第三回/全三回
3回に分けて投稿します。
1章_聖霊樹の花畑 (老年期)
2章_放蕩の孤城 (中年期)
3章_魔王城 (壮年期)
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4章_時空の裂け目 (青年期)
5章_出逢いの酒場 (少年期)
6章_国王の城 (幼年期)
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7章_始まりの地 (乳児期)←■今ココ
8章_現実 (老年期)
終章_再び聖霊樹 (老年期)
■7章_始まりの地(乳児期)
お見送りは城門までだった。
衛兵に抱きかかえられた腕の中で幼児は乳児の体になった。
衛兵がずらっと並び敬礼で見送る中、乳児は街道をハイハイで歩み出す。
勇者の装備は脱ぎ捨てられ肌着姿だ。
首から下げたコンパスを引きずっているが、乳児は見ずとも本能的に方角が分かった。
これまで進んできた道のりの中で一番のどかな景色が広がる。
ここは始まりの地なのだ。
冒険の出発地点。
未熟な冒険者でもやっていける安心安全な場所。
旅の終わりが近づいている。
どうやら途中で打ち切られることなく完走できそうだ。
いや、そうあって欲しい。ただの願望だ。
打ち切られるなんてこと、あっちゃいけない。
ここで終わったらこの逆さまの冒険は何の意味もなくなってしまう。
◆
街道から小道に入り小道から獣道に進む。
小さな森、つまり林を分け入って獣のように四つん這いの乳児が駆け抜ける。
うんしょっ、うんしょっ、うんしょっ、うんしょっ
うんしょっ、うんしょっ、うんしょっ、うんしょっ
ハイハイ歩きで雑草の海を掻き分け赤ちゃんが目的地を目指す。
うんしょ… … …うんしょ… … …うんしょ… … …うんしょ
うんしょ… … …うんしょ… … …うんしょ… … …うんしょ
乳児はハイハイの速度を徐々に落としていった。
… … …うん… …しょ… … … … … …うん… …しょ… … … … … …
… … …うん… …しょ… … … … … …うん… …しょ… … … … … …
エネルギー不足。
小さなその体に蓄えられているエネルギーは残りもうわずかなようだ。
… … … … … … うん… … … … … … しょ… … … … … … …
… … … … … … … … … … う…ん… … … … … … … … … …
完全停止。
乳児はついに両足を前に投げ出し座り込んでしまった。
辺りはシーーンと静まりかえっていて空気は冷んやりしている。
………。
乳児の目から生命力の光が失われ涙が溢れ出す。
そして天を仰ぎ泣きじゃくる。
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
赤ちゃんができる精一杯の最後の抵抗、SOS信号発信だ。
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
うんみゃー、うんみゃー、うんみゃー
「おなか減ったんでしゅか?」
乳児の頭の中に声が響く。SOS届いた!懐かしい声だ。
「もう一息でしゅよ」
舌足らずな声は言った。
「しゅき嫌いは、ありましゅか?…なんてね、赤んぼはミルクしぇんもんでしゅよね」
そして、こほんと咳払いをした後、厳かに呪文を唱えた。
「もんじゃらほい。おしゃしみ、しゅのもの、おしゅいものーー」
乳児の頭上から光の粒子が溢れ出て近くの木に降り注いだ。
ぼしゅっ。しゅーー、ぽんっ!
