はな4「高度飛翔の夢」
「もうクリネと会えない夢見ちゃったよ、せっかく抱き枕になって貰ったのに。まあいつもあまりいい夢は見ないからねぇ」
と舌を出しておどけて見せるクイナ。どうもクリネが見た異様な光景と彼女の夢見はそこまで強くリンクしていない様でそれに彼は心底安堵した。それに差し方が強固だったのか髪飾りの自身の羽根も落ちていない。元より残りの二枚が入っているポケットはサバイバル世界での衣服の機能美としてかチャックが有った。何も、無かった。クイナもいつも通り食事をし笑っている。ただそれだけでいい。空は茜色の場合が多いのだがご多分に漏れずその色合いが支配する状態に戻っていた。
「川は普段はああ言う姿なんだねー、綺麗だけどあれを見た後だと地味だなぁ。…あれ、涙の跡が有る。クリネ怖い夢でも見た?」
クリネ側はいつも通りでは無かったのが見透かされてしまった様だ。いつぞやの暴力的な愛撫を抑えめにしたそれでも少し力のこもったそれがクリネの左頬を包む。右頬も危険な部位を避ける形で少々は指先で拭い取って貰った。
「クイナさ、いつか10m位は飛んでみたいと思ってるんだ。だってここに来た時のあのお間抜けな怪我込みの5m位の飛翔がクイナ選手の最高記録でしたーじゃ格好が付かないじゃない? 勿論今の地形でそれが出来る環境に有るとは思わないんだけど、でもさっき眠る前この丘に上がった時ふと思ったんだよね、いつかは出来る日が来るって」
クイナは慰めの言葉を選んだと言う意味なのか、快活にそう言い放った。クリネの心が曇った例の事象と裏返しの様な話で彼は彼女の直感的な言葉選びの巧みさに感心した。クイナは丘の先端に立ち両腕を一直線に水平に伸ばし何かの体操選手の様に構えを取っている。夢時空としての無重力状態はそんな鳥擬態の姿勢が役に立つ話では無いのだが、先の宣誓への意気込みでポーズだけでもやってみていると言った所か。丘の高低差は丁度6,7m程度で、クイナの最高記録と重ね合わせれば10mは軽く超える。その高さからまた無重力そのものと呼ぶには浮遊が自在な空間が維持されている間に地上へ戻るか、もしくは運悪く落下が始まったとしても10mちょっとの落下の間に重力の再失効が訪れるのに賭けるかすればクイナの当座の夢は今この場で実現しなくもない。だが命あっての物種、そんな簡単に今まで細々と繋いで来た命で割の良くない賭けにベットする程の蛮勇はクイナには無く、体操選手は何もその構えを活かす事無く撫でられた時のままの姿勢でクイナを見ていたクリネの方に戻って来た。
「クイナは緑になったクリネが見ている物を全部は知らない。でも何かを抱えて生きているのは分かる、一緒に寝ているだけで笑っている側と泣いている側に分かれているんだから。だからせめてね、遠くへ飛べるクリネが近くに感じられる様、自分に出来る事はやってみたいんだ。それがさっき口にした高度飛翔の意味のつもり。クリネがくれたカイナって重しの取れた名前に相応しい自分を探してるよ、今もずっと」
クリネは亡霊の声が齎す情報を大体は隠し通していたつもりだったがあまり上手くは行っていなかったのだとその時悟った。逆にそうやって核心たる事を共有せずとも自分を慮る事の出来る相手で本当に良かったと思う。クリネは処刑の時はか細い鳴き声だったが今度は力強い一鳴きをした。バカのハッピー野郎と言う意味だったがクイナには通じたのだろうか、鳴き声が飛んで行った方に無言で拳を突き出していた。




