第一回/全三回
3回に分けて投稿します。
1章_聖霊樹の花畑 (老年期)←■今ココ
2章_放蕩の孤城 (中年期)
3章_魔王城 (壮年期)
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4章_時空の裂け目 (青年期)
5章_出逢いの酒場 (少年期)
6章_国王の城 (幼年期)
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7章_始まりの地 (乳児期)
8章_現実 (老年期)
終章_再び聖霊樹 (老年期)
■1章_聖霊樹の花畑(老年期)
目覚めると青空。そこはなだらかな丘に広がるお花畑。
丘の上には木の根が絡まったような太い幹をもつ聖霊樹が見える。
丘の中程に野ざらしのテーブルがあり木製の皿や椀が並べられている。
ピクニックのようだ。
傍には地べたに布が敷かれていて寝巻き姿の老人が仰向けになっている。
その横には幼女がちょこんと座っている。
女の子は料理を作っている。
お皿にちぎった花を、お椀には泥団子を。
「しゃあ、起きなしゃい。あしゃごはんでしゅよ」
女の子が老人に声をかける。
老人は寝ぼけているのか仰向けのまま花畑やピクニック道具をぼんやり見ている。
「まじゅは、しょの体を起こしゅのでしゅ」
老人は強く促されてようやく起き上がろうとする。
すがるものがない状態で地べたから上体を起こすのに一苦労。
よいしょと起き上がる時に聖霊樹とその根元にある小さな墓石が目に入った。
そこに割り込むように満面の笑みの女の子が老人に顔を近づける。
「ごちしょうを召し上がれ。勇者しゃま」
◆
「しゃあしゃ、召し上がれ〜」
ままごと遊びに付き合うのは久しぶりな気がする。いつからぶりだっけ?
老人はいつの頃からか思い出せないばかりか自分が誰かも分からないことに気づいた。
分かるのは自分が年寄りだということ。
シワだらけの手や上体を起こすだけであんなに苦労したことから、それは察知できた。
それ以外のことは何も分からない。だが不思議と焦りや不安はなかった。
ここは平和だ。なぜだか断言できた。
自分が誰か分からなくても困らないし、そんなことはちっぽけなことだ。
そう言えば女の子が自分のことを勇者と呼んでなかったっけ。
「しゃあ、どうじょ〜」
老人の目の前に皿と椀を突き出す女の子。
「むしゃ、むしゃ、むしゃ」
老人はちぎった花や泥団子を食べるフリをした。
「あれぇ?しょうじゃないでしょ。真似じゃダメでしょ。ちゃんと食べて」
そう言ってぷりぷり怒っている。無茶を言う子だ。
「う~~~ん………」
困っていたら女の子ははっと気づき、顔をくしゃくしゃにした。
「あーーーっっっごめんなしゃいっ。おまじない、わしゅれてた。。」
女の子は半泣きになりながら急にかしこまり、うやうやしく唱えた。
「もんじゃらほい。みしょかしゅゆーたら、しゅしゅけて、みえたー」
小さな手のひらから光の粒子が溢れ、椀と皿に降り注ぐ。
ぼしゅっ。しゅーー、ぽんっ!
泥団子がマッシュルーム入りの熱々のトマトソースがかかったミートボールに。
ちぎった花がクルトンとたっぷりチーズがかかったシーザーサラダになった。
気を良くした女の子はさらに呪文を唱える。
「もんじゃらほい。しょのしゃとうのしゃじかげん、じぇちゅみょょぅう」
涙は引っ込んで女の子はノリノリだ。
ぼしゅっ。しゅーー、ぽんっ!