木からの転がり落ちたパパイヤの実が乳児の足元までやってきた。
パパイヤはパイパイヤになっていた。つまり、おっぱいの実だ。
乳児はその実を両手で抱える。
実の先端に吸い口があり赤んぼはそれにむしゃぶりついた。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ…
乳児の体内にエネルギーが充填されていく。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ…
魔法のミルクが五臓六腑に染み渡る。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ…
小さな手足に力がみなぎる。よし、満タンだ。
乳児の目に再び光が宿り再び四つん這いの体勢をとった。
「勇者しゃまっ、しゃあっ、しゅっっしゅめぇーーーっ!」
静かな林に幼女の声が大きく響いた。
◆
鬱蒼とした木々に囲まれ隠された小さな祠に辿り着いた。
何かが祀られているようだ。
乳児が近づくと祭壇のロウソクに灯がともる。
ぼぅふっ、ぼぅふっ…、すーーーーん、しゃらーーんっ
祭壇の奥が仄かに光り、そこから心の中に語りかけてくる声が聞こえる。
ワタシハ コノ VRテンセイ プログラムノ 創造主 デス。
神ト ヨブヒトモ イマス。
抑揚のない奇妙な声だ。
ピピピッ。
ギーガガッ。
何だか気分が台無しにされるような異音も聞こえる。
コノ バショヲ モッテ プログラムハ シュウリョウト ナリマス。
オツカレサマ デシタ。
せっかくこの異世界で転生者として頑張ってきたのに何でこんなことするんだ。
普通に…ファンタジックでスピリチュアルな雰囲気で締めてくれても良いじゃないか。
ぶち壊しだ。
ソンゲンヲ モッテ ミズカラノ サイゴヲ キメル。
コレハ アナタノ オーダーニヨリ ジッコウサレタ プログラムデス。
ゴリヨウ アリガトウ ゴザイマシタ。
これは何だ。何の茶番だ。
冒険の末に待っているのが、これか。
………。
この憤りは乳児のものなのか。それとも別の誰かのものなのか。
アナタハ イマ キロニ タタサレテ イマス。
アナタガ コノ サカサマノ ボウケンデ ナニヲ カンジタカ。
ドンナ イミヲ ミイダシタカ。
そんなことは大きなお世話だ。
創造主 だか神だか知らないが、とにかくその抑揚のない喋り方が気に食わない。
およそ冒険の最後に相応しくない。
少なくとも、ここの世界観と合ってない。
コレハ アナタノ ジンセイヲ ボウケン ヘト ヘンカンシ…
サイコウチク ギャクサイセイ シタ プログラム。
イッケン カンケイ ナサソウナ ジショウモ ツナガッテ イミヲモツ。
テンセイ ユーシャ ミートボール コンパス ボーケン
ナカマ ヘーワ ゾクヘン クリエイター プレイヤー
※ ※ ※ ※ ショーリャク サレタ エピソード ※ ※ ※ ※
ハナタレボーズ キイチゴノジュース リッパナオヒゲ
ピピピッ。
ギーガガッ。
ヨク カンガエテ キメテ クダサイ………
【Q】ウマレ カワリ マスカ?
・【A】ハイ
・【B】イイエ
本当にこのまま終わるつもりなのか。
味気ない…無味乾燥で平凡な問いに答えて終わりなのか。
もっとやりようがあっただろうに。
↓ ↓ ↓マルチエンド。結末はこの下に。
………
………
………
………
………
■8章_現実(老年期)
【A】ハイ
あなたはハイを選択し異世界から自分の意思で現実に戻った。
集中治療室で医師と看護師に取り囲まれ、まさに手術が始まろうとした矢先のことだった。
老人は易々と上体を起こし自らに繋がれていた無数の管を末期患者とは思えない力で引き抜いた。
そして満足そうな表情を浮かべて再び仰向けになり目を閉じた。
老人から魂が抜けだす。
魂は同じフロアにある分娩室の方に吸い寄せられ入っていった。
◆
結末:あなたは死亡した。
本人は生まれ変われると信じている。
それ以降のことは当方のサービス外にあたるため関知しない。
↓ ↓ ↓【B】イイエの結末はこの下に。
………
………
………
………
………
■終章_再び聖霊樹(老年期)
【B】イイエ
あなたはイイエを選択し生まれ変わりを拒否、異世界に残ることを選んだ。
乳児は宙に浮き雷聖霊の案内抜きで出現した時空の裂け目に吸い込まれた。
にゅわんっ…しゅぼっ!
