ディービス医師の証言 1
カーディナル王国
第175代シアン国王陛下が治められている王都を中心に、大公爵閣下、公爵閣下、侯爵閣下と陛下を支える側近貴族。
と、別に国土を東西南北と大きく4つに分けた、国境を守る西側にダーニーズウッド辺境伯領がある。
現領主ロビン様が治める、領土は隣国のジェスパード国と山岳地区を境に国交となる街道が、王都まで続いており商業的にも栄えている。
領土端の山岳側に領主様の館がある。
館に沿う山岳からの川が、国境から続く街道沿いの大きな河川と、合流し王都を通過してコールチードゲ侯爵領まで、豊かな水流を運んでいる。
物流的にも大きく貢献しているが、河川の設備や管理もダーニーズウッド辺境伯領の大きな仕事だ。
大河川シーガネ川沿いには、商店や宿店や飲食店が建ち並び賑わっている。
人と物が集まる場所には、犯罪も起こりやすい。先々代領主様が、警護団を領内に5ヵ所配置された。
山岳地区と館の警護を、第一団隊、国境の境を第二団隊、街中の第三団隊、領土境南北に第四、五団隊だ。
各警護団隊の構成内容は、ダーニーズウッド領内の子爵や男爵の子息や平民で、住んでいる地区近くで配置されている。
希望すれば配置は変更出来き、結婚や移動に対処されている。
ノーマン家は、シーガネ川沿い筋を1本中に入った、第三団隊に隣接する医院と住居二棟建ちだ。
先祖代々領内で医療医師業を営んでいる。
この季節になると感冒も落ち着き、暑くなるまでの期間が、ディービスにとっても休息出来る季節になる。
……患者の数が落ち着いたら王都にある、医師会館で最新の治療法や薬草を学んでおきたいが……
……最近は、前領主夫人メリアーナ様が加齢の為、体調を崩しておられる。一巡り位なら父グローにお願い出来なくはないが……
午前の診察が切れ、早めに妻ロッティナと昼食を取る。
メリアーナ様の往診をロッティナと向かう為に、用意をしていたら父グローが顔を出した。
父グローは、少し前まで現役で医師をしていたが、
農村地区に館と土地を購入して、一人で暮らしている。
元々草木を育てるのが好きだった父は、薬草の栽培に嵌まっている。今も育てた薬草を届けてくれた。
薬に精製する器材までは整えていないので、医院の薬品室で精製作業をするのだ。
「何処へ往診だ?」
と、父が声を掛けて来た。
「メリアーナ様の定期往診だよ。此処のところは
一巡りに一回ですね」
「あぁ、 それでロッティナも一緒なんだな」
と、納得する。
父が往診してた時から、看護助手と介添えをロッティナがしていた。経験を付けるために、看護見習いでもいいのだが。
メリアーナ様の往診は、ロッティナが同行する。
「ちょうど良かった。カール様にお会いできたら、シアン陛下がそろそろ滞在なさる頃だし、お目通り願いを伝えてもらえるか?」
と、ディービスに頼む。
「分かった。このまま今日は精製作業を続けるのかい?」
「予定も聞きたいし、今日はこのまま居るよ」
と、奥の薬品室に足を向ける。
「昼食がまだなら、ルナーに何か出して貰うといいよ」
と、ディービスは出口の方に行きながら父に告げた。
出口の扉を開けて医院の外に出ると、ロッティナが馬車の側で待っていた。
「ごめん。待たせたね」
と、謝り、
「お義父様とすれ違ったので、分かっておりました」
と、ロッティナが馬車のステップに、足を掛けて言った。
二人で馬車に乗り込んで、御者が領主様の館に向けて、馬に鞭を打つ。
馬車の中では向かい合って座っているが、徐に妻に、
「ルナーは最近は、どんな様子なんだ?」
と、問うたら、ロッティナは、
「クスクス」
と、笑いながら、
「それは、お仕事のことですか?それとも、婿探しのことですか?」
と、答えた。
「……両方だな」
と、正直に言うと、
「そうですね……看護師としては、まだまだ覚えないといけないことがありますが、心根が優しいので病人に対しても、傷を負った人に対しても、寄り添えることが出来ていますね。意欲的に教えを乞いますし」
「君が教えているんだから、心配はしてないよ」
「では、心配なのは婿探し方ですか?」
と、聞いてくる。
「ルナーは一人娘だ。出来れば医師を継いでくれる青年が、婿に来てくれるのが望ましいが」
と、憮然な面持ちで答えるが、
「ルナーはモテますよ」
と、間髪を入れず妻は言う。
「お隣さんの、第三団隊の隊員さんたちに」
「……ふぅん 隊員達が悪いとは言わないが、気の良い青年も多いから……でもな、えっ! ルナーは、隊員の中に思う相手がいるのか?」
と、慌てて聞いたが、
