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ラブコメ短編

耳の聞こえない雪平さんがフリップ芸で俺を煽ってくる

作者: 忍者の佐藤

 

 朝、ホームルーム前の教室は騒がしかった。高校生になってニヶ月。もう既に仲の良いグループが形成されている。

 俺は一人教室の時計を気にしていた。あまりに毎日チラチラしていたせいか、この頃クラスメイトから「不審者」という不名誉なあだ名を賜っていたらしい。そんな是非とも返納させて頂きたいあだ名を付けられて尚、俺には妖怪チラチーラにならずにはいられない理由があった。

 8時25分。この時間に決まって彼女は現れる。

 その時後ろ側のドアが開く音がした。入ってきたのはスラリと背の高い女子だ。

 背も高いが、遠目に見ても彼女のはっきりとした顔の輪郭は、群を抜いて整っていることが分かった。

 ドアが開いたことで朝日が差し込み、彼女のオレンジがかった長髪が金色に閃いていた。きらめく髪をたなびかせながらゆっくりと歩く彼女はまるで、朝日を浴びた女神のようだった。

 さっきまで登校してきた生徒に対しては誰かしらが「おはよう」と反応していたのだが、彼女……雪平さんには誰も声を掛けようとしなかった。まるで意図的に目を逸らすように、全員が彼女を見ない。


 雪平さんはそんな事など全く気にする様子もなく、俺の隣に腰掛けた。

「おはよう」

 俺はいつものように挨拶する。

 しかし俺の言葉にも彼女は反応しなかった。いや、出来ないのだ。

 雪平さんは机の中から手のひらサイズのメモ帳とペンを取り出すと、手早く書いて俺の方に立てて見せた。

『おはよう』と丸い文字で書かれていて、文字の横には☀マークが輝いている。

 俺もすかさず、用意していたメモ帳に『おはよう』と書いて雪平さんに見せた。彼女はにんまりと口角を上げる。見るもの全てを虜にするような笑顔だった。

 そう、俺の隣の女子こと雪平さんは耳が聞こえないのだ。このメモ帳は、俺と雪平さんを繋ぐ唯一のライフラインなのである。

 以前、もっとスピーディーで自然な会話するため手話を練習した俺は、幾つか覚えて彼女に披露してみたことがある。しかし雪平さんは口をへの字に曲げ、かぶりを振るだけだった。その後メモ帳で手話が一切分からないのだと教えてくれた。聴覚障害者のことについて何も知らない俺は、そういうこともあるのかと納得した。


 何故全く冴えない俺が彼女と仲良くなれたのか、まあそれは別の機会に話すとして、今日は彼女との日常を切り取っていこうと思う。


 一時間目は倫理だった。昨日ゲームで夜ふかしをしていた俺は既に半分寝ていた。ただでさえ眠たいのに、古代ギリシアの哲学者がどうこう言われてもさっぱり頭に入ってこない。むしろ睡眠導入剤を耳からドバドバ入れているような気分だった。



「ではこの万学ばんがくの祖と呼ばれた哲学者は誰だったかな? 中原くん、答えて……中原くん!」

「ふぁ、ふぁい!」

 夢の世界に両足突っ込んでた俺は、反射的に立ち上がると同時に覚醒した。軽くパニックに陥っていたが、クラス中の視線が集中しているのを感じ、急速に俺の脳みそが冷やされていった。

「す、すみません、何でしたっけ?」

 社会科の先生は一度ため息を吐くと、先程と同じ質問を繰り返した。

「すごく有名な人物だよ。ここまで授業を聞いてたら普通に分かるはずです」


 普通に寝てましたすみません。もたついたため余計にクラスの注目度が高くなっている。やばい、やばいばやい! 俺今めっちゃ恥かいてる! このまま答えられなかったら笑いものにされるの確定だ!

 頭が真っ白になっていたその時である。隣から小さく机を爪で叩く音が聞こえた。

 咄嗟に見ると、雪平さんのメモ帳にこう書かれていた。『答え、教えてあげる』

 マジかユッキー! 頼む! 俺を救ってくれ!


 ちなみに何故、耳の聞こえない雪平さんが先生の言っていることを把握してるのかというと、彼女が読唇術の使い手だからだ。そのためほとんど授業で困ることはなく、たまに聞き取れないことがあれば俺が教えてあげることになっているというわけだ。今完全に立場が逆転しているが。


 雪平さんはサラサラとメモ帳に書き上げると、先生にバレないよう、俺の方に向けた。

『ア』と書いてある。

 え? まさかの一文字づつ……? そんなリボ払いみたいなことしないで一括で教えて欲しかったが背に腹は代えられない。

「ア」

 俺が言うと雪平さんがページをめくる。次は『カ』だ。

「カ」

 雪平さんは俺の言葉と同時にページをめくっていく。こうして俺の答えは完成した。


「ア カ チャ ン ホ ン ポ 」

「アカチャンホンポ!?」

 先生が目を点にして聞き返す。そう、雪平さんは非常にいたずら好きの性格をしているのだ。いつ何時でも、得意のフリップ芸(?)で俺を困らせるようと画策している。

「あ、いや、間違えました!」

 俺は両手を振って弁明するがクラスからは既に失笑が漏れている。俺はどうすることも出来ず、再び雪平さんの方を見た。彼女は既にノートを立てていた。




『次は本当の答え』

 いや本当に頼むよ! もう俺をはめる遊びも十分楽しんだでしょ!




