根源だ。




