閑話 庭園
「メリアーナ様、どういたしましょうか?」
と、メリアーナ付き侍女 ローマが花瓶に見立てた器を持って見せる。
「流石にもう無理なようね」
と、メリアーナがアイと初めて対面した時に、贈ってくれた花束らしき物に目をやりながら答える。
「本当に一月も持つなんて……何度か手を加えてはもらいましたが」
と、ローマは感心して言葉にしている。
「そうね、初めのお花は入れ替わってしまったけど、お庭のお花も同じでしょう。咲いた花が咲き続けているわけじゃないから」
と、メリアーナが呟く。
「メリアーナ様がお元気になられて……」
「ローマ、少し庭園を歩きたいのだけど……カール様に付き添って貰えるか、伺って来てくれる?」
と、メリアーナが頼む。
「はい。承知致しました」
と、長年付き添ってくれる侍女が、側を離れる。
メリアーナは、カーディナル王国南側を統治するブーゲンビート辺境伯領の出身だ。
ヒューズ·ブーゲンビート辺境伯現領主は甥に当たる。
ダーニーズウッド家現領主である次男 ロビンとは従兄弟になるが、シアン国王陛下の先代先々代より内政の不安定さに領地内の婚姻は、国内の安定の示達になっていた。
その中の1つがメリアーナとカール様との婚姻だ。
お互い辺境伯家である立場で、両家とも隣接した土地柄。均衡した間柄と言っていい。
王立アカデミーでは、二歳年上のメリアーナにしてみれば、10歳のカール様を見ているが、幼い時の男女の差は大きい。
ましてやカール様には上に姉が三人いらっしゃり、可愛らしい感じの男の子だったのだ。
当時の国王陛下の妹君がお母様で在らせられ、国王陛下の妹君は三人のうち長女のシモーヌ様が、ダーニーズウッド辺境伯当時領主だったセガール様に嫁がれてた。次女のセシール様は四大側近のスマールート大公爵家に嫁がれたが、若くして亡くなっている。三女のリズリー様は隣国ジャスパード国王子に嫁がれて、後の王妃になられた。
アラン国王陛下にしてみれば、可愛い妹は国内に一人しか居ないことになり、セガール·ダーニーズウッド辺境伯は、四大側近と四方辺境伯の立場以上の発言は控えてお仕えしていたが、個人的には親身に友人関係を続けておられた。
その当時のお話を、カール様に嫁いでから義母のシモーヌ様と義父のセガール様にお聞きすることはあったが、優しいお二人はアーリン側妃の出身地である、マホガニート伯爵家はブーゲンビート辺境伯領地内の貴族である事柄、悪くは話されなかった。
しかし、悪名高いアーリン側妃がもたらした悪功名は、出身家マホガニート伯爵家に止まらず、領土内の貴族家名まで及んだ。
勿論 ブーゲンビート辺境伯当時領主の父にも私の弟達や親戚にも、マホガニート伯爵家と同じ様に見られることは、なんとも根深い物を遺すことになったのだ。
ここまで悪名高いことにも理由はある。アラン国王陛下に寵愛されてアーリン様の我が儘な態度があまりにも突出していたことだ。
アラン国王陛下には、セラ王妃がいらっしゃるが、セラ王妃が成人為さるまでアラン国王陛下を支えておられたのが、二歳年上のナタリー側妃で、四人のお子様を残して逝去された。
セラ王妃は、ナタリー側妃を姉の様に慕いアラン国王陛下と国政に逐次され賢妃と敬われている。
セラ王妃と比較されることを良しとしないアーリン側妃は、事在る毎にアラン国王陛下に甘え寵愛を周りに見せつける行動に、側近達も眉をひそめる。
アーリン側妃の傲慢な態度に、私の父ブーゲンビート辺境伯も黙ってはおれず、アーリン側妃とマホガニート伯爵共々忠告していたが、従う姿勢を取り繕う事がなかった。
いかにアーリン側妃を寵愛していようと、アラン国王陛下は無責任な方ではない。一人国政に勤しむセラ王妃を労い尽力されること数年。
アーリン側妃が四回目のご懐妊の報せが王宮に届く。
アラン国王陛下の内心は吐露されてはいないが、国王陛下の身の回りのお世話する侍従達は、一斉にどよめいた。