『अरस्तू』                                          

 いや分かるか! 何語だよ! 頼むから日本語で教えてくれ!!




『繧「繝ェ繧ケ繝医ユ繝ャ繧ケ』

 何で手動で文字化けしてるんだよ! 余計に手間暇かかってんじゃねえかそれ!




『君のお母さん』

 そんなわけねえだろ! 俺の母ちゃん何歳なんだよ!




『※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※』

 全部伏せ字じゃねえか! 分かんねえよ! 安全性の高いパスワードみたいになってるよ!!!




『\(^o^)/』

 万歳じゃねえんだよ!!




『螽』

 急に漢字クイズしてくるのやめろ!や、やばい! 空気がやばい、心臓がこれまでの人生にないくらい激しく脈打っている。




『┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨』

 うるせえ!



「あー、もう座って良いよ。答えはアリストテレスです。中原くんもちゃんと勉強するように」

 ぶっきらぼうに言った先生は黒板の板書を再開した。一向に答えを言わない俺に業を煮やしたのだろう。

 クラス中から失笑が漏れる中座った俺は力なくうつむいた。顔から火が出そうだ。人生史上一番恥ずかしいかもしれない。

 そんな俺の肩をぽんと叩き、雪平さんは『どんまい』と書かれたメモを見せてきた。

 俺はこの時、復讐を誓った。




 次の日の放課後、俺はある企みのもと雪平さんを隣の空き教室に呼び出した。

 雪平さんはいつもの俺をからかうような笑顔で俺を見て

『何の用?』

 と書いて見せた。

「ふっふっふっ。これまで散々俺をからかって楽しかったかい?」

『うん●』

 と達筆な字で書く雪平さん。くそっ! ●には何が入るんだ……! 

『それより今日は言いたいことがあるんだ』

 メモ帳を見せると、雪平さんは表情を変えず、こくんと頷いた。雪平さんが笑顔で注目する中、俺は

 手話を披露した。


 今、俺がなんと表現したかというと、シンプルに「私はあなたが好き」である。

 そう、俺の企んだ復讐とは、手話の分からない彼女に、一方的に告白することだった。「好き」という気持ちに一切の偽りも冗談も無い。まだまだ一緒にいた期間は短いし、いつもいじられてばかりだったが、俺は明るくて、優しい彼女の一面にどうしようもなくときめいてしまっていた。


 当然、俺の手話を見た雪平さんはキョトンとした表情で首を傾げるばかりだ。ふふふ、困惑しろ困惑しろ。そして後で『何て言ったの?』と聞いてこい。絶対教えてやんないんだからな。

 彼女は何かをメモしようとノートを構えた後、しばらく静止した。そして急にペンもノートもポケットに入れてしまう。

 ん?

 あれ、もしかして怒った? 「手話分かんねえって言っただろ」ってバックドロップされるパターンかこれ、と一抹の不安がよぎった次の瞬間、彼女の行動は俺の予想を完全に裏切るものだった。

 

 雪平さんは無表情のまま、両手の親指と人差し指を2回合わせ、そのまま手を開き、親指と残り4本の指でアゴをなで下ろしながら指を閉じてみせた。


 一瞬、何が起こったか分からなくて固まった後俺は一気に目を剥いた。

 それは紛れもなく手話だったからだ。

 あれ、雪平さん、手話できないんじゃ、な、かったっ、け…・・???


 そして彼女の動作が何を意味するか気付いた時、今度は俺の口がパコーンと開く番だった。

 彼女が、さっき表現した言葉は


『私も好き』


 だったからだ。

 脳みそが理解した瞬間、体の内側からカッと熱くなって沸騰したようだった。雪平さんは決して手話が分からなかった訳では無い。理解できるし使えるけど今まで使わなかっただけだった。つまり俺の告白も普通に何て言っわかあばばあばばばばばっばばっばばばばば!!!!


 ど、どどっどどどおえどうしよう! 俺普通に告白しただけじゃん!! 誰も居ない教室に呼び出して普通に告白しただけじゃん!!!

 この時の俺は気が動転し過ぎていて、オッケーを貰ったことも全く意識の遥か外に追いやってしまっていた。

 とにかく俺の顔はタコも真っ青になるほど顔が真っ赤になっていて、タコもドン引きするくらいグニャングにゃんと挙動不審な動きをしていたことは間違いない。

 そして雪平さんはというと、そんな俺を見て笑うわけでもなく、両手で顔を覆いながら短距離走選手かよってかくらいの速度で教室から走り去ってしまった。

 彼女の表情は見えなかったが、耳は郵便ポストくらい赤かったのは確認できた。


 一人残された俺は、明日からどうやって雪平さんと接したら良いのかを、頭を抱えて考え続けることしか出来かなった。

 しかし、この時俺の心には何か暖かくて嬉しさに満ちた感情が芽生えていたことも事実だ。

 変な話だがこうして俺たちは付き合うことになったのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妖怪チラチーラから笑いのギアが上がっていくところが最高です。
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