表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

女優と文豪

作者: 滝Daisuke

1,

「私を匿ってくれない?」

春雨に肩を濡らした女性がそう尋ねてきた。




大学生になって、念願だった一人暮らしを始めることができた。

高校生の時にバイト代で貯めた金は半分ほど家や家具をそろえるのに使ってしまったが、それでも一人で数ヶ月は暮らせる位の金はあったので、私は特に仕事を探そうと焦るとこもなく一週間ほど一人での生活を楽しんでいた。

大学にも入学式含めて何度か行ったが必死に勉強した割には心躍る物では無かった。

しかし、国立に入ることができたので学費を親が出してくれるのはありがたかった。


一週間が経った。家での生活にも慣れて余裕も出てきたが、金に余裕があるからと行って、散財する気にもなれずに私は家から持ってきた本を読み返していた。

今日の夕飯は適当に家にあるカップ麺でいいだろう。今日は雨なので、家を出るのは億劫だ。

インターフォンが鳴った。

私の家にテレビはない。宅配も頼んでいない。宗教の勧誘か何かだろう。鍵は閉めてあるので、居留守を使うことにした。

しかし何度も何度もインターフォンは鳴る。

いい加減うるさくなったので文句を言おうと鍵を開け、ドアを開ける。このとき気付いたのだが、このアパートは覗き穴がなかった。防犯上危ない事この上ないが男の一人暮らしなので別に気にしなかった。


ドアを開けた先には、女がいた。

「私を匿ってくれない?」

雨に濡れたコートは男物だろうか、特段綺麗な見た目ではないが不細工というにはあまりに顔が整っている女だった。濡れている髪はよく手入れがされていて、長さ相まってとても目を引いた。

どうしようか。明らかに訳ありだ。なにもかもが怪しい。

「衣食住を養ってくれるだけでいいから。お礼はできない。」

ずいぶん傲慢な物言いだった。しかし、素直な物言いでもある。それが気に入って、私はその女を匿うことにした。


部屋に女を上げた後、私は問題に一つ気がついた。

買い物に出かけなければならない。何せ、カップ麺は一つしかないのだ。

2,

女がシャワーを浴びたいと言ったので、私は自分の服を女に渡して買い物に出かけた。

何か盗まれるかとも思ったが、金目の物は置いていない。通帳だけ持って行けば良いだろう。

女に買い物に出かける事を伝えると「わかった。ありがとう。」とだけ言われた。


家を出て、徒歩10分の距離にある小さなスーパーに行こうとして、方向を変える。あの女の日用品を買わなければいけない。徒歩25分の広いデパートに向かうことにした。


歯ブラシ、コップ、箸、等々。女性用下着を買っていくべきかどうか悩んで。買うことにした。白の無地。文句を言うようなら追い出せば良いのだ。

一通り揃えて、レジに通すと思ったより高い。何故俺は初対面の女にこんな金額を払っているのだろうか。少し笑えてきた。

食品の買い物は最低限に済ませ、それなりに重くなった荷物を持って家に帰ると、女が私の読みかけの本を読んでいた。挟んでおいた栞は机の上に置いてあり、さっきまでどこを読んでいたか探さなければ行けなくなった。図太い女である。

