もの5たり「処刑の光景」
クリネは気付くべきだった、亡霊の声の中に天の川観覧の描写が無かった事に。ある種の新発見などと浮き立つ感情論だけで先走ってしまったからこその失態だった、林における果実量の減少も観測されているつまり到達度的に歴代の中でもかなりの部分をクリアして来ているからと言ってこれだけ死者が積み上がっているこの世界で試されて居ない事などそうは残って居ないのだ。
クリネがうつらうつらしながらふと上空を見ると何やら30m程の所に点にしか見えないレベルで人影が有る。鳥ではない人が重力の悪戯を掻い潜って到底到達し得ない様な位置、しかも逆さ吊りで丁度宙返りの上下反対になって居る時の姿勢だ。クリネはこの世界に辿り着いて初めて涙を零した、全てが終わるその瞬間が近いと言う予感に泣いた。全てとは半身たるクイナの行く末だ、遥か上空で逆さになって気を失っているのか眠っているのかのクイナがそのまま重力を取り戻した空によって落下させられ地面に激突するとなったら大型使徒でもなんでも無い自分はそれを指を咥えて見ている事しか出来ない。仮に果実と自分とで一度限りのクッションになろうとしても自分無しではクイナは滅びへの道を早々に歩む選択肢しか取れないだろう。辞めてくれ、もうこの世界で変に楽しもうなどと欲は起こさないから、少なくとも忌むべき緑の華美さを殊更取り立てて騒いだりしてグロンと言う世界神の苛立ちを煽る様な事はしないからと言う意味で彼はか細い一鳴きをしてそして気を失った。
クリネが気を取り戻すとクイナはまだそばで寝ていた、自分を抱き枕にしている状態からは離れているがあの凄惨な処刑の光景はもしかして夢だったのだろうか。むしろそうであってくれた方が助かる、自分の記憶には嫌でもこびり付く汚泥としてそれは残ってしまったがだがクイナの平和を宿す心にそう言った軋轢を生む歪んだ思い出は増やさない方がいい、何度も言う様だがこの世界の緑浸食のトリガーはかなりのハッピー野郎と言わざるを得ないので潰せる可能性は虱潰しに潰してやらねば色々と主目的に邪魔となるし間に合わなくなる筈だ。
処刑の光景だが、もしあれが現実の事象だったら意識が無かった事が功を奏した。彼女が恐怖に戦き自己保身に走り2mでも5mでも自力で下降していたら重力と仲良く手を繋いでいるのと同じ事なので、もしかしたら彼女はこうしてクリネの横に戻れず、30m地点からの今回の落下時に有ったらしい重力の再失効前に地面にキスをして死んでいた。自分には頑なに渡してくれないキスを他に明け渡して葬り去られる彼女などたとえ現実だったとしての仮定の話でも想像したくなかった。彼はクイナに歩み寄る。唇を見つめている。楽しい会話を鳴き声しか上げられない自分に紡いでくれる魔法の場所。とりあえず段階としてそこまでは気を許してくれた抱き枕としての立ち位置を彼はまた取り戻す為、彼女のお腹の横で就寝の続きをする事にした。きっとおなかの虫が盛大にアンサンブルを奏でクリネを起こしてくれる筈だ。