野ざらしのボロテーブルが立派なダイニングテーブルセットに。
木製で歪な形だった皿と椀も陶器製の高級品になった。
そして寝巻き姿の老人は中世の貴族のようなサテン素材の豪華な服装になった。
タイツ姿でつま先が尖ったエナメル靴なのは滑稽に見えるが、これで正装のようだ。
◆
料理はボリューミーで味も良かった。
テーブルや食器類は高級感を演出し料理の味を引き立てていた。
衣服は着心地が良くてとても具合が良かった。
ピクニック…というかおままごとだったのに、おまじないでこうも変貌するとは。
ここはそういう風な世界なのね…なる程。
女の子と笑顔でしゃよならして老人は先に進むことにした。
豪華な料理をたっぷり食べ、身なりを整えて老人は少し若返った気がした。
■2章_放蕩の孤城(中年期)
お花畑の丘を後にして今や老人から中年へと若返った男は軽い足取りで道を進んでいた。
山道のアップダウンでは体が少しギシギシするが大きな問題はなかった。
男は壊れたコンパスが指し示す方角を目指していた。
このコンパスは別れる時に女の子がくれた。
朝食の残り物で作ったミートボールサンドイッチのお弁当と一緒に。
女の子の事情説明は少し要領を得なかったが3行でまとめるとこんな感じだ。
・あなたは勇者様
・魔王から世界を救ってくれてありがとう
・コンパスの示す先を巡れば懐かしい人に会えます
男は記憶をなくしているが自分が勇者で世界を救ったという話は気に入った。
でも努力はせずに栄誉だけ頂いた気もして少し後ろめたさもある。
とにかくコンパスの示す先を目指してみよう。
懐かしい人とやらに会えば記憶を取り戻す手助けになるかもしれない。
正直記憶がないことはそれ程気にならないが、くれたコンパスには何か意味があるのだろう。
◆
とても立派だが寂れた邸宅にたどり着いた。
家というよりは城という方がしっくりくる風格だ。
門が開いていたので敷地に入る。
庭園は遊園地のような趣向が凝らされていた。
生垣で作られた迷路、くり抜いた巨大倒木の滑り台、怪物や戦士の石像などなど。
回転木馬や高速トロッコといった大掛かりな遊具まである。
それら全てが野晒しにされ朽ちかけていた。
かつて華やかだったであろうものがその輝きを失う。
その現状を見せつけられると人は郷愁を感じる。
◆
かつて遊園地だったものを通り過ぎ邸宅の入り口にたどり着いた。
そこには品の良さそうな老人が立っており近づくとうやうやしくお辞儀をして言った。
「お帰りなさいませ、お館様。聖霊樹のお嬢さんから知らせを受け、お待ちしていました」
老人は邸宅の裏側に案内したいと言って歩き始めた。
かつて勇者に仕える執事だったと言う。
「あなた様は魔王を倒し世界を救った後この邸宅に引き篭もりました」
「王様からかかるかもしれない次の討伐依頼に備えて修練を怠らずに」
「でも声がかかることはなかったのです。世界はずっと平和でした」
「あなた様は心の隙間を埋めるように冒険譚の再現に取り組まれました」
「冒険で得た宝や王様からのご褒美を注ぎ込み、できあがったのが先程の庭園です」
邸宅裏のひっそりした墓地に到着した。
「あなた様は紛れもなく英雄。でも使命を全うし寂しそうでした」
「時々ここにいらっしゃっては、かつての仲間達と語らっていらっしゃいました」
老人はうやうやしくお辞儀し去っていった。
◆
邸宅の裏庭にあるお墓は全部で3基。
庭園でも見かけた戦士達の石像が墓と対になるように設置されている。
戦士、魔法使い、賢者。全員女性のようだ。
石像が淡く光り声が聞こえてくる。
「懐かしいな、勇者殿。記憶なくしたんだって?」
今にもその大太刀で切り掛からんとする勇猛果敢な構えをした女戦士の石像が話しかけてくる。
「私たちはかつての旅の仲間。あなた以外魔王の戦いでやられてしまいました」
ケープを翻し大気中の精霊力を集めるように両手を広げた魔女の石像が続ける。
「私たちが死んだのは世界を救うための必然。後悔はありません」
片手で持つ長方形の石板を見つつ、もう片方の手で何かを指差す体勢の女賢者の石像が言う。
男は何の感慨もなかった。記憶をなくしているからだ。
でも先ほどの寂れた遊園地に郷愁を感じたように彼らの言葉から深い信頼の念を感じとった。
この幽霊達と共にかつて魔王を倒す冒険をしていたのか。
女戦士の石像が言う。
「そう、自己犠牲に後悔なんてない。民に感謝されてるし」
魔女の石像が続ける。
「あなたの遊園地のおかげで私たちの冒険は民の心に刻まれた」
女の賢者の石像が言う。
「でも…新たな討伐で再び必要とされて復活!」
賢者は微笑みながらもどこか悲しそうだ。
「…なんて展開を期待してなかったと言えば嘘になりますね…」
そう言えば執事も言っていた。世界はずっと平和だったと。
新たなる冒険…続編はなかったということか。
石像達が語らう覚えてない思い出話に男は一晩中つき合った。
夜ふけ過ぎ、魔法なのかそれとも単に幻なのか…庭園の遊具達が力を宿し動き出した。
遊具達が躍動感をもって伝える波乱万丈な冒険譚。
石像達が解説するその笑える裏話は愉快だったので知らない話とはいえ迷惑とは感じなかった。
旅の仲間の話をたっぷりと聴き勇者のかつての活躍を知った老人は少し若返った気がした。