「おかえり。」

初対面の女にただいまと言う気になれず。返事をせずに荷物を置く。

「生活に必要な最低限の物を買ってきた、使いたかったら使ってくれ。」

女はそれを聞くと袋の中を漁り始めた。少しして下着を見つけると。

「気が利くじゃん」

と言った。


時刻はもう六時を回っていたので、夕飯の準備をする。

「自炊してるんだ。」

「一応」

「何作るの」

「カレー」

「私の分は?」

「ある。衣食住だろ。」

「ありがとうございます」

嫌みの一つでも言ってやろうかと思ったがやけに素直な謝辞に毒気を抜かれ、その後は黙ってカレーを作った。


レトルトカレーが完成して。皿を用意する。二つ。米は冷凍した物を解凍しておいた。

「飯できたぞ」

「お、いただこう。」

テーブルに向かい合って、手を合わせる。

味の方は…普通だ。何とも言えない。

「美味しい。」

「どうも」

社交辞令だろうが、受け取っておく。

話す話題が見つからない。いや、話題がありすぎてどれから聞くべきか分からない。

が、取りあえず。

「なんて呼べば良い。」

「ん?」

「呼び名が無いと不便だろう。」

「あー。…なんでそんな遠回しな聞き方なの?」

「え?」

「いや、普通に名前きけばいいじゃん。」

「いや、おm…君は明らかに訳ありじゃないか。そんな人間は名前を隠すのが普通だと思った。」

女は笑い始めた。

「なにそれ、おっかし。」

笑いを取るのはいいが、笑われるのは良い気分では無い。心を落ち着けるためにカレーを掻き込む。

「オードリーヘップバーン」

「は?」

「呼び名、オードリーって読んでよ。」

「…映画が好きなのか?」

「いや全く、今頭に浮かんだ名前。」

「…分かった。」

「納得すんのかよ!」そう言って女…いや、オードリーはまた笑い始めた。



皿洗いはやると言って。オードリーが流しに立って作業している間に私は読みかけの本の最期に読んでいたページを探した。

「あーそれ読んでたのに。」

「開いてあったページに栞は挟んでおいた。ページを開いたまま本を置くな。痛むだろ。」

「ごめんなさい。」

少し話したら分かったが、オードリーは感謝と謝罪の言葉ははっきりと言う。

それが分かった時、私はまた少しオードリーの事が気に入った。

「あ」

「どうした」

「君、漱石ね。夏目漱石。」

「…本が好きな訳じゃないんだな?」

「うん。今思いついた。」

キッチンから出てきて、結んだ髪を解きながらオードリーはそう言った。

しかし、夏目漱石。特に自分の呼び名にこだわりは無かったが、オードリーヘップバーンに対しての夏目漱石というのはどうにも統一感が無いように思われる。

そう思って、本を読み直す。題名は『こころ』。…これか。





























3,

オードリーが来てから一週間。オードリーは完全に私の家に馴染んでいた。

少し小さなソファに身を丸めて毎晩眠り、ずっと本を読んでいるだけかと持っていたら私が大学に言っている間に家全体の掃除をしていたり、冷蔵庫の中にあるもので料理を作っていると思ったら、昼から酒を飲んでいることもあった。未成年では無いらしい。見た目はとても若いのでおそらく20代前半だろう。

酒はどうやって買ったと聞いたら、通帳を持っているらしい。金があるならホテルでも行けばよかったろうに。

私はオードリーに合鍵を渡していない。つまり私が出て行った後にオードリーが出て行ったら鍵が掛かっていない状態で部屋には誰もいない状況になるのだが、別に良かった。なにせ、この家に金目の物など無い。

そんな具合で、オードリーと私。夏目漱石の奇妙な同棲な日常に溶けつつあった。

「そういえば、テレビないよね。この家。」

「…置く必要性を感じないからな。」

「そっか…」

「欲しいのか?買わんぞ。」

流石に出会って一週間の女の為に数万も払えない。

「いや、私もいらない。スマホあるから暇はしないし。」

「そうか。」

そういえば、私はオードリーと連絡先を交換していない。お互いにそのことを言及しなかったからであろうが、同じ屋根の下で暮らしていると言うのにお互いの連絡先も本名も知らないなんて奇妙な話だ。まぁどちらも必要な時が来たら知ることになるだろう。