アーリン側妃の寵愛は続いていたが、アラン国王陛下は浮かない顔色されていたようだ。
その頃には、シアン王子は気儘な母アーリン様を避けてダーニーズウッド辺境伯領土に滞在することが多かった。叔母のシモーヌ様もシアン王子を可愛がり、カール様と兄弟の様に接しておられたそうです。
シアン王子の弟アース王子とリオン王子は母親の側近達に囲われて我が儘な振る舞いを咎められる事もなく、奔放さで父親のアラン国王陛下の頭痛の種になっていく。
三つ目の季節が変わる頃に、アーリン側妃が産気付きお生まれになったお子様を見た、宮医が絶句していた。
産湯で洗われておくるみの中、瞳の色は閉じていて分からないが髪色は、アラン国王陛下の金髪でもなく、アーリン側妃の赤髪でもなく血筋的にない、銀髪であったからだ。
瞬く間にアーリン側妃の不義が露見する。
アラン国王陛下には、ナタリー側妃に第1王子ブルーク様、第2王子ザーム様と、二人の姫様が側妃宮殿にいらっしゃる。アーリン側妃も側妃宮殿で第5王子シアン様、第6王子アース様、第7王子リオン様とお住まいだ。
アラン国王陛下は、セラ王妃様と第3王子ヘンリー様と第4王子サイニー様と長子の姫様が王宮内でお住まいになっている。
シアン王子にすれば母親が違うといえ、第1第2王子の兄達とは仲が良かった。
その可愛がってくれていた第2王子ザーム王子は、いつの間にか姿が見えなくなり、他の兄姉とも会わせて貰えなくなった。
周りの貴族達の視線が厳しく幼いシアン王子に対しても心無い言葉を掛ける者もいた。
アーリンの三人の王子でアーリンの赤髪色を受け継いでいるのがシアン王子だけだった事も要因であるが、父アラン国王陛下は、度々叔母シモーヌ様の元にシアン王子向かわせた。
息が出来るのは、ダーニーズウッド家にいる時だけになっていたからだ。
そんなシアン王子にも、異母兄姉は気に掛け優しくしてくれたが、実の弟二人とは反が合わず疎遠になっていく。
シアン王子も10歳になれば、王立アカデミーに通わなければいけない。大人の貴族は口には出さないが、差別的な視線をむけてくる。子供は大人の真似をして視線だけでなく、態度や言葉で表す事に躊躇しない。
カール様は弟みたいに思っておられるシアン王子をいつも守っておられました。
いつの間にか大きく逞しくなられたカール様は、可愛かった面影も無くなり次期領主として勉学に励み、友人を作り次期国王ヘンリー様を支える側近となるべく努力されるお姿は、アーリン側妃の悪名に被害を被っていると、卑屈になり掛けた私の心も救って頂きました。
ブーゲンビート辺境伯の父が交わした、昔の婚姻の約束をダーニーズウッド辺境伯セガール様は継続の手続きをされ、カール様の婚約者としてシアン王弟陛下に謁見させて頂きました。
時は流れ生まれた土地を離れて五十数年、今となってはダーニーズウッド辺境伯領地以外に住みたいことなんてない。
命有る限りお側に…………
「メリアーナ様、カール様がお迎えにこられました」
と、嫁ぐ前から侍女として側で仕えてくれる、ローマが声を掛けてきた。
……お互いい歳になっているのに……ローマのことをカール様に相談したいわね……
「メリアーナ、体調が良いのか? 一緒にルッツが手入れした庭を見て回ろうか?
外は気持ちの良い天気だぞ」
と、カール様が私の手を取る。齢70歳になるその手は、まだ剣術を鍛練なさっている手だ。
「カール様、私はゆっくりしか歩けませんが、付き合って下さいますか?」
と、手を離しカール様の腕に手を置く。
「メリアーナの歩きに合わせよう。アイに注意されたのだ。私の歩幅とソナタの歩幅は違うと、急ぐ事はない花は今から沢山咲いてくれるからな」
と、いつもの照れた赤い顔で仰る。
度々、思い付くお話があり投稿させて頂きました。続·虚弱体質巫女ですが~の構想中に、出てきたお話ですが、こちらの閑話として入れさせてもらいます。
お時間がございましたら、目を通して貰えると嬉しいです。