■3章_魔王城(壮年期)
勇者が余生を過ごした邸宅…放蕩の孤城を後にする時、中年だった体は若返り壮年期の男になっていた。
経験値を詰み円熟味を増した戦闘力が最も高かった最盛期の肉体だ。
そして邸宅を出発する前に執事から勇者の装備一式を受け取り、それに着替えていた。
平和な世界なので怪物と出会うことなど無さそうだが貴族の格好よりも旅に向いているだろう。
コンパスが指し示す方角に従いズンズン進んだその先に禍々しいお城が見えてきた。
と言っても天気は良いしポカポカ暖かいし…蝶や水鳥が遊ぶように飛んでいるし。
お城の形状がやたら尖っていたりと不気味なだけで辺りの雰囲気はのほほんとしていた。
◆
城は湖上にある断崖絶壁の小島に建てられている。
湖のほとりからその小島には橋が架けられており、橋のたもとには宿屋がポツンとあった。
男が橋を渡ろうとすると宿屋の番台から声がかかった。
「お客さ〜ん、こっち、こっちさね〜」
男が近づくと宿屋の入り口にある番台に座った老婆がニコニコ話しかけてきた。
「お客さん、魔王城記念館へのご入場はお代を頂戴します〜」
老婆は堪えきれないように、にひっ…と吹き出す。
「ひーひーひーっ、嘘さね、勇者様からお代は頂けませんさね〜」
「ひーひーひーっ」
すがりつくように男にもたれかかって肩を揺らす老婆。
ちょとテンションについていけない男だった。
事情を聞くとこの老婆も例のお花畑の幼女から連絡を受けていたそうだ。
ここが元魔王城なのは本当で魔王が倒される前からここで宿屋を営んできたそうだ。
かつては魔王に挑む前の最後の宿屋として冒険者達で賑わっていた。
「あんたが魔王倒したせいで宿屋は寂れちった」
魔王が倒されてからは利用者が激減し勇者を恨んだこともあったらしい。
「けど、あんたの遊園地のおかげでまた繁盛した」
勇者が自宅庭園を民衆に開放し冒険譚を広めてから状況が変わった。
魔王城も再注目され観光客が訪れるようになった。
そこで魔王城を改築し安全に楽しめる記念館として公開したそうだ。
老婆はニコニコ顔だったが少し間を置き表情を曇らせて言った。
「ご覧の通り、それも一段落して今は細々とやってますじゃ」
「近頃じゃあ平和に慣れきって、勇者様の冒険譚も流行らなくなったんかの」
「それは仕方ないさね。平和な世に…そしてあんた…いや、勇者様に感謝すべきことさね」
◆
特別無料で魔王城の橋を渡らせてもらい城内に入った。
コンパスは城の奥を指しているようなので先に進む。
建物構造は外観と同様おどろおどろしい。
しかし漂う邪気はなく窓からは明るい光が差し込んでいて不気味さはない。
かつてここにも来たことがあるだずだが、やはり覚えはない。
魔王の間にあっさり到着した。
城内はかつて複雑な迷宮構造をしていたのだろう。
しかし記念館に改築された際に直通の昇降部屋が作られて気軽に来られるようになった。
気品と豪華さと悪趣味をごちゃ混ぜにして棘と骨をまぶしたような装飾の広間。
観光客もちらほら居る。
一番奥にある玉座に近づいた。
「ふわぁはははっ。これはこれは…ご苦労なことだな、冒険者諸君」
玉座が鈍い光りを放ち重低音で芝居がかった声が響いた。
「このセリフ覚えているか。貴様達と戦う前の第一声だ」
姿は見えない。トゲトゲの玉座がオーラを纏うように鈍く発光して見える。
「貴様達が我を倒す前、挑んできた数多の冒険者にもかけた定番セリフだ」
男は困惑した。
これは記念館が用意した催し物なのだろうか。
玉座の後ろ側を覗き込んでみるが何もない。
「いや、催し物ではない。観光客に我の声は届かない」
魔王は心が読めるようだ。
「記憶を失くしたそうだな。あの腐れ大木の頭お花畑娘から聞いておるぞ」
「どれどれ、かつての宿敵との会話でその記憶、蘇るやもしれぬ」
倒された魔王が倒した勇者と思い出話なんかしたいものなのだろうか。
そんな疑問も束の間、魔王は堰を切ったように一人語りを始めた。
魔王は自分がいかに強かったか、非道だったかを延々自画自賛した。
しかしそれぞれの話の結びに、そんな我を倒した貴様、もっとすげえ…
相手を立てる配慮も忘れなかった。
「我が企みと極悪非道の行いに悔いなし。しかし一つ心残りなのは…」
枯れかけた魔王の声が言った。
「次が必要とされなかったことだ。虎視眈々、復活の心算満々だったが止められた」
「創造主に…いや…」
かなり間を空けて魔王の声が言った。
「顧客にか…」
「我が復讐準備の片鱗を冒険譚の終わりに見られなかったのが、せめてもの救い」
魔王は落ち着いた口調で続けた。
「顧客に復讐準備を仄めかしておいてすっぽかすのは、この上なく格好悪い」
本人の強い希望にも関わらず魔王復活はなく世界は恒久の平和を手に入れた。
言い換えるなら続編の準備は徒労に終わった。
男は魔王との会話でこの世界のカラクリが何となく分かった気がした。
「これは比喩だ。浅はかにも額面通りに受け止めぬようにな」
別れ際、魔王の声は言った。
………。ふむ。
やっぱり分かってなかったかもしれない。
とは言え、この世界の成り立ちを垣間見て男は少し若返った気がした。
(第二回につづく)
第二回は明日投稿予定ですー