「スマホがあると言っても。俺はお前がスマホを見ているのをあまり見たことが無いぞ。」

「あー。確かに。…まだ、人様の家で緊張してるのかな。」

「酒飲んでたやつがよく言うよ。」

「口悪いよ!こっちは年上なんだからね!」

「その前に、俺は家主だ。」

「ぐぬぬ…」

ぐぬぬ、と本当に言う人間を私は初めて見た。

「そういえば、どのくらいこの家にいる気なんだ。」

「え?んー決めてない。」

「は?」

「強いて言うなら。ほとぼりが冷めるまで、かな。」

「…きな臭い」

これ以上踏み込むのはやめよう。笑顔ではあるが、その裏に少し棘がある。

「あ、うん。君がお酒を飲めるようになるまでかな。」

「1年以上じゃないか。」

「あれ?君大学一年生?二年くらいかと思った。」

「ぴかぴかの一年生だ。」

「ぴかぴかって言葉似合わないよ。君。」

「余計なお世話だ。」

「え、誕生日いつ?」

「なんで。」

「いや実際どれくらいかかるんだろうって。」

「…7月16日。」

「あと一年と三カ月くらいか。」

「それまで居座る気じゃないだろうな。」

「いるかも知れないし、いないかも知れない。」

「…そうか。オードリーの誕生日はいつなんだよ。」

「私?私は…11月3日。」

「遠いな。」

「遠くていいよ。二十歳過ぎてから年取るの怖いんだよね。」

「あんたなんさ」

「ん?」

「いや、何でも無いです。」

「よろしい。」

「はい。」

「…誕生日、祝ってあげるよ。」

「…何で。」

「なんでって聞くかぁ?普通。住まわせてもらってる礼だよ。」

「忘れたりしないだろうな。」

「忘れる自信ならある。」

「ダメじゃねぇか。」

「とにかくー。私の祝ってよ?」

「なんで!」

「祝ってやるんだから当然じゃん。」

「住まわせてもらってる礼じゃないのかよ。」

「それはそれ、これはこれ。それに一人の部屋って寂しいよ?人がいたことあるならともかく。」

「生憎、それを望んで一人暮らし始めてるからな。」

「可愛くないガキだね。」

「うるせぇろくでなし。」

4、

五月になった。

一日に起きたときにオードリーから二万円ほど渡された。

彼女曰く`家賃`らしい。家賃と言うには半分にしても一万円足らず。しかも食費光熱費もあるので明らか足りないのだが、ないよりはマシ。というか元々一文無しだと思って入れたのだ。払うだけ良いとしてやろう。

最近、オードリーは本を読むようになった。と言っても薄い文庫本ばかりであるが。しかもスマホを見ている時間の方が長い。緊張は取れたらしい。

なんにせよ。本の話題ができるのは少し嬉しかった。

しかし、むかつく事もある。夕飯のリクエストをしてくるのだ。

完全にこちらに心を許しているらしく、もはや遠慮という物が見えない。金を払ったと言う事を影響しているのだろう。

特に作りたい料理もないので従っているが、一度居候の立場を分からせてやるべきであろうか。

というか、オードリーも料理は得意なはずなのだ。この前酒のつまみに作っていた和え物は美味かった。そのことを指摘すると彼女は

「人の料理のほうが美味しく感じる物だよ。」

と言われた。理解はできるが納得はできない。

一方、俺の方の変化といったら。

「バイト行ってくる。」

「またぁ?働くねぇ。」

「誰かさんのせいで、貯金がみるみる減っていくからな。」

「それは…ごめんなさい」

「まぁいいよ。あ、そういえば。机の上の鍵、使って良いぞ。」

「え?本当に!?私認められた!?」

「認めたというか。俺バイトだから、家に誰もいない時間が増える。オードリーの私物が盗まれるのは良くないだろ。」

「…ありがとね。」

「はいはい。」


何故自分でも鍵を渡したのかよく分かっていない。オードリーの荷物は少ない。盗まれても困るような物はないだろうに。まぁ何というか、私はきっとあの同居人の事を気に入っているのだろう。

