ス2ーリー「星の無い空と星の川と」
辿り着いた場所、そこは一言で言えば崖だった。川の方にクリネが偵察に行った所川が激しく滝となりそして下方にカイナ・クイナ達の役目を終えた血に連なる物と思しき緑の水が大量に流れ込んでいる。辿り着いた時はその後何が有ってもいい様に就寝して空腹の苦痛で起きて果実を食べるまでのサイクルをやっておこう、そしてそれとは別に蒼の薄明を待とう、なんならその為にサイクルはもう一巡してもいい、としていたのだが後者はもうすぐそこまで来ているのが今までの肌感覚で分かった、茜と蒼の間の色に微睡む空が今現在二人の頭上を覆っていた。星の一つすらそこに映さぬ空。ならばやる事は一つ、と二人は兼ねてからの計画を実行に移す。またギリギリ川の光が視界に届く丘を見つけて置いたクリネの誘導の元そこへと足を運ぶクイナ。これから始まる二人の最後のオンステージの為である。
例の一番星の歌だが今回ばかりはこれから待ち受ける戦いに際しての歌と言う事で以前クイナの覚醒を促したロック調を基調とした男性ボーカル版の体で歌い込んだ。この曲には現世でも男性ボーカル版は無かったので、イマジナリーなオリジナル・ヴァージョン楽曲が幽世のここで完成してしまったと言う皮肉な話になった。歌い終わった時この曲の童謡的な番組におけるミュージック・ビデオにもそんなシーンは無かったのにクイナは人差し指を高々と上げるとても可愛らしさを常日頃追求しているとは思えない人物の振舞いとしてフィニッシュ・ポーズを決めていた。髪を振り乱して歌って居たせいで今まで何が有ろうと落ちた事の無い金の髪飾りも流石に位置がずれていたので彼女は一旦それを元に戻す。クリネの羽根を含め髪飾りは汗で濡れていた。
「あー、泣き虫クリネの羽根が泣いちゃったよー。鬼気迫るボーカルが怖かったのかな? ん?」
と隣でロックの燃え上がる様な伴奏をひたすら付き合ってくれた相棒の左頬をよしよしと一撫でする。可愛いへの道は何処に行ったんだよ、何故鬼気迫るをそんな誇らしげに言っているんだと自分を危機的状況に追い込み兼ねない邪なツッコミが浮かんだがそれはこの中途半端な藍色とも言えない夜空擬きに架空の脳伝達で捨て置いた。
その後は歌の熱演で疲れた二人で寄り添い合い、感傷的なゆったりとした時間が流れた。件の一番星の歌も童謡の枠でテレビ放送されていたオリジナルの穏やかな雰囲気を取り戻していて、彼女が鼻歌で歌い、彼が静かなトーンのジャジーでお洒落な伴奏で流すと言うスタイルに落ち着いた。音が途切れる度、クイナは好き、と言っていた。それはこのクリネと言う相棒の事なのか、この世界の旅の日々なのか、今この瞬間を流れる優しい時間の事なのか。なんにしろそれはクリネが隣に居てこその話ではあった。何度目かのその音遮断の隙を突いてのラブコールは半分だけの”き”が聞かれてしまう事になる。丁度クリネがやった<そのホウが……いい>の逆の失態と言える。クリネにはあの時の質問の鬼の様に詰めて来たクイナを真似しようなどと言う気はさらさら無かったがそれでも聞いてみた。<き? 『何』のコト?>と。彼女はうっかりしたなあと自分の頭を軽く小突くとこう告げた。
「嫌い…って言おうとしたんだよ、この世界グロンが。もう一個の意味は内緒だよ」
もう一個の意味と含みを持たせてくれた事はクリネの希望になった。いつか聞き出せる日も来るだろう、そしてこの死と言う流れ作業しかカイナ・クイナに明け渡して来なかったグロンと言う世界自体をも見返させる様な快演を二人でならばそう遠くない未来、響かせられるに違いない。星の無い空ならば一番星となり輝くのはこの二人なのかも知れない。