ギーガガッ。
ピンピロリーーンッ。
アナタノ タマシイハ サーバーニ アップロード サレマシタ。
モウ アセル ヒツヨウハ アリマセン。
エンドコンテンツヲ ゾンブンニ ゴタンノウ クダサイ。
気に食わない抑揚なき声が聞こえた。
また悪態をつきたくなったが止めにしておこう。
◆
落とし穴に落ちたようにモヤモヤの空間を落下する。
落下の最中、乳児の肉体は成長していった。
幼児…
少年…
青年…
青年を過ぎた以降は老化と言った方が適切か。
壮年…
中年…
老年…
なんだ…老人に戻るのか。
ちょっとがっかりする自分がいた。
にゅわんっ…しゅぼっ!
狭間から吐き出され辿り着いた場所は見覚えのある場所だった。
◆
一方現実では集中治療室で無数の管に繋がれた老人が医師の奮闘虚しく亡くなった。
死亡診断書には末期的病状が悪化したためと書かれたが実際は違った。
老人の体から魂が抜き取られたため。それが本当の死因だった。
◆
青空。花畑。聖霊樹。
ここは異世界転生の出発地点だ。勇者の冒険の終着地点とも言える。
丘の中腹に目をやったがテーブルにはピクニックセットがなかった。
辺りに小動物や小鳥の気配はあるが人の気配はない。
女の子は留守か。
それともあの時たまたまここに来ていただけなのかもしれない。
以前ここで目覚めた時と同じぐらい年老いた男は聖霊樹を見上げた。
この樹が…この異世界の中心なんだろうな。老人はそんな風に感じた。
コンパスはまだここにある。
そうだな、また旅に出るか。
………。
しかし、なんだかぐったりと疲れていた。
聖霊樹から視線を落とすとその根元にある小さな墓石が目に入った。
興味惹かれてノソノソと近づいてみる。
苔むした墓石には銘が彫られている。
~世界を救い、世界から必要とされなくなった勇者、ここに眠る~
立派な墓ではない、こじんまりしたものだ。
墓碑銘の内容からすると多分勇者自身が己のために作った墓なのだろう。
墓の下に小さな扉があり開いている。
地下に通じるこの扉から降りていくと棺があるのだろう。
棺はきっと空だ。
勇者は私。私はここにいるのだから。
◆
先ほどの神様による選択肢に続いて、また人生の選択をしなければいけない。
さあ、どうする?
【A】再びコンパスの示す地を、今度はじっくり巡る
【B】この異世界の別の面を探すため、当て所のない旅に出る
………。
でも今は地下の棺に心が惹きつけられる。
【C】勇者の墓で眠りにつく
別に死にたい訳ではない。
でも今は旅をやり終えた達成感で満たされ燃え尽き症候群なのだ。
この満足感と疲労感を抱いたまま旅に出るのは難しいように思えた。
老人の足は自然と地下へと向かった。
◆
やはり棺は空だった。
勇者は棺の中に体を横たえ、そっと目を閉じた。
もしかしたら…そのうち…
魔王が復活し自分が必要とされ王様の勅令を携えた兵がここを訪ねてくるかも。
そんなこと、あるかな…あったとして受けるべきかな。
………。
もういい。今は眠りにつこう。
◆
結末:あなたは死亡した。
生まれ変わることを拒否したため現実での生まれ変わりの可能性はなくなった。
代わりに魂がデジタル化されたためサーバーが存続する限り魂は消えない。
今は墓の中だが気が変われば神様にリクエストすればいい。続きが楽しめるだろう。
………
クロキのびた(←) (→)たびのキロク
あるいは、
転生者が遡行せし予め成し遂げられた冒険とその憫然たる旅の残滓
※ 遡行 …流れをさかのぼって行くこと
※ 憫然 …あわれむべきさま
※ 残滓 …(用に供されたあとに残る)価値のないもの
おしまい