「隊員さんの中にはいないみたいですが、ルナーが思っている人ならいますよ」
と、初耳過ぎて衝撃を受ける。
「君は、誰だか知っているのか?」
「えぇ、本人に確認はしていませんが、敢えて聞きませんし」
と、無用の笑顔だ。
ディービスが打ち萎えていると、領主様の館が見えてきた。
領主邸の前を過ぎて別館に行くはずが、御者が馬を止める。
「ディービス先生、アートムでございます」
と、馬車の扉越しに声を掛けて来た。
扉を開けると、執事のニックとアートムが、領主邸の玄関前に立っている。
馬車をアートムが止めたのだろう、ニックが
「ディービス先生、申し訳ごさいませんが、こちらで急患を診て頂きたくお待ちしておりました」
と、頭を下げる。
「それは構わないが、メリアーナ様が後でよろしいのですか?」
「はい。カール様のご指示です」
と、ニックが言う。
「分かりました。ニック案内を頼みます」
と、ロッティナの方を見ると、荷物をアートムが運んでついて来る。
2階の客室の方に向いて歩く。
領主ロビン様やカリーナ様、ご家族の方が急患でないことが分かった。
……初見の患者では、所持品だけでは心許ないが……
続き部屋付きの大きめな客室前に到着し、ニックが扉をノックする。
「通せ」
と、中からミカエル様の声がした。
部屋の中には、ソファーにシアン陛下、向かいにカール様が食事の途中なのか、軽食がテーブルに置いてある。窓側には、ミカエル様がいらっしゃる。
ロッティナと目を合わせて慌てて、シアン陛下にご挨拶をすれば、
「悪かったな、予定を変えて貰って」
と、カール様が仰る。
……シアン陛下、カール様、ミカエル様を見ても、どなたも不調には見えない。
ニックもアートムも急患という言葉に真剣さが入っていたので、間違いで呼ばれた訳ではないだろうが……
「ニックから急患だと言付かりましたが……」
と、ディービスは、カール様に問う。
カール様は、シアン陛下に顔を向けられ、
「説明は、後でするので先に診て貰えぬか?」
と、シアン陛下が仰る。ミカエル様が、
「こちらに」
と、天蓋のカーテンが上げられたベットに、少女? 女性? が横になっている。
ベットに近付きロッティナが、女性の掛布を下げたが、異国のドレスで診察出来ない。
発熱のために、上気した顔に額の汗、荒い呼吸少し乾いた口唇。
ロッティナに目を向ける。側にいるミカエル様に、
「ミカエル様、このままのドレスでは診察出来かねますので、侍女と寝着をご用意お願い出来ますか?」
と、伝える。ロッティナには、
「侍女が来たら、この娘のドレスを一緒に着替えさせてくれ。汗を拭く時は、身体の変色や特徴を記憶してくれ」
と、指示すれば、天蓋のカーテンを下ろし取り掛かってくれた。
「シアン陛下、カール様、診察するのにも準備がございますので、それまで問診をさせて下さい。分かる範囲で構いませんので」
と、お二人に問うと。
「ふぅ~ん、これは先にディービスに説明するか?」
と、カール様がシアン陛下に問う。
「そうだな、アートムとルカを呼んでくれ」
と、シアン陛下が二人を呼ぶ。
「では、二人が来るまでにお聞き出来ることを致します。どちらの国の方ですか?」
「「……」」
答えがない。
「お年を教えてください」
「「……」」
返事がない。
「えっーとですね。……罹患をお聞きしてもお分かりになりませんよね」
と、駄目押しに聞くと、お二人は揃って頷かれた。
何となく、既視感がある。
ミカエル様が、ノアともう一人侍女を連れて戻って来た。アートム親子も時と同じに部屋に入って来た。
ノアと侍女は、ベットの方にロッティナを手伝いに行く。アートムとルカは、シアン陛下とカール様の後ろに付いた。
「まず、確認させて下さい。あの娘と接触した人は、どなたですか? この質問は、万が一あの娘が流行り病に罹患していた場合は、病気を拡げない為に処置をすることになるからです」
と、ディービスは問う。
「それは、触れたかどうかと、言うことか?」
と、ミカエル様が聞く。
「そうです。私側でいうなら、私はあの娘にまだ触れていませんが、妻ロッティナは寝着に着替えさせているので触れています」
「なるほどな。それなら私は触れたな」
と、シアン陛下が言う。
「私は、抱えた」
と、カール様。
「私は、拘束した時に触れています。それからノアさんとカルマさんが今、触れています」
と、ルカが答えてくれた。
「分かりました。触れたと分かっている方は、診察が終わるまで申し訳ないですが、残って下さい」
と、ディービスは、告げる。
ロッティナが着替えが終えたと、伝えて来た。