五月にしては熱すぎる太陽が私の肌を焼いた。



「ソーセキはさ」

「うん?」

「友達とかいないの?基本家にいるけど」

「今はいない、いたことはある。」

「本当に?」

「失礼な奴め、いなかったらこんな風に上手に会話することもできないだろう。」

「…上手では無いと思う。」

「ほっとけ」

「あ、じゃあ彼女は!?いたことある?」

「ない!」

「知ってた!」

「とことん失礼な奴だ。そういうオードリーはいたことあるのかよ。彼氏。」

「あ、やっぱ気になっちゃう?」

「会話の流れで聞いただけだ、別に気にもしてない。」

「ほっんとうに可愛くない。それでも未成年か!?」

「成熟してると言って欲しいね。」

「捻くれてるって言うんだよ」

「…ふん」

「あ、今私論破した?ねぇ、したよね?」

「うるさい!うざい!」

「ふへへ」

「会話する気にもなれなくなっただけだ。」

「へぇ…。学生の内に恋愛しとけよ?」

「なんで」

「大人にろくな経験が無いと、ろくな経験しないからね。」

「忠告どうも。…そのためにはまず、オードリーを追い出さないとな。」

「あ、ひどい。いいもん、一生一生居座ってやる。」

「だったら、俺が先に出てく。」

「根比べだね。」

「俺が不利すぎる。」







5,

六月になった。

梅雨に入って、雨の日が続いている。

オードリーは未だに私の部屋にいる。

変化したことも、オードリーが洗濯をするようになったくらいで特に変わりは無かった。

やることも無く、二人でソファに並んで本を読んでいると、オードリーが口を開いた。

「海が見たい。」

「そうか」

「見に行こう」

「雨だぞ」

「雨だからじゃない」

「いってらっしゃい」

「一緒に行こって言ってるの」

「なんで」

「なんとなく」

オードリーの事だ、本当になんとなくなのだろう。時刻はまだ午前、どうせやることもないのだからどう思って私は傘を持った。




私の家に関して不満があるとすれば、駅から遠い所だろう。歩いて20分ほどかかる。これでも近いほう何だろうが、生活してみると遠い。

靴は濡れてしまった。

改札を通る。

地下鉄は雨に関係なく運行している。

「人ってさ」

「何だ」

「人って、こんな大きな穴を掘り進めて。いろんな場所を繋いで、こんな大きな乗り物で自分たちを運んでるんだよね。」

「…そうなるな」

「すごいよね。」

「そうだな」

「…」

「…」

「…」

「何だ今の会話」

「え、たわいも無い会話」

「なんだそれ。」

「いいじゃん、会話を楽しむという事を覚えなよ。てか家でもこんな会話してるじゃん。」

「まぁ確かに。…あれだな。」

「?」

「猫って、かわいいよな」

「うん。」

「…」

「…え、今の何。」

「たわいも無い会話だ。」

「え、会話初心者?」

「うるさい、俺はオードリーが振ってきた話題に応えることしかできない。向いて無いことはするべきではないな。こういうのは彼氏とかとやれ。」

「彼氏ねぇ…。今の状況、私たち彼氏彼女に見えない?」

「見えるな。」

「照れてる?」

「いや、いきなり外に連れ出されてカップルとか言われても何とも思わない。」

「…やっぱ可愛くないわ。いや、そんな所が可愛いのかもしれない。」

「逆に?」

「そう、逆に。」

「…そうか。」

「うん」

「…今、思ったんだが。男女が二人で雨の日に海に行くなんて、心中みたいだな。」

「…確かに。」

「まさか俺と無理矢理にし…。ないな」

「うん。ない、君にそこまで価値ない。」

「本当に失礼だなお前」

「それが取り柄なもんで」

「褒め言葉に聞こえたか?」

「うん」

「そうか、うん。それならいいわ。」

「突っ込む事を諦めないでよ。」

「俺は芸人じゃ無い。」

乗換駅に着いた。

雨だというのに、電車は通常通り動いていた。

がたん、ごとん。がたん、ごとん。

微妙にリズムをずらしながら電車は走る。

「あ、ねぇ見て。」

「ん?」

「写真撮ってる。雨なのに。」

「本当だ、雨なのによくやるな。」

「うん、ほんとに。雨だからかな。」

「なるほど、濡れている電車を撮りたいのか。」

「多分そうだね。」

その会話が終わる頃には、もう写真を見せている人は見えなくなっていた。




海に着いた。

雨に晒された海面はずっと波打っていて。少しでも足を沈めたら身体全体を持って行かれそうか感覚を覚える。

潮風が強くて、傘がろくに役に立たない。

逆さになった傘を直したとき。気付いた。オードリーがいない。

傘は捨てた。

私は訳も分からずに駆けだした。

どこにいったのだろうか。まさか本当に身を投げたのだろうか。

辺り一面探して、海を見つめる。

息が上がって。身体が熱い。俺は一歩踏み出した。

「何してんの。」

「……………オードリー。」

「うん。」

「どこにいた?」

「お手洗い」

「…お前なぁ」

「え、私探されてた?」

「うん」

「ごめん、言えば良かった。」

「いや、良いよ。で、どう。」

「どうって?」

「海、感想。」

「んーたいしたことないね。」

俺はくしゃみをした。

6,

七月になった。変化はない。オードリーも、まだいる。

梅雨が空けて、洗濯物が楽になった辺りで、オードリーが言った。

「家電量販店に行こう。」

「なんで。」

「テレビを買います。」

「は?」

「テレビを買います。」

「え、なんで。」

「これからの情報社会、私はソーセキさんに生きて欲しい訳ですよ。」

「いや、スマホ。あるし。」

「でもソーセキさんユーチューブとか見ないじゃん。いっつも電子書籍かクラシックゲーム。」

「いやだけどさ」

「いいから、はい。今すぐ行きますよ。」

「え、財布。」

「いーや、ここは私が。」

「え?マジで?」

「そりゃそうですよ。」

何がそうなのか分からないが、もらえるのならばもらって損は無いだろう。私は抵抗する事も無く家を出た。




「なんかいっぱいあるね。」

「あぁ、いっぱいな。」

膨大な量のテレビを前にして私たちは呆然としていた。

4Kだの、HD内蔵だの、液晶だの、なんだかよく分からない事ばかり書いてある。

店員が何やら説明していたがろくに聞いていないくて覚えていない。

「とりあえず、一番安いので良いだろう。」

「…確かに。別に違いわかんないしね。」

それでも値は張る物で、2万程かかった。




炎天下の中家にテレビを運び込んで、私たちは全身汗だくになりながらテレビの整備を始めた。テレビじゃなくてエアコンを買うべきだったかもしれない。


「いっよし、できたぁ~。」

「案外、なんとかなったな。」

「うん、説明書見たときはどうなるかと思ったけど。」

「…つけてみるか。」

「うん。」

テレビのリモコンに手を伸ばし、電源ボタンを押そうとした瞬間。チャイムが鳴った。

「タイミング良いんだか、悪いんだが。」

「俺出るよ。」

「はーい、待ってるねー」


「はーい何でしょう。」

「突然すみません。○○警察の△△という者ですが。―――――という女性を探しているのですが、何か心辺りはありませんか?」

「…いえ、特には。」

なんとなくオードリーのことだろうなと思った。

「――――――――――――――」

警察の人が何か言っているが、頭に入ってこない。

理解はしているが、返答は脊髄でしている感じ。

何と言ったか、忘れたが、とにかく警察官は去って行った。


「お待たせ。」

「……おかえり。」

「テレビ、つけるか。」

「うん。分かった。」

テレビのリモコンを手に取って電源ボタンを押す。

画面が映し出された、子供向けのアニメがやっている。

「ソーセキ」

「?」

「誕生日おめでとう。」

「…一日、早い。」

「え!」

「今日は15日で俺の誕生は16日だ。」

「なんだよー。じゃあテレビ誕生日プレゼントになってないじゃん。」

「まぁいいだろ。一日くらい。」

「そう?」

「うん」

「じゃあ、いいか。」

「うん。」

「…お腹すいた。」

「何か作るか。」

「手伝う?」

「いや、いいよ。」

「そう」




包丁の音と、テレビの音声が私の部屋に響く。オードリーは喋らない。

しばらくして、カレーができた。

カレーを食べ進める。オードリーは喋らない。

缶ビールを一本冷蔵庫から取り出し、流し込んでいる。

カレーを食べ終わる。オードリーは喋らない。

オードリーは冷蔵庫の中の酒を全て机に出した。

その光景を眺めていると。飲む?と聞かれた。

特に何も考えず、プルタブを開ける。一口飲んだ後。オードリーは出て行くのだろうと思った。

それから酒を黙々と二人で飲む。酒を飲むのは初めてだったが、案外私は強いらしい。

時刻が十二時を回ったところで、オードリーは口を開いた。

「誕生日おめでとう。犯罪者。」

「18歳からは成人なので。」

「前と言っていることが違うな」

「だな」

オードリーは風呂場に向かった。

目の前の酒を飲み干して前を見ると、机の上の酒はどれも中身が無かった。

オードリーが風呂から上がり、私も風呂に行く。

この家で暮らし始めてから、お湯を貯めたことは一度も無い。

シャワーを浴びて、身体を洗い、風呂場を出ると。オードリーが私のベッド寝転がっていて。部屋の電気が消えていた。

窓から漏れる月明かりと、彼女の目だけが光っていた。

「くる?」

その言葉が何を指してるのかくらい、付き合ったことが無くても分かる。

ベッドで彼女の上に跨がる。

「初めてだ。」ふとそうぼやく。

「初めてがこんなんでいいの?本名も知らない女で。」

「…でも、誕生日なら知ってる。」

それからのことはよく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7,

朝起きた時、オードリーはもうそこにはいなかった。

荷物を全て持ち去って、酒の缶も全て持ち去って。

残ったのはテレビと『本代です。』と書かれて置いてあった紙きれと、200円と。合鍵。

本棚を探すと、『こころ』が無くなっていた。

テレビをつける。今朝、殺人の容疑が掛かっている女が自首をしたらしい。

雨が、降っていた。

感想、辛口評価お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